「解雇規制の緩和」はどれだけ効果ある?自民党総裁選の“重要争点”をやさしく解説(2024年9月16日『ビジネス+IT』)

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2024年9月27日に投開票が行われる自民党総裁選。その争点の1つである解雇規制に注目が集まっているが…(
 2024年9月27日に投開票が行われる自民党総裁選の争点の1つとして解雇規制に注目が集まっている。解雇規制の見直しを含む、いわゆる労働市場改革については、以前から新自由主義的改革として論争の的になってきたものであり、再びその是非が問われようとしている。
雇規制が争点として急浮上
 今回の自民党総裁選は、裏金問題によって逆風が吹いていることに加え、岸田政権が派閥の解消を表明したこともあって、9人が立候補するという異例の展開となった。9月27日に予定されている投開票が近づくにつれて、各候補者の政策もより具体的になっており、政権発足後の姿もおぼろげながら見えるようになってきた。
 経済面では、解雇規制の見直しが有力な争点のひとつとして浮上している。
 解雇規制の見直しについては、河野太郎デジタル相や小泉進次郎環境相が、自身の目玉政策のひとつとして打ち出しており、賛否両論が寄せられている状況だ。
 労働市場改革は、以前から議論が続けられてきたものの、各方面からの反発が根強く、なかなか実現しなかった政策のひとつである。特に小泉純一郎内閣の時代には、当時経財相だった竹中平蔵氏らが強く導入を主張してきた経緯があり、明確な定義はないものの、解雇規制緩和はいわゆる新自由主義的政策の象徴と位置づけて良いだろう。
 河野氏と小泉氏はいわゆる改革派を自認しており、そのイメージを強く打ち出したいとの思惑から、解雇規制の見直しを主張したと考えられる。
 解雇規制の緩和については経済界の一部が実施を強く求めている。一方、労働組合の反発が激しいことに加え、多くの国民も失業するのではないかとの不安を抱えており、潜在的な抵抗感は大きい。経済政策としての効果についても、単純に解雇規制を緩和すれば、雇用が流動化して経済が成長するのかというとそれは疑問である。なぜなら、景気が悪いことが雇用を停滞させている可能性が高く、解雇規制そのものが成長を阻んでいるとは限らないからである。
順序が逆になっている
 たしかに一部の大企業では雇用が手厚く保護され、過剰雇用になっている。ある調査では、会社に在籍しているにもかかわらず仕事がないという、いわゆる社内失業者が400万人に達するという結果も出ている。これは日本における全正社員の1割に達する数字であり、これらの人材を流動化させれば、労働生産性はある程度までなら向上する。
 しかしながら、日本の労働生産性は米国の半分、ドイツの3分の2と著しく低い水準であり、大企業が抱える過剰雇用を解消した程度でカバーできるものではない。
 日本企業の生産性が著しく低いのは、労働者数が多すぎるのではなく、企業経営が依然として薄利多売型で付加価値が低いことに加え、デジタル化が諸外国と比べて著しく遅れている、女性の登用が進んでいない、古い商慣行が温存されているなど、他の要因が圧倒的に大きい。
 したがって解雇規制を緩和したからと言って、即座に日本の生産性が向上する可能性は低いと考えた方が良いだろう。つまり、解雇規制が存在するので生産性が低いのではなく、日本企業全体の生産性が低く、賃金が安いため労働者は転職を試みず、結果的に雇用の流動性が低くなっていると考えるべきだ。状況を改善するには生産性を上げることが先決であり、解雇規制だけを先に進めるのは順序がアベコベなのだ。
 加えて言うと、小泉改革時代とは異なり、現在の日本経済は圧倒的に人手不足となっている。
 マクロ的に見るとあらゆる業界で人手が足りておらず、人が余っているのは一部の大企業ホワイトカラー層だけである。とりわけ建設、農業、運送、介護といった分野は、慢性的かつ深刻な人手不足に悩まされており、こうした分野の労働者には相応の体力が求められる。解雇規制を緩和しても、余剰人材を放出するのは大企業が中心であり、彼らの持つ労働スキルのままでは、人手不足の業界にスムーズにシフトできないだろう。
茂木氏は別のアプローチを提唱
 筆者は雇用の流動性の低さを無視して良いと主張したわけではないが、解雇規制ありきの改革、あるいは解雇規制さえ撤廃すれば経済が成長するというのはある種の幻想であると主張したいだけだ。
 雇用や賃金、あるいは流動性の問題を解決するには、日本企業の非効率な組織運営をやめ、賃金を底上げし、自発的な転職を促していくことが最も大事である。ITなど成長分野については労働者にも高いスキルが求められるので、転職を試みる労働者には、政府がスキルアップ支援を行うといった措置を実施する方が圧倒的に効果的だ。
 小泉氏も河野氏も、一方的に解雇すれば良いと主張しているわけではなく、セーフティネット拡充やスキルアップ支援も打ち出している。
 一方、石破茂元幹事長は解雇規制の緩和に慎重な姿勢を示しているが、生産性向上の決め手となる経済政策は十分に示せていない。茂木敏充幹事長は、転職を促進するという点で小泉氏や河野氏と似たような方向性を示しており、具体的な施策としてはハローワークを活用したスキルアップを掲げた。十分に機能しているとは言えないハローワークが、労働者の本格的なスキル向上に役立つのか少々疑問だが、物事の順番としては茂木氏の案の方がより現実的と言えるかもしれない。
過去の労働市場改革の問題点
 これまで実施されてきた労働市場改革は、非正規労働者を増やしただけの結果に終わっており、労働者の賃金を引き下げる元凶になってきたのは紛れもない事実である。
 河野氏らが主張するように、雇用が手厚く保護されているのは大企業のみであり、中小企業の労働者は保護の対象になっておらず、むしろ泣き寝入りを強いられているのもその通りだろう。そうであるならば、解雇の金銭解決をしっかりルール化した方が現実的な解決策になり得るというのもある種の合理性を持つ。
 いずれにせよ、単純な解雇規制緩和だけでは不十分であり、いかにして賃金を上げるのか、スキルアップの施策をどれだけ提供できるのか、中小企業と大企業の格差をいかに解消できるのかといった視点が不可欠となろう。
執筆:経済評論家 加谷 珪一