岸田首相、捨て身の“禊”アピールを国民はどう受け止める?自ら塞ぎ損ねた「政治とカネ」疑惑、旧態依然の曖昧戦略(2024年8月16日『JBpress』)

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自民党総裁選への不出馬を表明した岸田首相=14日午前(写真:共同通信社
 (西田 亮介:日本大学危機管理学部教授、社会学者)
■ 現実となりつつある「ニュース砂漠」
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 はじめまして。西田亮介です。
 もともとは社会学とメディア研究を背景に、ネット選挙や政党の情報化などメディアと政治の関係の研究と教育を専門とします。偽情報対策やNHKのあり方といったルール(政策)形成、表彰の選考、広報実務などに関わってきました。また15年近く、マスメディアとネットのいろいろな媒体でコメンテーターを務め、原稿を寄稿してきました。
 最近は『リハック』といったネットメディアで「再発見」されているような気もしますが、政治とカネ(先の通常国会参院政治改革特別委員会で参考人招致……)、内閣府衆院における国葬儀の評価、コロナ禍中の政策広報(厚労副大臣PT)なども経験し、境界領域ならではのいわゆる「ややこしい問題」も得意としています。
 これからJBpressで毎週(! )、ニュースの定点観測、週間時評を担当することになりました。月刊誌やネットの不定期連載は経験があるのですが、ウィークリーは初めてのこと。ネット媒体なので、週刊誌のように「白紙ページができてしまう!」といったプレッシャーがないからこそ果たして本当に継続できるのか自分でもいささか心許ないですが、読者の皆さんにぜひとも生温かい目で見守ってほしいところです。
 なぜ、いま週刊時評なのでしょうか。そもそも、みなさん、ニュースを読む、見る習慣はお持ちですか? 
 データによれば、すでに現役世代の多くで新聞紙は読まれなくなっていて、テレビも若い世代ほど視聴時間が劇的に減少しています。もちろん伸びているのは、インターネットの利用と動画視聴。
 かくして世界ではニュース離れや、そもそも報道機関がなくなってしまう「ニュース砂漠」が現実のものとなりつつあります。「ネットで『ニュース』を見てる、読んでいる」と言う人もいるかもしれませんが、それは伝統的な意味での「ニュース」でしょうか。
 そこで見聞きしている「ニュース」が、決して間違えないという意味ではなく、例えば記者を育成し、支局をもち、記事を相対的に見る「デスク」と呼ばれるコンテンツの品質をマネジメントするポジションを設け、クレームや誤報に対応する体制を整備するなどして信頼できる蓋然性が高いという意味での「トラストな(≒信頼できる)情報基盤」に支えられた伝統的「ニュース」と等価な情報でしょうか。
 「そんな時代だからこそ、定点観測的にニュースを振り返り、公の出来事に関心をもってもらう契機が必要なんじゃないか。そもそも公の出来事としてのニュースとは何か……?」
 ひょんなことから、そんな話題で、いまは某ネットメディアの顔として知られる、しかし実は長く雑誌やウェブメディアに携わってきた某氏とひとしきり盛り上がりました(Messengerソフトのチャットで)。そのときの会話こそが本連載が始まったきっかけです。
■ ネット時代に求められるニュース時評
 ネットの世界における時の流れは実に速い。最近はめっきり耳にしなくなりましたが、犬が人間の数倍の早さで加齢していくことから、ネット黎明期には「ドッグイヤー」などと呼ばれたものです。
 最近の日本のネットでは「立ち止まる」とか「遅い」ほうが良いのではないかなどと言われますが、ぼくに言わせればまったくナンセンス。「ネットの速さ」が嫌ならネットから退場すればいいのであって、ネットの強みを活かそうとするのであればその速さを活かすほかないのではないでしょうか。新しい技術やサービスの両刃の側面から目を背けるようでは未来はないでしょう。
 「社会の定点観測」に寄せていえば、昔の時評は新聞紙における「論壇時評」や「文壇時評」などのように月1回程度でよかったのかもしれません。でも、ぼくたちが触れる情報量が多くなり、接触頻度も頻繁になり、そして何が公の「ニュース」かということが自明でなくなったいまの時代には、もっと頻繁に、そしてもっと速い振り返りが必要ではないでしょうか。
 そこで、ぼくたちはさしあたり毎週末に少なくともその週のニュースを一つ以上取り上げて、振り返ってみることにしたわけです。他にももっといろいろなコンテンツが出てくるかもしれませんが、基本的にはそんな問題意識から出発しています。
 政治、経済、社会に多くの情報があるはずですが、ぼくならではの時評のバリューが出せるのか。そんなチャレンジでもあります。
 ……そんなことを書いていた14日(水)の午前中、前の勤務校である東工大での最後の夏期集中講義の準備をしていたところ、携帯電話が唐突なプッシュ通知で震えた。どうも岸田文雄総理が次の自民党総裁選に出馬しない意向を固め、11時半から記者会見を行うことになったらしい。かくして自己紹介をつらつらと書いている場合ではなくなった。
 ◎令和6年8月14日 岸田内閣総理大臣記者会見 | 総理の演説・記者会見など | 首相官邸ホームページ(総理会見の全文は上記の官邸のサイトから読むことができる)
■ 「政治とカネ」疑惑に、岸田は一体何をした? 
 慌ててテレビのスイッチを入れる。
 会見冒頭から「今回の総裁選挙では、自民党が変わる姿、新生自民党を国民の前にしっかりと示すことが必要です。そのためには、透明で開かれた選挙、そして何よりも自由闊達(かったつ)な論戦が重要です。その際、自民党が変わることを示す最も分かりやすい最初の一歩は、私が身を引くことであります。私は、来る総裁選には出馬いたしません。総裁選を通じて選ばれた新たなリーダーを、一兵卒として支えていくことに徹してまいります」。
 総裁選不出馬の「決意」が岸田の口から語られた。
 「政治とカネ」疑惑の発覚後、低迷と混迷を続ける内閣支持率、そしていよいよ自民党政党支持率も低下し、国政補選や東京都知事選をはじめとするいくつかの地方選挙の動向を踏まえると、岸田を「選挙の顔」として担ぐことは難しいので、良いタイミングで「選挙の顔」を変えたいということが自民党の総意のようだ。
 やれやれ。まるで昭和だ。
 振り返れば、自民党から間断なく噴き出すスキャンダルと対応に振り回された政権だった。ある意味不幸ではあった。
 というのも令和の政治とカネ疑惑の本丸は岸田や岸田派ではなく、安倍派でありその源流の清和政策研究会であった。統一教会問題も同様だ。安倍政権と異なり、岸田派は多数派派閥ではなかったことから、そもそも党内調整に苦心したことだろう。最大派閥が震源だけになおさらだ。
 G7広島サミット開催やウクライナへの電撃訪問、防衛費増額、内政面では評判と異なり実質賃金が伸びないなかでの物価高騰対策などはなかなかの舵取りを見せたともいえる。実は戦後8番目の相対的「長期政権」でもある。
 しかし政権の致命傷となった政治とカネ疑惑に対して岸田の弁とは裏腹に一体何をした、何ができたのだろうか。
 政治資金規正法改正案の内容は土壇場で公明党と維新の案を丸呑み。政治資金を監督する「第三者機関」を解決策の目玉としたが、今のところ具体的な姿はあまり伝わってこない。
 国会に設置するのか、総務省が監督する独立機関になるのかすら、後者を本命とするようだがいまのところはっきりしない有り様で2026年1月の目安に間に合う筋道はいまのところ明確にならないままだ。
 そもそも政治資金規正法改革は将来の不正を抑止するが、過去の疑惑解明には無力だ。退陣で自民党として、自民党総裁としての説明責任を幕引きするのであればまったく許容できまい。
 疑惑解明の本丸と期待された両院に設置される政治倫理審査会はまったく力不足だった。ロッキード事件裁判の一審判決を契機として設けられ、岸田自ら舞台に登ったわけだが、自浄作用の場としてまったくといっていいほど機能しないことが明らかになった。関係議員44人は姿を見せなかったためだ。
 筆者は参院の政治改革特別委員会の参考人質疑含めて政治倫理審査会改革を述べてきたが、自民党を含めて正面から取り上げている政党はない。
■ 傷を塞ぎ損ね、責任を取ったように印象付ける
 さらに政治とカネ疑惑が猛威をふるった頃、岸田はこれも唐突感たっぷりに「派閥解散」を宣言した。「派閥を解散したのだから、派閥はなくなったはず」というのが一般の認識だろうが、確かに木曜の昼食会こそ休眠状態だが、総務省への政治団体としての届出取り下げや事務所、派閥専従職員の去就、財産の行方など判然としないままだ。なかには政策集団としての存続を口にする派閥さえある。
 もちろん巨大組織をマネジメントする際に小集団が存在するのが合理的であることは明らかだ。しかし政治家の言葉も軽くなったものである。妥当性はさておき、それでも自民党総裁であり、総理大臣自ら「派閥解散」を公言した意味は本来重たい。
 使途不明で、月100万円という金額でありながらどうも本来の用途とかけ離れた使われ方の横行で、数年前、否、長く問題視されてきた旧文通費改革もこの間、進んでいない。法改正こそなされたが、むしろ「調査研究広報滞在費」と現状追認的に名称変更された。
 日割りが導入されたというが、日割りが必要になるのは例外的な場合だけで大勢にはほとんど影響しない。ここでも長年指摘されてきた使途透明化に関して、岸田政権と自民党は未着手であり続けてきた。
 「政治とカネの問題をめぐっては、派閥解消、政倫審(政治倫理審査会)出席、パーティー券購入の公開上限引下げなどの判断について、御批判も頂きましたが、国民の信頼あってこその政治であり、政治改革を前に進めるとの強い思いを持って、国民の方を向いて、重い決断をさせていただきました」というのが会見での岸田の弁とは裏腹に、先に指摘したいくつかの論点だけでも筆者は極めて不十分な内容に思える。
 国民の怒りに対して、傷を塞ぎ損ねたことはほぼ間違いないのではないか。しかも岸田の退任とその理由は自ら職を辞することで責任を取ったように主張し、選挙での禊とし、菅政権から岸田政権への移行時も同様だったが自民党総裁選を活発化することで「改善」が進んだように印象付ける曖昧戦略の典型で、これらの構図自体が極めて旧態依然としている。
 岸田の進退を国民がどのように受け止めるのだろうか。
■ これまでのようにうまくはいかない
 東京都知事選挙や国政補選、いくつかの地方選挙や報道各社の世論調査などを踏まえると、国民の政治とカネ、旧態依然とした自民党に対する怒りは深く、案外、これまでと同じようにはいかないのではないか、そしてそうあるべきではないというのが筆者の見立てだ。
 NHK世論調査では、「自民党総裁選で議論してほしいこと」の項目において全体や自民党支持層において「政治とカネの問題など政治改革」がいまでも「経済対策」に次ぐ上位に位置し、野党支持層や無党派層ではより顕著になっている(NHKNHK世論調査」)。
 法改正や規制法の問題の詳細が広く共有されているかという点には心許なさも残るが、説明の不十分さについては国民は直観しているようでもある。
 自民党からはすでに多くの次期総裁候補が取り沙汰されているが、政治改革の舵取りを間違えるようなら新総理の信を問うべく遠くないうちに行われる総選挙や、来年予定される参議院議員選挙はそれほど安泰とはいえまい。
 かといって、野党の側にそれほどの準備ができているかといわれれば共闘や政策調整含めてこれまた過去10年旧態依然としたままだ。立憲民主党の代表選でも、結局民主党政権の顔が有力候補として並ぶということになりそうな気配が濃厚だ。維新もどうにも元気がない。
 政権交代自民党不信から消極的になされるのであれば、消極的に自民党や総理が支持される構図と大差ないし、長続きも期待できず、難局な日本の舵取りを安心して任せることも期待しがたい。これから大きく日本政治が動くかもしれない。政治も報道も、そして国民もそのことの意味をより主体的に考えたい。
 連載初回から重たい主題と短い締切となったが、これを奇貨として毎週、皆さんと政治とメディア、社会を考えたい。どうぞよろしくお願いいたします。
西田 亮介