長崎平和祈念式典、「パレスチナは招待してイスラエルは招待せず」の判断はなぜおかしいのか(2024年8月11日『JBpress』)

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「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」で平和宣言を読み上げる長崎市鈴木史朗市長=8月9日午前(写真:共同通信社
 (舛添 要一:国際政治学者)
 8月9日に行われた長崎の平和祈念式典に、イスラエルが招待されていない。そのことに抗議して、アメリカのエマニュエル大使は式典に参加しなかった。日本を除くG7やEUの駐日大使も連名で同じ趣旨の懸念を長崎市に伝えた。これらの国の大使は式典に出席しなかった。
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【写真】長崎の平和祈念式典を欠席したアメリカのエマニュエル駐日米大使。8月6日の広島市の平和記念式典には出席した
 ところが、パレスチナのほうは式典に招待されている。おかしくないか。
■ 正確な事実を記さない日本のマスコミの偏向
 この件について、朝日新聞は8月8日に、1、2面を使って大々的に特集のような扱いで報道しているが、米大使などの主張が間違っているというトーンで記事が書かれている。
 ところが、この新聞は、パレスチナが招かれていることについては、ひと言も言及していない。そのことをきちんと伝えたのは、私が気づいた限りでは、日経新聞のみである。以下のように記している。
 「米大使館によると、エマニュエル氏は長崎市パレスチナを招待する一方、イスラエルを招待しないと決めたことにより『式典が政治化された。参加を見合わせる』と説明している」
 その他のマスコミは、テレビも大手新聞も、パレスチナのみ招いていることを伝えていない。なぜこの肝心なことを日本国民に伝えないのか。これでは、長崎市、そして日本のマスコミは「親パレスチナ・反イスラエル」という旗幟を鮮明にしたことになる。
 長崎市鈴木史朗市長は、7月31日に、「不測の事態」が起きるリスクがあるとの判断でイスラエルを招待しないと決めた。そして、8日には「決して政治的な理由で招待していないわけではなく、平穏かつ厳粛な雰囲気の下で式典を円滑に実施したいという理由だ。苦渋の決断であったが、そういう考えで決定した。判断に変更はない」と確認している。
 しかし、それが「政治的な」意味を持つことなど、この市長には思い至らなかったようだ。
 イスラエルのコーヘン駐日大使は5日、CNNの取材に対して、「公共秩序とは何の関係もない。公共秩序と安全対策を担う関係機関に確認したところ、私が長崎へ行く支障は何もない」と反論した。そして、長崎市長がそうした不安を「でっち上げ、自分の政治的動機のためにこの式典を乗っ取っていることに本当に驚いた」と述べている。
 実際に6日の広島の平和祈念式典にはイスラエルは招待されており、イスラエル大使のセキュリティには何の問題もなかった。
■ ロシアとハマスは違うのか
 ウクライナ侵攻したロシア、そしてその同盟国のベラルーシは招待されていないが、それとイスラエルを同列に扱うことを、米大使らは問題にしたのである。
 2022年2月のロシア軍によるウクライナ侵攻は、国際法違反の侵略行為である。国際社会から弾劾されるのは当然である。
 2023年10月のハマスによる越境攻撃で、現場にいたイスラエル人など多くの無辜の民が殺害され、また人質にとられた。このテロ行為は許されざる蛮行であり、国際社会からの非難を浴びるべきである。
 ロシアを招待しないのなら、ガザを統治するハマスの属するパレスチナも招くべきではない。ベラルーシを招かないのなら、ハマスを支援するイランも招待すべきではない。ところが、パレスチナもイランも招かれている。
 長年イスラエルに虐げられてきたパレスチナ人は、ユダヤ人に対するどんなテロ行為でも許されるような雰囲気がある。しかし、それを言うなら、「ロシアの安全保障のために越えてはならないと言ってきた一線を踏み越え、国境地帯で軍事演習まで行って警告したのに、それを無視したゼレンスキー大統領が悪い」というプーチン大統領の主張に反論できなくなる。
 ウクライナは、ロシア軍の侵攻に対して、自衛権を行使して反撃している。西側もそれを支援している。イスラエルも、ハマスの侵攻に対して自衛権を行使して反撃している。
 全く同じである。ただ、その過程で、ガザでは多くの無辜の民が犠牲になり、約4万人もの死者が出ている。そのことに国際社会の非難が集まるのは当然である。しかし、戦争のときに、とりわけハマスの軍事要員が市民の中に紛れ込んでいるときに、戦闘員と非戦闘員を区別するのは容易ではない。戦車と戦車がぶつかりあうウクライナの戦場とは異なる。さらに言えば、戦況についての報道ほど眉唾物はない。
 戦場にいる記者にしても、戦局の全体を理解できるわけでもない。敢えて言えば、非人道的なことがまかり通るのが戦場であり、だからこそ、捕虜の処遇などについて戦時国際法で細かく規定されているのである。
■ 一触即発の危機:イランvsイスラエル
 7月31日、ハマスの最高指導者イスマイル・ハニヤがテヘランで暗殺されたため、中東の緊張が高まっている。ハニヤは、前日に行われたマスード・ペゼシュキアン大統領の就任宣誓式に参加するために、イランを訪ねていたところを殺害されたのである。イスラエルによるものと考えられており、イランは、イスラエルに報復することを宣言し、その実行が目前に迫っている。
 イランが報復すると、イスラエルも対抗し、報復の連鎖が始まる危険性がある。しかも、イランの支援を受けるレバノンヒズボラやイエメンのフーシ派も連携してイスラエルを攻撃するであろう。
 アメリカやロシアなどが紛争の拡大を阻止するための外交努力を続けている。
 アメリカのホワイトハウスは、バイデン大統領がエジプトのシシ大統領やカタールのタミム首長と電話で会談し協議したことを8月6日に公表した。
 ロシアは、8月5日にセルゲイ・ショイグ安全保障会議書記がテヘランを訪ね、攻撃を抑制するように求めるプーチン大統領ハメネイ師へのメッセージを伝えている。
 8月7日には、サウジアラビアのジッダで、イスラム圏57カ国が加盟するイスラム協力機構(OIC)の緊急会合が開かれた。会議開催を要請したイランは、「自衛権を行使する以外に選択肢はない」としてイスラエルに対して報復する方針を示し、理解を求めた。OICは、イスラエルを非難するとともに、紛争拡大に危惧の念も示している。
■ 紛争が中東全域に拡大する恐れも
 イスラエルは、7月13日にはガザのハンユニスを空爆し、ハマス軍事部門「カッサム旅団」のトップ、ムハンマド・デイフを殺害した。
 また、7月3日にはレバノン南部でヒズボラムハンマド・ナーマ・ナセル指揮官を、そして、7月30日には、ベイルート空爆して、レバノンヒズボラの軍事部門最高幹部ファド・シュクルを殺害した。
 8月になって、ヒズボラは、イスラエルに対してロケット弾や無人機による攻撃を行っており、イスラエル空爆で対抗している。レバノン情勢は緊迫の度を増しており、英米仏などは自国民に速やかに退去するように指示を出している。
 ハマスは、ハニヤの後任に、ガザ地区を統括するヤヒヤ・シンワルを充てた。彼は、昨年10月のイスラエルへの越境テロ攻撃の責任者と見なされている強硬派である。そのため、イスラエルとの停戦交渉はあまり進まないのではないかという観測が主流である。
 4月にイランがイスラエルを多数の無人機やミサイルで攻撃したときには、イランは、イスラエルが迎撃できるように攻撃開始とともに情報公表した。このような自制努力が今回は行われなければ、紛争が中東全域に拡大する危険性がある。憂慮すべき事態となっている。
 国際情勢にあまりにも無知な長崎市、そして日本のマスコミは日本の国際的地位をますます危うくしている。
 
 【舛添要一国際政治学者。株式会社舛添政治経済研究所所長。参議院議員厚生労働大臣東京都知事などを歴任。『母に襁褓をあてるときーー介護 闘いの日々』(中公文庫)、『憲法改正のオモテとウラ』(講談社現代新書)、『舛添メモ 厚労官僚との闘い752日』(小学館)、『都知事失格』(小学館)、『ヒトラーの正体』、『ムッソリーニの正体』、『スターリンの正体』(ともに小学館新書)、『プーチンの復讐と第三次世界大戦序曲』(インターナショナル新書)、『スマホ時代の6か国語学習法!』(たちばな出版)など著書多数。YouTubeチャンネル『舛添要一、世界と日本を語る』でも最新の時事問題について鋭く解説している。