2024年7月25日、ワシントンD.C.のホワイトハウスにある副大統領執務室で、イスラエルのネタニヤフ首相との会談後、挨拶をするカマラ・ハリス米副大統領。 - 写真提供=Pool/ABACA/共同通信イメージズ
今年11月の米大統領選は、共和党のドナルド・トランプ氏(78)と民主党のカマラ・ハリス氏(59)の対決になることがほぼ確定した。ハリス氏が当選すればアメリカ初の女性、かつアジア系の大統領となる。評論家の八幡和郎さんは「新鮮な経歴をもった候補であり、民主党支持者は歓迎している。しかし、人気がいつまでも続くとは限らない」という――。
■最新支持率はハリス44%、トランプ42%
バイデン大統領(81)が不出馬表明して、カマラ・ハリス副大統領が民主党の大統領候補になる見通しだ。私は、4年前に「カマラは将来、大統領になる可能性が半分くらいはあるから日本人は対策を立てておくべきだ」と予言していたから、悪い見通しでなかった。
バイデンがそのまま立候補していたら、支持率でトランプと3~4ポイントくらい差がついていただろうし、7月の銃撃事件で強運を見せたトランプに対して差が縮小する要素は少ないため、7~8割の確率で「トランプ復帰」という見通しだった。
しかし、バイデンが選挙戦から撤退し、民主党の有力者が相次いでハリス支持を表明したことから、バイデンのときよりは差が縮小している。ロイター通信が7月22、23両日に実施した世論調査では、カマラの全米支持率が44%で、トランプの42%を上回ったと話題になった。
一方、Polymarket(ポリマーケット)という、仮想通貨を使ったプラットフォームでの掛け率だと、トランプ勝利の予想が54%でカマラが44%である(8月2日時点)。
■総得票数が多い候補が勝つとは限らない
その経験からすると、カマラは全国で3%くらい多く得票しないと、トランプに勝てないのだ。2016年の選挙で、ヒラリー・クリントンはトランプより2.1%多く得票したが、敗れているのである。
これは、米国の大統領選挙が州ごとに投票を行い、1票でも多いほうが人口などに応じて割り当てられた「選挙人」を総取りする仕組みだからだ。そして全米合計538人の選挙人のうち、過半数の270人以上を獲得した候補が次期大統領となる。そのため、民主党がカリフォリニア州やニューヨーク州で大勝して、総得票数では勝っていても、選挙人の数で負けるということが起きてしまうのだ。
■新鮮な候補が登場し、民主党支持者は熱狂
そして勝敗を決定づけるのは、いつも接戦となる7つの州で、このうち、フロリダ、オハイオ、ノースカロライナではトランプが前回・前々回と連勝、ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン、ジョージアでは1勝1敗となっている。
これらの接戦州ではややトランプが強いことを考えると、総得票数で大接戦ではカマラに勝ち目はない。だから、いまなおトランプが有利かと思うのである。
ただ、もうしばらくは、カマラの人気は上昇すると思う。米国では「ハネムーン」というが、新しいスター、とくに新鮮な経歴をもった候補が登場すると、しばらくはあまりえげつない攻撃をされることなく、ポジティブに捉えてもらえる。
また、民主党支持者はトランプ相手に討論会で惨めな姿をさらしたバイデンは戦えないと、半分諦めていたから、カマラに代わったことで元気が出ている。ハリウッド・スターなど新しい支援者も出てきて、報道によると選挙資金は1週間で2億ドル(308億円)も集まったそうだ。
■不安要素は「いつまで人気を保てるか」
ただし、安心はできない。2022年のフランス大統領選挙でも、ペクレスという女性候補が共和党から出馬し、一時はマクロン現大統領と極右マリーヌ・ルペン候補のあいだに割って入って優位に立ったが、1カ月くらいしかもたず、最後は5%の法定得票数もとれず惨敗した。露出機会が多くなるにつれて、本人は大秀才で夫も大企業社長という点が面白くなくなったのだろう。
カマラも1カ月くらいは支持率が上がり続けるだろうが、その後は分からない。9月に予定されるトランプとの討論会が勝負どころだ。
トランプは原則としてもう1期4年しか大統領をできないので、トランプに1期だけさせて対立の時代を終わらせ、4年後にまっとうな本格派の大統領が生まれてくれたほうがいいと思っている人が民主党内に多いのも弱いところだ。
■アフリカ系の父は経済学者、インド系の母はがん研究者
ここからは、カマラ・ハリスがどんな人か、あまり知られていない出自などを中心に紹介する。
父のドナルド・ハリスは、ジャマイカ出身の黒人でスタンフォード大学の経済学教授。ロンドン大学やカリフォルニア大学バークレー校(カリフォルニア州オークランド近郊)で学んだ。先祖はアイルランド系の血も引き、英国教系のプランテーション農園主で、奴隷を使う側であったという。
カマラは1964年オークランド生まれで7歳のときに両親が離婚し、がんの研究者である母に育てられた。12歳のときにカナダのケベック州モントリオールに移住したため、フランス語系小学校で学び、高校から英語の学校だ。
■苦労して司法試験に合格し、検事に
そして、ワシントンの黒人大学であるハワード大学を経てサンフランシスコのカリフォルニア大学ヘイスティングス・ロー・スクールで学んだ。このころ母もバークレーに戻ってきた。従って、彼女はカリフォルニア生まれ、ケベック育ちで、ワシントンを経由してカリフォルニアに戻った。
インドの母の実家で過ごすことも多かったし、のちには父の故郷であるジャマイカも訪れている。公民権運動やベトナム反戦運動の時代に、豊かではないものの研究者の子として育ったカマラは、進学や地位を得るために黒人もである立場も利用しているが、人種は「アメリカン」と自称している。これは、国勢調査でもある分類で、先住民のことでない。
学業は抜群とは言えず、苦労して司法試験に合格したのち、カリフォルニア州アラメダ郡の地方検事局副検事となったが、1994年ごろにはカリフォルニア州議会議長だった黒人政治家のウィリー・ブラウン氏と公然たる愛人関係で引き立ててもらった。
■過去の愛人問題はリベラル派に影響なし?
ブラウンがサンフランシスコ市長になったのを機に愛人関係は解消したが、カマラが2003年にサンフランシスコ地方検事、2011年にカリフォルニア州司法長官に選出され、2016年に上院議員になった過程でもブラウンは応援し続けた。
思想的には急進的なリベラルで、大麻合法化(大麻の連邦レベルでの合法化を支持)、妊娠中絶の権利保護(州による妊娠中絶の制限に反対)、売春の合法化(一貫した立場を表明していないが性労働者の保護を強調)、死刑の廃止(全国レベルでの死刑の廃止を支持)、銃規制(銃暴力の被害者が銃メーカーを訴える権利を支持)、重罪犯の社会復帰(再犯防止と社会復帰支援プログラムを提案)などを主張している。
ただし、検察官時代に犯罪者に厳しかったとリベラル派からは批判がある。また、外交姿勢では、イスラエルに対してバイデン大統領より厳しそうだ。
■日本では知名度が低く、政治的関わりも薄い
日本ではカマラの知名度は低く、人気があるとはいえない。米国ではカマラは美人で魅力的な政治家と見なされており、それがゆえにバイデン夫人などには嫌われたとも言われているのとギャップがある。
とくにいわゆる日本の保守派は、ハリスの大声での笑い声を嘲笑し、移民問題から逃げてきたと批判し、カマラが大統領になることはないと決めつけてきた。私は、そうはいってもバイデンの後継者レースではほとんど常にトップランナーだから、もっとケアしたほうがいいと苦言を呈してきた。
来日は、2022年の安倍元首相国葬の時だけで、外務省のフォローも十分でなかったのではないかと危惧する。また、サンフランシスコが基盤なので、大阪市長時代に慰安婦像を理由に姉妹都市提携を打ち切った大阪の吉村洋文知事にとっては困った相手だ。
■ユダヤ人の夫と「トランプの右腕」の妻
そして、ハリス氏の戦いに影響を及ぼす可能性がある2人の人物がいる。ひとりは、夫のダグ・エムホフである。ドイツ東欧系ユダヤ人で、ニューヨーク生まれ。ハリウッドでエンターテインメント訴訟弁護士として成功している。
カマラはガザ地区でのイスラエルの暴虐に一線を引いているが、エムホフは反ユダヤ主義に反対する活動をしており、パレスチナ寄りではない。また、単独で韓国の尹錫悦大統領就任式に米国代表団として出席するなどしており、政権内で一定の役割を果たすだろう。
もうひとりは、共和党の副大統領候補であるバンス上院議員の妻ウーシャである。カリフォルニア州サンディエゴでインド移民の親のもとに生まれ育った。イェール大学で歴史学を学んで首席で学士となり、オックスフォード大学で近世史の修士、イェールに戻ってロー・スクールに通っているときにバンスと出会った。
■「インド系」の今後を占う選挙でもある
連邦最高裁長官のスタッフなどを務め、サンフランシスコに本拠を置く弁護士で、法律家としてカマラよりかなり上位だ。中国広州の大学で米国史を教えていたことがある。熱心なヒンズー教徒で、カトリックに改宗した夫に大きな影響力を持つ。演説も上手であるし、対ハリス戦略は彼女が担当し振り付けるだろう。
研究者一家で育ったインド系女性として、カマラとは共通点が多い。今回の大統領選はだれが大統領になるのか、と同時にインド系米国人が政界でどこまで存在感を発揮するかも占う選挙になりそうだ。
----------
八幡 和郎(やわた・かずお)
歴史家、評論家
1951年、滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。北西アジア課長(中国・韓国・インド担当)、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、国士舘大学大学院客員教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。著著に『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス、八幡衣代と共著)、『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)、『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)など。
----------