「下手すると政権交代になってしまう」 岸田文雄首相、自民政権の維持最優先に撤退判断(2024年8月14日『産経新聞』)

記者会見で次期総裁選への不出馬を表明する岸田文雄首相=14日午前、首相官邸(春名中撮影)
岸田文雄首相が14日、9月の自民党総裁選に出馬しない意向を示した。このタイミングで自民のイメージを変えなければ、野党に政権を奪われる可能性まであるという強い危機感が、お盆休み中の退陣表明につながったとみられる。
「下手すると政権交代になってしまう。今の内外の難しい状況下で、野党に政権を渡すわけにいかない。だれが総裁なら次の総選挙に勝てるかを考えなければならない」
首相は今回の退陣表明について、周囲にこう強調した。
決断の背景には、今の衆院議員の任期満了が約1年後に迫っていることと、来年夏には参院選が控える選挙事情があるとみられる。
産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が7月に行った合同世論調査では、岸田内閣の支持率は前月比6・1ポイント減の25・1%と下落傾向に歯止めがかからなかった。自民の政党支持率も25・1%と、前月比で0・4ポイント落ちていた。
なかでも深刻なのは、政党支持率の下落だ。岸田政権が発足した令和3年10月の調査では、自民の支持率は45・3%あった。
新型コロナウイルス対応などが批判された菅義偉政権時でも、自民の支持率は3割を切ることはなかった。岸田政権でも、当初は自民の支持率が堅調に推移していたが、昨年以降は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民議員との関係や自民派閥パーティー収入不記載事件などが次々と表面化し、「自民全体が世論に見放された」(閣僚経験者)状況になっていた。
仮に首相が9月の総裁選で再選を果たしても、今の政党支持率のままでは、自民にとって簡単には衆院解散に踏み切れない環境といえる。解散を来年に先送りしたとしても、夏には参院選で審判を受ける場が待つ。次の総裁選は国会議員だけでなく党員票も入れた正式な形となるが、自民の地方組織には、首相を選挙の看板にすることに忌避感も広がっていた。
「今は総選挙のタイミングでない」
一方、問題の旧統一教会問題も派閥の事件も、最大派閥の安倍派(清和政策研究会)が深くかかわった経緯があり、岸田派(宏池会)を率いていた首相には「もらい事故」(岸田派議員)という認識もあった。不記載事件では、複数の安倍派幹部らに離党勧告を含む処分を行い、党内の派閥解消を目指して岸田派の解散を打ち出すなど、強いリーダーシップをとったこともあった。
しかし、岸田派の会計責任者が刑事責任を問われても、会長だった自身を処分しなかったことや、派閥解散を独断で決めたことなどは、党内で強い反発を受けた。首相が次の総裁選に出馬を決断しても、当選した前回と同様に支持が広がるかは不透明な情勢だった。
首相は今回の総裁選にあたり、11月に米大統領選が行われることなど、国際情勢が緊迫する可能性があることを踏まえ、「今は総選挙を行うタイミングでない」とも周囲に語っていた。裏返せば、今の野党には政権担当能力がないとの認識もあるとみられる。
現職の首相が総裁選出馬の有無を示さなければ、他の議員は簡単には出馬表明できず、総裁選の議論をメディアにさらす時間も少なくなる。野党に政権を奪われない態勢を作ることまで考えた末に、お盆期間中の退陣表明に踏み切ったのだろう。首相は14日の記者会見で、こう訴えた。
「新総裁が選ばれた後はノーサイド。主流派も反主流派もなく、新総裁のもとで、一致団結だ」(水内茂幸)

自民党が変わる最初の一歩は、私が身を引くこと」 岸田文雄首相の記者会見詳報(上)(2024年8月14日『産経新聞』)
 
 
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記者会見で次期総裁選への不出馬を表明する岸田文雄首相=14日午前、首相官邸(春名中撮影)
 
岸田文雄首相(自民党総裁)は14日、首相官邸で記者会見し、9月の自身の任期満了に伴う自民党総裁選に出馬しない考えを示した。「自民党が変わることを示す最もわかりやすい最初の一歩は、私が身を引くことだ」と語った。記者会見の詳報は次の通り。
新生自民党をしっかり示す
昨日、モンゴルのオユーンエルデネ首相との電話会談を行い、夏の外交日程を一区切りつけることができた。お盆が明ければ秋の総裁選挙に向けた動きが本格化する。今回の総裁選挙では自民党が変わる姿、新生自民党を国民の前にしっかりと示すことが必要だ。そのためには、透明で開かれた選挙、何よりも自由闊達(かったつ)な論戦が重要だ。自民党が変わることを示す最もわかりやすい最初の一歩は、私が身を引くことだ。来る総裁選には出馬しない。総裁選を通じて選ばれた新たなリーダーを、一兵卒として支えていくことに徹する。
総理、総裁としての3年間、30年続いたデフレ経済に終止符を打つ。そのために、新しい資本主義のもと賃上げと投資促進のアニマルスピリッツを官民連携で復活させる。AI(人工知能)時代における電力需要の大幅増加やGX(グリーントランスフォーメーション)に対応するために、カーボンプライシング、GX経済移行債の導入、原発再稼働、新型革新炉の設置など、エネルギー政策を転換する。待ったなしの少子化に対応するために、3・6兆円の大規模な少子化対策を実行する。国際社会の複雑化、困難化に対応して、5年で43兆円、防衛力を抜本的に強化する。強固な日米関係を基礎にG7(先進7カ国)広島サミットの開催、NATO北大西洋条約機構)首脳会合や(米)キャンプデービッドでの(日米韓)首脳会合への出席などを通じ、分断が進む国際社会で協調に向けた国際的な議論をリードし、日韓関係の改善、グローバルサウスとの関係強化など外交を多角的に展開する。このように多くの皆さまのご協力によって、大きな成果を上げることができたと自負している。
他方で旧統一教会(世界平和統一家庭連合)を巡る問題や派閥の政治資金パーティーを巡る政治とカネの問題など、国民の政治不信を招く事態が相次いで生じた。被害者救済法の成立や政治資金規正法の改正など、課題への対応や再発防止策を講じることが総理、総裁としての責任であるとの思いで、国民を裏切ることがないよう信念を持って臨んできた。
真のドリームチームを
特に政治とカネの問題を巡っては派閥解消、政倫審出席、パーティー券購入の公開上限引き下げなどの判断について、批判もいただいたが、政治改革を前に進めるとの強い思いを持って、国民の方を向いて重い決断をした。
残されたのは、自民党トップとしての責任だ。所属議員が起こした重大な事態について、組織の長として責任をとることにいささかの躊躇(ちゅうちょ)もない。今回の事案が発生した当初から思い定め、心に期してきた。当面の外交日程にひと区切りがついたこの時点で、私が身を引くことでけじめをつけ、総裁選に向かっていきたい。
日本が直面する内外の難局は本当に厳しい状況だ。総裁選では、われこそはと思う方は積極的に手を挙げて、真剣勝負の議論を戦わせてほしい。新総裁が選ばれた後はノーサイド。主流派も反主流派もなく、新総裁のもとで一致団結。政策力、実行力に基づいた真のドリームチームを作ってもらい、何よりも大切なことは国民の共感を得られる政治を実現することにある。
それができる総裁かどうか、私自身も一票をしっかり見定めて投じていきたい。
政治家として取り組む課題ある
私には政治家岸田文雄として引き続き、取り組まなければならない課題がある。30年続いたコストカット型、縮小均衡型、そしてデフレ型経済からの脱却を確かなものとするためには、新しい資本主義のもとでの取り組みを強化し、賃上げの流れを加速することでGDP(国内総生産)600兆円を確実なものとしなければならない。
原発の再稼働、新型革新炉の設置を含めたエネルギー政策についても、電力自由化が進む中で、いかに電力投資資金を確保するか、電力、安全保障と、脱炭素化をいかに両立させるか。第7次エネルギー基本計画のもとで、方向性を確かなものとしていかなければならない。
外交はウクライナ侵略から3年、(ロシアの)核による威嚇、核使用の可能性すら指摘される中、唯一の戦争被爆国として平和国家日本として、終結に向けてリーダーシップを発揮しなければならない。
来年は日韓国交正常化60年の節目の年。日韓関係の正常化を一層確かなものとしなければならないし、戦略的互恵関係に基づいた日中関係拉致問題の解決を含む日朝関係。北東アジアの近隣外交を前に進めていかなければならない。
後任は「改革マインドが後戻りしない方」
憲法改正自衛隊の明記と緊急事態条項について、条文の形で詰め、初の発議までつなげていかなければならない。緊急事態条項は条文化の作業、自衛隊の明記は今月末までに論点整理を衆参で取りまとめるよう指示を出している。着実に実行していきたい。
そして政治改革。政治資金規正法改正で残された検討項目について、早期に結論を得ていかなければならない。政治刷新本部に新たなワーキンググループを設けるよう指示を出した。私の政治人生、政治生命をかけて、一兵卒として引き続き、こうした課題に取り組んでいく。
まずは9月までの任期中、総理、総裁としての責任において、できるところまで最大限進めていく。能登半島地震からの復旧・復興や南海トラフ地震や台風などへの災害対策をはじめ、最後の1日まで政策実行に一意専心あたっていく。
--総裁選に立候補する選択肢はなかったか。総裁選で誰を支持するか
日本は引き続き、国の内外に難局を迎えている。難局に直面している。内外の課題にしっかりと取り組んでいくことは大変重要なことだ。だからこそ、政治の信頼、国民からの信頼が大事だ。国民の共感や信頼を取り戻すことによってこそ、政策は前に進めることができると信じている。自民党は変わらなければならない。自民党が変わったことを示す第一歩が、私自身が総裁選挙に出馬しない、身を引くことだと判断して、今回の決断に至った。
自民党として、与党として国民の信頼を得て、国民の共感をいただきながら政策を進めていく。こうした堂々とした道筋につなげていきたい。そのための私の決断だと思っている。
不出馬を表明した人間が後のことについて何か申し上げることは控えるべきだ。ただ一つ、政治とカネの問題、政治の信頼回復の問題について、改革努力が続けられてきたし、これからも続けていかなければならない。こうした一連の改革マインドが、後戻りすることがないような方であってもらいたい。
政治家としての意地示す
--決断したタイミングは。相談した人はいたか
政治とカネを巡る問題が発生してから、トップとしての責任のあり方は思いを巡らしてきた。国会最終盤、政治資金規正法の改正も実現したが、政治とカネの問題は大変、重要な問題で、誠心誠意取り組んだつもりだが、やはり政治家としてやりたかったこと、やるべきことを今一度しっかりと整理し、方向性を示す。それだけは総裁選挙から撤退するにあたっても示していく。そういった政治家の意地みたいなものはあった。
だから、国会が閉幕してから先送りできない課題について取り組み、結果を出していくことに専念していくと申し上げてきた。
この1カ月半を振り返っても実質賃金が実質的にプラスに転じる。あるいは最低賃金も過去最大の上げ幅を実現する。
酷暑乗り切りのための経済対策、物価高対策を示した。さらには旧優生保護法における対応。直接の謝罪や除斥期間の主張を撤回するなどの取り組み。佐渡金山の世界遺産への登録、NATOサミットへの出席、PALM10(第10回太平洋・島サミット)の開催。
憲法改正に向けても党内の議論を整理して前に進めていく。自分自身、こんにちまで取り組んできた政策課題における成果は大きなものがあったと自負している。それらについても改めて最後に整理し、今後の方向性について示していく。これだけはやった上で不出馬表明をしたいと強く思ってきた。
いわば政治家として意地をしっかり示した上で、これから先を考えた場合に、自民党の信頼回復のためには、身を引かなければいけないと今回の決断をした
ドリームチームを
ぜひ、しっかりとした総裁選挙をやってもらい、そして選ばれた総裁は、今度こそオール自民党で、ドリームチームを作って、信頼回復に向けて、しっかりと取り組んでもらいたい。そのための決断でありたい。
タイミングは、今言ったような思いで取り組んだ上で今日にいたった。
--麻生太郎副総裁にはいつ伝えたのか。成果を上げたにもかかわらず、どうして支持が得られなかったと思うか。
(内閣)支持率の高い低いについて何か申し上げるつもりはない。政治課題において結論を出すということは大事だが、一方で、政治とカネの問題、政治の信頼の問題も大変大きな課題だと改めて感じている。
政策を進めるためにも、信頼回復に努めなければならない。その第一歩として、私自身の身の処し方を決断した。いろいろな方々の考え方は、伺った。しかし、私自身、最後は自分で決定する、これは当然のことだ。私自身が決定した。