◆「誰が首相になっても対米従属は続く」
8月15日5時15分 神門前は人がまばらで、セミの鳴き声が響く。「世相が見えるから毎年来る」と、50代の写真家鈴木拓也さん=東京都調布市。前日に岸田首相が自民党総裁選不出馬を表明したが、「米軍基地は今も残り、日本は戦後処理ができていない。政権が代わっても対米従属の構造は続くだろうし、もどかしい」。みるみる行列ができた。
◆「この子が赤ん坊の時から…19回目」
5時55分 同県志木市の薬剤師小山聖美さん(44)は「今の平和は先祖のおかげ。感謝のために毎年来てる」。おにぎりをほおばり「9時から仕事で、保育園にも行かないと」と長男(5)の手を引き、神門へ急ぐ。
6時 開門。約230人が静かに拝殿へ進む。時折風が通り、ハンディー扇風機を頭にかざす高齢男性も。
6時30分 日差しが強くなる。境内の鳥居前で、大学生の長男と記念撮影をした東京都足立区の会社員野上晶一さん(55)は「この子が赤ん坊のときから毎年参拝後に撮っていて、これで19回目です」と笑みをこぼす。
◆「18歳になったら選挙に行きたい」
7時15分 父親が南方で戦死した新潟市の大橋ツネ子さん(82)は、日本の平和の揺らぎを案ずる。「情報統制された昔と違い、今の若い人は何でも情報が得られて知恵がある。誰が首相になっても戦争の苦しみを知らず期待できないから、あなたたちががんばらないと」
7時45分 朱印所近くで、おみくじの束を持った男子大学生(20)は「19回目でやっと大吉が出た」。友人の坂口裕来さん(19)は「米国も選挙があるが、今後の世界情勢がどうなるか分からず不安」。
旧日本陸軍の軍服姿で参拝する人たち
8時 左足を骨折しながらも父親の肩と松葉づえを頼り、汗だくで参拝を終えた千葉県柏市の高校3年吉田優咲(ゆうさく)さん(17)。世界で起きている戦争をなくすには? 記者の問いにしばらく考え、「歴史を学ぶのが平和の一歩。18歳になったら選挙に行きたい」。
◆「イベント感覚の人が増えた。今年で最後」
8時30分 神門近くの灯籠前に、旧日本軍の軍服姿の男性たち。「ここの用心棒」と胸を張るカトウさん(64)は「今の世界の戦争は侵略だよね。民間人の虐殺、拷問は反対」と語気を強める。記者に「危ないやつもいるから、何かあったらここにおいで」。
能楽堂前で行われた「白鳩放鳩式」
10時 拝殿近くで宮司の発声とともに参拝者がハトを空に放つ。埼玉県越谷市立大相模中2年の千野碧音(あおと)さん(14)は「鳥と神社が好きで来た。モフモフしてかわいかった」と喜ぶ。今も続く戦争について聞くと少し悩み「なんでやっているんだろうと思う」。
◆「イベント感覚の人が増えた。今年で最後」
10時20分 東京都内の高校1年の男子生徒(16)は1人で来た。国連職員が将来の夢。「平和のためできることがあればやりたい」
◆「抑止力は大切だが、バランス保たねば」
12時 黙とう。東京都足立区の公益財団法人職員、田山拓良さん(68)は2017年に92歳で亡くなった父・喜重さんに思いを寄せた。「無線技士として乗っていた船が攻撃され3日間残骸につかまり生き延びた」という話を毎年聞かされた。「照れくささもあって別々に参拝していたけど、一緒にしてもよかったかな」。世界情勢に触れ「武器を持ち抑止力を持つことは必要だがエスカレートしても戦争になる。微妙なバランスを保たないと」。
12時30分 郷里の戦没者に感謝を伝えた長野県茅野市のパート男性(38)。軍服を着ているのは「(戦争の記憶を)忘れないための方法として」という。世界平和の実現については「軍拡が必要という意見もあるけど、対話から始める姿勢が大事」と話した。
13時 日本との統合を望む台湾の団体「台湾民政府」の約30人が、参拝を終え境内で記念撮影。
靖国神社を参拝する台湾の民間団体の人たち
◆「遺骨を沖縄の海に捨てるのは矛盾だ」
13時40分 「戦没者を助けてください」。沖縄戦の遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さん(70)が、境内までの通り道で呼びかけた。遺骨が残る沖縄本島南部の土砂を基地建設に使う計画に反対している。「首相が戦没者に哀悼の誠をささげながら、遺骨を海に捨てるというのは矛盾だ」。立ち止まった男性が「沖縄には行けないけど応援している」と握手を求めた。
靖国神社の前で抗議活動をする具志堅隆松さん
◆「語り継げる人がいなくなっている」
14時10分 5月に「トイレ」と英語で落書きされた石柱を背景に、ナマケモノのぬいぐるみを撮影していた東京都西東京市のゴルフインストラクター浜野美和さん(47)。「『ぬい撮り』って言うんです。石柱がきれいになったって、インスタグラムに投稿したくて」
15時 木陰で休んでいた埼玉県行田市の会社員鈴木道子さん(50)は、祖父の弟が中国東北部で戦死。「戦争を忘れないことが大切だけど、語り継げる人がいなくなっている。新聞やテレビがもっと伝えないと」。日本の政治家に平和を主導する役割を期待できるか尋ねると、夫健次さん(51)が「あんまりいない気がする」と苦笑い。
◆「僕らがもっと関心を持たなければ」
17時20分 拝殿前は依然として列が続く。東京都葛飾区の武本佳代さん(45)は「被爆国として未来に平和をつなぐ役目がある」。息子で中学生の英大さん(14)は「過激な思想が戦争につながる。僕ら一人一人がもっと世界や政治に関心を持たなければいけない」と話した。
18時 閉門を告げる太鼓の音が鳴った。その後も鳥居の前から門に向け、手を合わせる人が見られた。
◆デスクメモ
特報部で靖国ルポが始まったのは1987年。陸軍の旧将校が多数の犠牲を出した南方戦線の武勇談を披露し、参拝者が「許せない」と怒った、とある。体験者が多く戦争の影が色濃かった。79年の不戦を経た今年のルポからは揺らぐ平和への不安も。この場を刻み続ける大切さを思う。(恭)