(舛添 要一:国際政治学者)
8月9日に行われた長崎の平和祈念式典に、イスラエルが招待されていない。そのことに抗議して、アメリカのエマニュエル大使は式典に参加しなかった。日本を除くG7やEUの駐日大使も連名で同じ趣旨の懸念を長崎市に伝えた。これらの国の大使は式典に出席しなかった。
ところが、パレスチナのほうは式典に招待されている。おかしくないか。
■ 正確な事実を記さない日本のマスコミの偏向
この件について、朝日新聞は8月8日に、1、2面を使って大々的に特集のような扱いで報道しているが、米大使などの主張が間違っているというトーンで記事が書かれている。
その他のマスコミは、テレビも大手新聞も、パレスチナのみ招いていることを伝えていない。なぜこの肝心なことを日本国民に伝えないのか。これでは、長崎市、そして日本のマスコミは「親パレスチナ・反イスラエル」という旗幟を鮮明にしたことになる。
長崎市の鈴木史朗市長は、7月31日に、「不測の事態」が起きるリスクがあるとの判断でイスラエルを招待しないと決めた。そして、8日には「決して政治的な理由で招待していないわけではなく、平穏かつ厳粛な雰囲気の下で式典を円滑に実施したいという理由だ。苦渋の決断であったが、そういう考えで決定した。判断に変更はない」と確認している。
しかし、それが「政治的な」意味を持つことなど、この市長には思い至らなかったようだ。
イスラエルのコーヘン駐日大使は5日、CNNの取材に対して、「公共秩序とは何の関係もない。公共秩序と安全対策を担う関係機関に確認したところ、私が長崎へ行く支障は何もない」と反論した。そして、長崎市長がそうした不安を「でっち上げ、自分の政治的動機のためにこの式典を乗っ取っていることに本当に驚いた」と述べている。
■ ロシアとハマスは違うのか
ロシアを招待しないのなら、ガザを統治するハマスの属するパレスチナも招くべきではない。ベラルーシを招かないのなら、ハマスを支援するイランも招待すべきではない。ところが、パレスチナもイランも招かれている。
長年イスラエルに虐げられてきたパレスチナ人は、ユダヤ人に対するどんなテロ行為でも許されるような雰囲気がある。しかし、それを言うなら、「ロシアの安全保障のために越えてはならないと言ってきた一線を踏み越え、国境地帯で軍事演習まで行って警告したのに、それを無視したゼレンスキー大統領が悪い」というプーチン大統領の主張に反論できなくなる。
全く同じである。ただ、その過程で、ガザでは多くの無辜の民が犠牲になり、約4万人もの死者が出ている。そのことに国際社会の非難が集まるのは当然である。しかし、戦争のときに、とりわけハマスの軍事要員が市民の中に紛れ込んでいるときに、戦闘員と非戦闘員を区別するのは容易ではない。戦車と戦車がぶつかりあうウクライナの戦場とは異なる。さらに言えば、戦況についての報道ほど眉唾物はない。
戦場にいる記者にしても、戦局の全体を理解できるわけでもない。敢えて言えば、非人道的なことがまかり通るのが戦場であり、だからこそ、捕虜の処遇などについて戦時国際法で細かく規定されているのである。
■ 一触即発の危機:イランvsイスラエル
7月31日、ハマスの最高指導者イスマイル・ハニヤがテヘランで暗殺されたため、中東の緊張が高まっている。ハニヤは、前日に行われたマスード・ペゼシュキアン大統領の就任宣誓式に参加するために、イランを訪ねていたところを殺害されたのである。イスラエルによるものと考えられており、イランは、イスラエルに報復することを宣言し、その実行が目前に迫っている。
アメリカやロシアなどが紛争の拡大を阻止するための外交努力を続けている。
8月7日には、サウジアラビアのジッダで、イスラム圏57カ国が加盟するイスラム協力機構(OIC)の緊急会合が開かれた。会議開催を要請したイランは、「自衛権を行使する以外に選択肢はない」としてイスラエルに対して報復する方針を示し、理解を求めた。OICは、イスラエルを非難するとともに、紛争拡大に危惧の念も示している。
■ 紛争が中東全域に拡大する恐れも
8月になって、ヒズボラは、イスラエルに対してロケット弾や無人機による攻撃を行っており、イスラエルも空爆で対抗している。レバノン情勢は緊迫の度を増しており、英米仏などは自国民に速やかに退去するように指示を出している。
ハマスは、ハニヤの後任に、ガザ地区を統括するヤヒヤ・シンワルを充てた。彼は、昨年10月のイスラエルへの越境テロ攻撃の責任者と見なされている強硬派である。そのため、イスラエルとの停戦交渉はあまり進まないのではないかという観測が主流である。
4月にイランがイスラエルを多数の無人機やミサイルで攻撃したときには、イランは、イスラエルが迎撃できるように攻撃開始とともに情報公表した。このような自制努力が今回は行われなければ、紛争が中東全域に拡大する危険性がある。憂慮すべき事態となっている。
国際情勢にあまりにも無知な長崎市、そして日本のマスコミは日本の国際的地位をますます危うくしている。