「翼音のためにも泣いていられない」孫を失った悲しみ乗り越え、能登豪雨後初めて「喜三漆芸工房」が出店(2024年10月21日『東京新聞』)

 
 能登豪雨で犠牲となった石川県輪島市の中学3年生、喜三翼音(きそ・はのん)さんの祖父母が営む輪島塗の「喜三漆芸工房」が、同県白山市の金城大と同大短期大学部の学園祭「金城祭」に模擬店を出した。蒔絵(まきえ)師の祖父・誠志(さとし)さん(63)が絵付けしたぐい飲みや、翼音さんが好んでいたフクロウの絵柄のカップが並ぶ。店に立った祖母・悦子さん(64)は「翼音のためにもずっと泣いていられない」と語った。
来場者が購入した漆器を手渡す喜三悦子さん(左)。手前に飾られた写真に写っているのは喜三翼音さん=19日、石川県白山市で

来場者が購入した漆器を手渡す喜三悦子さん(左)。手前に飾られた写真に写っているのは喜三翼音さん=19日、石川県白山市

 陳列棚の一角に、店の内側に向いて置かれた写真立てがあった。左手でピースする翼音さんの写真。悦子さんとともに店に立った父・鷹也さん(42)は「翼音が一緒にいてくれる」との思いで飾った。取材に「娘が大好きだったカップは、皆さんかわいいと言って手に取ってくれる。時間はかかるが、家族みんなで頑張っていきたい」と声を絞り出した。
 模擬店は午前10時に開店し、正午に近づくにつれて学生や住民、教職員が列を作った。箸を買った同大4年の和住(わずみ)若奈さん(21)=金沢市=は「災害で若い命が失われたことは本当に心が痛い。少しでも力になりたいと思って買わせてもらった」。幼い娘や息子がいる自営業・山本恵子さん(35)=白山市=は「買うことしかできないけれど、協力できれば」と話した。
喜三翼音さんが好きだったフクロウの絵柄のカップ=19日、石川県白山市で

喜三翼音さんが好きだったフクロウの絵柄のカップ=19日、石川県白山市

 誠志さんはこの日、金沢市の県産業展示館で開かれた別のイベントで漆芸品を販売した。誠志さんと悦子さんは輪島市の朝市通りに漆芸品などの店を構えていたが、能登半島地震での大規模火災で焼失。全国各地で開かれるようになった出張輪島朝市に出店してきた。学園祭の模擬店やイベントでの出店は豪雨後初めてだった。(安里秀太郎