再審法の改正 地方の声に耳を傾けよ(2024年12月11日『東京新聞』-「社説」)
地方議会で再審法(刑事訴訟法の再審規定)見直しを求める動きが広がっている。既に全国の400超の議会が、法改正や改正に向けた議論の必要性を訴える意見書案を可決。事件から58年を経て再審無罪=写真=となった袴田巌さん(88)の住む静岡県では年内に県議会と35市町の全議会がそろう見通しだ。政府や国会は早急な法改正に動くべきではないか。
意見書は、地方自治法に定められた地方議会の権限で、国などに応じる義務はないが、訴えがここまで広がっている意味は重い。
改正を求めるのは、再審法が無辜(むこ)を救う最後の砦(とりで)なのに、あまりに不合理なためだ。無実を訴えながら死刑が確定した袴田さんは、再審請求で無罪の方向性を示す証拠を検察側が開示するまで約30年を要した。2014年に再審開始決定が出たが、検察側が不服を申し立て(抗告)、確定まで9年かかった。70年以上改正されていない再審法では、検察側に証拠開示義務がない上、抗告権は認められており、再審が「開かずの扉」といわれる主因と指摘されてきた。
静岡県では、死刑事件の再審無罪判決は1989年の島田事件に続き2例目。その前にも冤罪(えんざい)事件はあり、県弁護士会は「法改正を求めるのは冤罪から住民を守る地方議会としての責務」と意見書案可決を各議会に働きかけてきた。
都道府県では既に17道府県議会が可決。首都圏が栃木、群馬、山梨の3県にとどまる一方、中部は静岡のほか岐阜、三重、長野、滋賀、石川、福井と9県中7県が可決済みで全体の4割を占める。再審無罪となった呼吸器事件(滋賀県東近江市)、再審開始が確定した福井女子中学生殺人事件(福井市)、再審開始決定が出ながら検察の抗告で審理の続く日野町事件(滋賀県日野町)、名張毒ぶどう酒事件(三重県名張市)など冤罪やその可能性の高い事件が多いことも背景にあろう。市町村議会の可決例も増え続けている。
袴田さん再審 検察は時間を浪費した(2024年5月23日『北海道新聞』-「社説」)
判決は9月26日に指定された。無罪の公算が大きい。半世紀にわたり無実を訴え続けてきた袴田さんの闘いが大詰めを迎える。
再審開始を支持した昨年3月の東京高裁決定は、袴田さんを犯人とした確定判決に合理的な疑いが生じたと結論付けた。
だが検察側は、東京高裁が退けた論点を蒸し返すように説得力に乏しい主張を再審でも行い、袴田さんに改めて死刑を求刑した。
疑わしきは被告人の利益に―との刑事裁判の鉄則は再審にも適用される。検察の対応はこれに沿うとは言い難く、究極の刑罰に対する抑制的な姿勢もうかがえない。
高齢の袴田さんの救済と名誉回復を急ぐべきなのに、検察は時間を浪費したのではないか。
袴田さんが死刑の恐怖にさらされながらたどった長い経緯からは、現行の再審制度の不備が明確に浮かび上がった。国は冤罪(えんざい)被害者の迅速な救済を可能とする再審制度の実現を急がねばならない。
袴田さんの犯行着衣とされた「5点の衣類」に付いた血痕の色合いが再審でも焦点となった。
弁護団は「衣類は袴田さんを犯人に仕立てるため捜査機関が捏造(ねつぞう)した証拠だ」と無罪を主張した。
一方、検察側はタンク内は酸素が少なく化学反応が妨げられ赤みが残りうると反論した。ただ可能性の指摘にとどまり、逆に証拠の弱さを浮き彫りにしたと言える。
再審法とも呼ばれる刑事訴訟法の再審関連部分は戦前の旧法からほぼ変わっていない。再審請求の扱いが各裁判所に委ねられ、再審が始まりにくい欠陥がある。
袴田さんの再審を受け、法整備の機運は高まっている。
もう放置は許されない。日弁連の改正法案は再審請求に関する規定の整備や証拠開示の制度化、検察の不服申し立ての禁止を求めている。議論の土台となるだろう。
事件から58年。袴田さんが失った時間はあまりに長い。過ちを繰り返さない制度改正が必須だ。
袴田巌さんの再審公判が結審した。静岡県で1966年、みそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田さんの再審請求を巡り、最高裁による審理差し戻しを経て昨年3月、東京高裁は再審開始を決定。無罪となる公算大とみられる中で10月以降、検察は静岡地裁の法廷で有罪立証を展開し、改めて死刑を求刑した。
死刑が確定した翌年の81年に申し立てた第1次再審請求は退けられ、袴田さんは第2次請求で2014年、静岡地裁の再審開始決定により釈放されるまで半世紀近くも拘束が続いた。拘禁症状の影響で意思疎通が困難になり、法廷に立つことはできない。今年3月、88歳になった。
地裁決定は検察が即時抗告して取り消され、再審開始が確定するまで9年かかった。そして、再審公判。検察は確定審や再審請求審の証拠を多数提出して有罪立証に時間を費やし「蒸し返し」と批判された。手続き上、問題はない。ただ再審開始決定で捜査機関による「証拠捏造(ねつぞう)」の可能性が指摘され、意地になったようにしか見えない。
袴田さんは長年にわたり司法に翻弄(ほんろう)され続けた。その終わりがようやく見えてきたが、一方で冤罪(えんざい)被害者の救済を目的とする再審制度は検察に振り回され、機能していないことが浮き彫りになった。救済と真摯(しんし)に向き合い、審理長期化に歯止めをかける必要がある。
再審請求審と再審公判で最大の争点は、確定判決で袴田さんの犯行時の着衣とされた「5点の衣類」に付着した血痕の色合いだった。衣類は事件の1年2カ月後、一審公判中に袴田さんが働いていたみそ製造会社のタンク内でみそに漬かった状態で見つかり、血痕に赤みが残っていた。
弁護団は血痕のみそ漬け実験を重ね、1年以上漬けた血痕に赤みは残らないと主張した。高裁は検察の実験も踏まえ、みその成分との化学反応により赤みは残らないと結論付けた上、発見と近接した時期に袴田さん以外の第三者がタンク内に入れた可能性に言及。捜査機関による捏造の可能性が極めて高いとした。
タンク内よりも血痕に赤みが残りやすい条件下で行われたとされる検察の実験でも、赤みが残らないという結果が出たのは大きかっただろう。
それでも、再審公判で検察は専門家の共同鑑定書を基に「赤みが残るのは不自然ではない」と強調。5点の衣類が犯行時の着衣とし、確定審の証拠と合わせ、袴田さん有罪の主張を維持した。
再審を巡り請求人と弁護団に対し検察は優位に立つ。刑事訴訟法に証拠開示に関する規定はなく、有罪立証に都合の悪い証拠は出さない。袴田さんの第1次請求では開示に応じず、再審開始につながった5点の衣類のカラー写真などが開示されたのは第2次請求中の10年になってからだ。
遅過ぎる。さらに再審開始決定にはDNA鑑定のような決定的な証拠でも出てこない限り、漏れなく抗告して不服を申し立てる。これでは、長期化を避けようがない。
検察に全ての証拠開示を義務付けたり、抗告を禁止したりする再審法整備の議論は停滞したままだ。制度改正には時間がかかるだろう。検察は冤罪救済を放置せず、再審で検察庁法がうたう厳正公平な「公益の代表者」にふさわしい役割を果たすことが求められる。
再審制度の見直しが急務だ(2024年5月23日『日本経済新聞』-「社説」)
刑事裁判の再審は、冤罪(えんざい)で有罪となった人を救済する仕組みだ。以前から制度の不備が指摘されてきたが、見直しの機運が高まっている。
そのきっかけとなった袴田巌さんの再審が22日、結審した。1966年に静岡県清水市(現静岡市)で一家4人が殺害された事件で死刑が確定したが、9月の判決で無罪が言い渡される公算が大きい。今回の裁判を教訓に、法整備を急がねばならない。
制度の問題点は「開かずの扉」と言われるハードルの高さ。そして時間がかかることだ。袴田さんの場合、最初の申し立てから再審が決まるまでに40年以上かかった。再審に関する法律の規定が不十分なことが、認められにくく、長期化する要因だとされる。
法務・検察当局は制度の見直しに慎重だという。いったん確定した判決を変更することで、法秩序への信頼が損なわれる恐れがあるためだ。だが無実の人を罰することは国家による重大な人権侵害だ。弊害ははるかに大きい。
日本弁護士連合会は、請求手続きにおける証拠開示の制度化や、開始決定に対する検察官による不服申し立ての禁止を求めている。
袴田さんは、再審請求審の途中で新たな証拠が明らかになったことで、無実である可能性が高いと判断された。もっと早く開示されていれば、ここまでの長期化は避けられたのではないか。不服申し立ての禁止と合わせ、早急に議論を始めたい。
冤罪の防止や救済は、民主的な法治国家の根幹にかかわる問題だ。欧米各国や韓国、台湾なども法整備を進めてきた。袴田さんの裁判は海外でも関心が高い。判決だけでなく、再審制度そのものにも厳しい目が注がれている。
袴田さん再審結審 死刑求刑、全く理解できない(2024年5月23日『中国新聞』-「社説」)
検察が、この期に及んで自らの体面を優先させたとしか思えない。
1966年に静岡県で起きた強盗殺人事件を巡り、死刑が確定した袴田巌さんの再審公判が、きのう静岡地裁で結審した。最初の再審請求から実に42年たった昨年3月に東京高裁が裁判のやり直しを認め、10月から審理していた。
検察はなお袴田さんの有罪立証の方針で臨み、死刑を求刑した。全く理解できない。
再審は、無罪を言い渡すべき明らかな証拠が新たに見つかった時に開かれる。確定判決の誤りを正し、冤罪(えんざい)の被害者を救済する手段だ。再審開始の決定では、有罪にした唯一の証拠と言っていい5点の衣類を巡り、弁護側の主張を認め、「捜査機関による証拠捏造(ねつぞう)の可能性が極めて高い」と厳しく批判した。
再審開始の意味は重い。無罪を前提にした迅速な審理こそ求められていたはずだ。
袴田さんは、ずさんな捜査や裁判所の判断にほんろうされるうち88歳になった。10年前に釈放されたが、長い収監や死刑の恐怖による拘禁反応で意思疎通が難しい状態だ。
最大の争点は、犯行時の着衣とされた5点の衣類に付着した血痕の「赤み」である。
衣類は事件発生の1年2カ月後にみそ工場のタンクで発見された。弁護側は長期間みそ漬けされたら血痕は黒く変色するはずで、赤みがあるのは発見直前に袴田さん以外の誰かが入れたからとした。
検察側は新たな専門家の共同鑑定書を基に「赤みが残るのは不自然ではない」とした。しかし長年の主張と違いはなく、衣類の調べはほぼ尽くされている。いたずらに時間を費やしただけだ。捏造の可能性が指摘され、意地になっただけと疑ってしまう。
本来、検察側が真っ先にすべきなのは、袴田さんへの自白強要の有無や、証拠捏造の疑いなど、長い裁判で示されてきた問題点の検証である。
再審では、これら問題点を省みることはなかった。組織防衛に走らず誠実に向き合ったなら、求刑をしない判断があり得た。法廷で事件の被害者遺族による「真実を明らかにしてほしい」との意見陳述書を、検察側は読み上げた。だが現行の姿勢のままでは、求められた捜査機関の役割を果たせないままになる。
現行の再審制度が、救済の機能を果たしていないのは明らかだ。袴田さんの場合、2014年に静岡地裁が再審開始を認め、釈放したにもかかわらず、検察の即時抗告によって取り消され、再審開始が確定するまで9年かかった。
再審手続きは、現行の刑事訴訟法に具体的な規定がほとんどない。審理の進め方は裁判官の裁量に委ねられ、長引く要因の一つになってきた。また過去の冤罪事件で警察や検察が不利な証拠を隠していた例は少なくない。
袴田さんの裁判では、第2次請求中の10年にようやく衣類のカラー写真などが開示され、再審開始につながった。検察に全ての証拠開示を義務付けるのは必須である。
著しい人権侵害を見逃さないよう制度改正が急務だ。
袴田さん再審結審 審理長期化の弊害直視を(2024年5月23日『熊本日日新聞』-「社説」)
いわれなき罪をそそぐのに、なぜこれほどの時間を要するのか。再審制度の根本にある課題が、あらためて浮き彫りになった。
1966年に静岡県で一家4人が殺害された事件で強盗殺人罪などに問われ、死刑が確定した袴田巌さん(88)の再審公判が結審した。検察側は再度死刑を求めたが、無罪となる公算が大きい。15年にわたる再審請求審で「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」が新たに見つかり、認められているからだ。袴田さんの名誉と人権の回復を急ぎたい。
逮捕から58年、死刑確定から44年がたつ。袴田さんは最初の再審決定時に拘置を停止されたとはいえ、死刑への恐怖と長年の収容による拘禁症状で今も意思疎通が困難な状態という。冤罪[えんざい]は国家による重大な人権侵害である。一人の男性の人生が半世紀以上も奪われた事実は重い。審理長期化の弊害を直視しなければならない。
約7カ月の再審公判でも、検察は有罪立証に固執した。争点は事件から1年2カ月後、みそ工場のタンクから見つかり、確定判決で犯行時の着衣とされた衣類に残る血痕の赤み。再審開始を導いた昨年3月の東京高裁決定は、同様の条件で赤みは残らず、袴田さんの着衣とみることはできないと断じた上で、捜査機関が「証拠を捏造[ねつぞう]した可能性が極めて高い」とまで言及していた。
検察側は再審公判で捏造を否定。血痕についても「赤みが残らないと断言できない」と主張したが、証拠として不十分と言わざるを得ないだろう。有罪立証が難しいにもかかわらず、あくまで袴田さんを「犯人」として死刑を求刑したことが、果たして正義にかなうだろうか。弁護側が、15年間の審理で決着がついた論点の蒸し返しと反発したのは当然だ。
事件では4人が命を奪われた。真実は追求されるべきだ。問題の根源は物証が乏しい中、長時間の取り調べで「自白」に追い込む捜査手法にあったのではないか。
再審請求は冤罪被害者を救済する最終手段だが、「開かずの扉」とも言われる。やり直しの裁判を受けるには、捜査側が持つ物証も分からない中で冤罪を立証せねばならない。再審開始が決定しても検察側が不服を申し立て、上級審で覆されることもある。袴田さんのケースでも、最初の再審開始決定はいったん取り消され、再審初公判までさらに約10年を要した。
宇城市で起きた「松橋事件」では、証拠開示で提示されたシャツが決め手になり、再審無罪につながった。それも逮捕から34年後のことだった。再審無罪の判決が出るたびに証拠開示の義務化や検察官の抗告禁止などを求める声が上がるが、今も実現していない。それが審理の長期化を招いている要因であることは間違いない。
ことし3月には再審手続きの見直しを求める超党派議連が発足するなど、政治も動き出している。国民の人権を守り、無実の人を救済する制度となるように、見直しを急がなければならない。
袴田さん再審結審 制度の欠陥浮き彫りに(2024年5月23日『沖縄タイムス』-「社説」)
最初の申し立てから再審開始が確定するまでに42年を要している。これ以上、審理を引き延ばすようなことがあってはならない。
検察側は改めて死刑を求刑した。一方、弁護側は無罪を主張し、両者の言い分は平行線だった。
最高裁による審理差し戻しを経て昨年3月、東京高裁は再審開始を決定。その際、犯行時の着衣とする「5点の衣類」について捜査機関による「証拠捏造」の可能性を指摘した。
再審請求審と再審公判を通じて最大の争点は、これらの衣類に付着した血痕の色合いだ。事件の1年2カ月後、捜査によりみそ製造会社のタンク内でみそに漬かった状態で発見された。
一方、弁護団は血痕のみそ漬け実験を重ね、1年以上漬けた血痕に赤みは残らないと主張した。
双方の主張に対し高裁は、みその成分との化学反応により赤みは残らないと結論付けた上で、袴田さん以外の第三者が衣類をタンク内に入れた可能性に言及したのである。
それなのに検察は再審公判でもほぼ同じ主張を繰り返した。
意見を述べることは認められているとはいえ、いたずらに審理を長引かせるべきではない。
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戦後、死刑事件の再審公判で検察側が確定審同様に死刑を求刑したのは4件で、その後いずれも無罪となっている。今回の判決は9月26日で、袴田さんも無罪となる公算が大きい。
再審制度が、えん罪被害者を救済する重要な役割を担っていることは間違いない。だが審理の長期化は、再審請求者にとって大きな負担となっている。
81年に申し立てた第1次再審請求が退けられ、2014年の第2次請求で再審開始が決定し釈放されるまで袴田さんは半世紀近くも拘束された。拘禁症状の影響で意思疎通が困難となり、今も法廷に立つことができない状況だ。
長期化の要因の一つは手続きや証拠開示に取り決めがほとんどなく、裁判所の裁量に委ねられていることにある。
袴田さんのケースでも再審開始につながった衣類のカラー写真などが開示されたのは第2次請求中の10年になってからだった。
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しかし、議論は停滞している。70年以上にわたり一度も見直しが行われていないことを考えれば、検察に全ての証拠開示を義務付けたり、抗告を禁止したりする法改正を急ぐ必要がある。
袴田さんの健康状態や年齢を考えれば検察には今回、再審制度の趣旨にのっとった対応が求められる。