NHK不適切発言 自主自律守り、再発防止を(2024年8月26日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 いたずらに政治問題化せず、冷静に議論する必要がある。

 NHKのラジオ国際放送の中国語ニュースで、中国籍の外部スタッフが原稿にない発言をした問題だ。尖閣諸島を中国の領土と述べたほか、南京大虐殺慰安婦731部隊を忘れるな、と英語で発言したという。

 生放送の番組で、靖国神社の石柱に落書きがあったニュースを伝えた際、スタッフが自分の意見を差し挟んだ。発言はおよそ20秒に及んでいる。番組の内容を改変する重大な逸脱行為であり、公共放送の信頼に関わる。

 スタッフは20年以上前から、ニュース原稿の翻訳や読み上げを担当していたという。NHKは契約を解除し、番組を事前収録に切り替えたほか、副会長の下で再発防止策を検討する。

 稲葉延雄会長は、NHKが定めた国際番組基準に抵触する極めて深刻な事態だと述べ、視聴者、国民に陳謝した。基準は、事実を客観的に取り扱い、「わが国の立場を鮮明にする」と記している。

 ラジオでの発言は、尖閣諸島を「日本固有の領土」とする政府の立場と相いれない。ただ、NHKは国営放送ではなく、政府の広報機関でもない。自主自律を旨とする公共放送である。

 それだけに、政府の見解と異なる発言だったことを殊更に問題視するのは危うさがある。番組編集への政治の介入につながり、放送の自由を揺るがしかねない。

 放送法は、NHKの国際放送を国内放送と並ぶ本来業務に位置づけている。国を代表する放送機関として、日本の政策や政府の見解を海外に伝える役割も担い、総務相は放送事項を指定して国際放送を行うことを要請できる。

 2007年に法が改定されるまでは、総務相が「命令」できると定められていた。前年、当時の菅義偉総務相拉致問題を重点的に扱うよう命令したことが、放送の自由を侵すと強い批判を受け、要請に改められた経緯がある。

 NHKは国際放送に関しても、放送の自由と番組編集の自由を最優先に、自主的な編集のもとで放送していると説明する。それは譲れない一線だ。政府の指示を受けないことはもとより、政治の圧力で自主自律が損なわれることがあってはならない。

 政府の立場と反する放送をしたのは由々しき問題だといった声が勢いづいている。それにNHKがどう向き合うか。公共放送を支える側として、視聴者が注意深く見ていく必要がある。