「舌の秋」到来も、暑さは厳しく (2024年8月22日『産経新聞』-「産経抄」)

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北海道根室市の花咲港で水揚げされたサンマ=16日未明
 読者諸賢は「コラム担当」と聞けば、文献や辞書と首っ引きで原稿を書く姿を浮かべるかもしれない。流す汗といえば、締め切りに追われての冷や汗と思われているのかも。とんでもない、日中に少なくとも1度は必ず外に出る。
▼暑さ寒さを肌で確かめもせずに、移ろう季節を訳知り顔で書くことはできない。というわけで、きのうも白昼の街に打って出た。<蓋あけし如(ごと)く極暑(ごくしょ)の来りけり>星野立子。社屋から出た途端、不快な外気の塊にのみ込まれて、足腰の覚悟が鈍る。
▼2、3分も歩けば、服が満身に張りつくような熱波の試練に遭う。歳時記にある「溽暑(じょくしょ)」(絡みつくような蒸し暑さ)が感覚としては合っている。暦の上では「残暑」にもかかわらず、夏の盛りを思わせる暑さだった。きょうは二十四節気処暑、「暑さがおさまる」頃である。
▼厳しい暑さはしかし、全国的に当面続きそうだという。福岡県太宰府市ではきのう、34日連続の猛暑日となり、観測史上の最長記録を更新し続けている。近年の暑さは危険度を増し、節気が持つ意味だけでなく、過去の常識を裏切ることも増えた。
▼あえぐ現代人を見かねて、「海の神様」が秋を前倒しで届けてくれたのだろうか。北海道では先日、全国に先駆けてサンマが水揚げされた。不漁だった昨年は1キロ当たり14万円の値がついた。今年は量が多く、身も立派らしい。札幌市内では、1匹18円で売られていたと聞く。
▼高根でなく、手の届く花として食卓に戻って来るのなら喜ばしい。<遠方の雲に暑を置き青さんま>飯田龍太。「舌の秋」が夏を払ってくれればなおよいが、先刻受けたばかりの炎暑の仕打ちを思うと気が滅入(めい)る。見上げた空には雲の峰、秋の気配はまだ遠い。