「行政のミス」をしつこく批判する人たちが気づいていない「委託仕事」という日本の問題点(2024年7月24日『現代ビジネス』)

「役所や学校の不祥事」ではない
キャプチャ
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今年6月、千葉県印西市で、宛名に「様」を印字し忘れた約1万9千通の納税通知書を発送してしまい、市がおわびしたというニュースが報道された。
一方、名古屋市では、今年4月以降、市立小学校の部活動に指導者が来ない、研修を受けていない人が来るなどといった保護者からの苦情が殺到しているというニュースが流れた。
さらに遡った今年3月には、川崎市で、小学校の卒業証書の筆耕(毛筆で書くこと)のために用意された卒業生名簿を紛失した(後に発見)という報道もなされ、話題を呼んだ。
こうした話題に触れた読者諸氏とすれば、「ああ、また役所や学校の不祥事か」と思ったかもしれない。確かにその通りなのだが、厳密に言うと少し違う。
「様」をつけ忘れたり、部活の指導に来るはずだったり、名簿を使って証書に文字を書くことになっていたのは、役所や学校の職員ではなく、委託先である民間企業などのスタッフだったのだ。
大体の仕事が「外注」
毎年毎年、何千億円もの公費を投入し、国や全国各地の地方自治体の名義で実施されている様々な事業。実は、今やそのうちのかなりの部分は、役所の公務員が自ら汗をかいて直接物事を処理しているわけではなく、企業や各種団体などにお金を払い、仕様に定められた内容の仕事を、役所の代わりに実施してもらう「外注」になっている。
一例をあげよう。ある地方自治体が、住民の意見を行政施策に反映させるために住民アンケートを実施しようと考えたとする。そこで必要な作業を簡単に羅列すると、(1)アンケートの送付先の抽出(役所が保有する住民基本台帳データベースからの抽出、ラベルシールへの印刷)、(2)依頼状と調査票(アンケート設問と回答選択肢)の原稿作成、(3)送付書類一式の印刷、封筒への封入、宛名ラベル貼り、(4)投函、(5)返送されてきた封筒の回収、返信用封筒の別納郵便代の支払い、(6)回答結果のデータ入力・集計、(7)報告書の作成といったことが考えられる。
このうち、(1)~(2)などは役所内で職員が直接行うが、それ以降の段階は委託業者にバトンタッチしてやってもらうことが今や常識である。もっとも、外注することで、役所が持っている個人情報を民間業者に渡すことなるため、その取扱いなどでリスク要因は増えることは間違いない。それでもなぜ、役所は外注を行うのだろうか。
役所というのは、年間を通じて、様々な仕事を様々な時期に行っている。そうした仕事を外注せずに役所の職員でこなそうとすること(「直営」という)も、その気になればできるかもしれない。
しかし、役所にとっては、たとえその時々で必要な業務であろうとも、年1回、いや数年に1回程度しかやらないような「慣れていない」ものもある。それならば、職員自身が自分の時間と労力を費やしてやるよりも、「餅は餅屋」で、普段から反復して業務を行っている専門業者に任せた方が、そつなくこなしてくれるし、なにより効率がいい。
いい委託先ばかりではない
また、委託で頼むような業務は、年間でみると、ある時期に集中して発生することも多い。直営にこだわるあまり正規職員を増やしたり、期間限定の職員を雇うのは、あまり効率がよいとはいえない。
というわけで、「●●円払うから、仕様書のとおり仕事をしてほしい。仕事をこなすためにどうやって人などをやりくりするかは任せる」というのが委託の本質だ(コロナ禍で導入された問い合わせ受付コールセンター業務などを想像してほしい)。
このように、委託には、「直営でやると非常に手間暇がかかることを、その道のプロに頼んで、お金を払えばやってもらえる」というメリットがある。ただ、世の中はそんな都合の良いことばかりではない。
委託の最大のデメリットは、「その道のプロ」であるはずの委託先の業者がミスなく仕事をしてくれるとは限らず、問題を起こしたときは役所に迷惑がかかるということだ。
建築やリフォームの世界に置き換えても、施工が丁寧な業者がいれば、雑な(≒手抜きをする)施工をする業者もいる。これはどの業界でも言えることで、何をしてほしいか(依頼内容=仕様)と発注金額が決まっていても、それをどのようにこなすかは業者に依るところが大きい。
このため、質の悪い業者に仕事を発注してしまう(要するに、業者選びを間違える)と、発注者がしきりにハッパをかけないと(いや、ハッパをかけても)きっちり仕事をしてくれないということがまま起きうる。最悪の場合は、仕事をきっちり完了させないだけでなく、事故(個人情報の紛失、器物損壊)などの不祥事すら起こしてしまうことになるのだ。
どんな業者でもミスはする
実際、冒頭で挙げた3つの不祥事だが、どれも委託により実施しているものだった。程度の差はあれ、いずれもネットメディアに取り上げられ、それなりの反響が生じた。
では仮に、こうした不祥事が、民間企業から発注された業務の中で生じたとしたらどうだろう。発注元は「委託先の不手際なので」と頑なに責任追及を拒否することもできるかもしれない(そもそもニュースバリューがなく取材・報道もされないことも多い)。
ところが、発注元が役所の場合はそうはいかない。そもそも発注仕様に問題があったのではないか、なぜそんな業者を選んだのか、契約した業者の仕事ぶりをきちんとチェックしていなかったのではないか、などと追及されてしまうのだ。
まともな業者でも、ミスをすることはある。その上で、役所がどこまで責任を負うべきなのかが問題である。ここで、冒頭で紹介した千葉県印西市の「様」を忘れたケースについて考えてみよう。
市の担当部署は、業者が通知を発送する前にサンプルを入手し、宛名の表記に問題がないことの確認をしたのかがポイントである。この手の業務は、同市に限らず全国的に行われているが、通常はそんなところで間違いが起きるはずがないと考え、発注者がチェックしない手順になっている可能性は十分あるし、仮にチェック手順があっても(「様」がついていないなんて考えずに)見落としてしまう可能性もある。
一方、名古屋市立小学校の部活動指導の委託については、8区、計133校の部活動指導の業務を1社で引き受けていた。そこに派遣する指導スタッフは相当な人数になる。発注元(教育委員会)は、部活動指導の運営スタッフの勤務状況及び活動実績を毎月事後報告させていたものの、定められた研修を受けさせていない指導者を現場に派遣したことなど、仕様違反の状況を止めるまでには至らなかった。
どこまで管理し、どこまで任せるか
また、川崎市の名簿紛失騒ぎであれば、そもそも個人情報なので注意深く取り扱うようにという指示は、同市から必ず出ているはずである。結果論として、委託先が預かったものを丁寧に取り扱わなかったというだけであり、実際には、そのあと見つかったのだから、一時的な不注意だったのだろう。
しかし、それでも行政には、発注者として、委託先が起こした不祥事を報道発表し、お詫びし、議会や報道機関、市民などから問われたら説明しないといけない責任が生じてしまう。ある意味で委託先と運命共同体といえるのではないだろうか。
そう考えたときに筆者が感じるのは、発注元である行政と委託業者の関係は、いわば組織の中における管理職(マネージャー)と部下の関係と似た、ある種の難しさがあるということだ。
管理職というのは、自分自身が手を動かして仕事をするのではなく、部下からのホウレンソウ(報告・連絡・相談)を受けつつ、的確な指示を出しながら、部下に上手に仕事をさせて成果を達成することが求められる。
部下が業務上で何かやらかしたら、管理職は当然に管理責任(結果責任)を問われる。こうした状況の中で、仕事の丸投げは無論ダメだが、部下の仕事ぶりに口を出し過ぎてもダメなのである。なお、部下の仕事を日々、細かくチェックすることをマイクロマネジメントと呼び、管理職の負担が増すだけでなく、部下のやる気を失わせる悪手だとされている。
もちろん、同じ組織に属していて物理的な距離も近い上司と部下の関係と、別組織である発注元と委託業者の関係には異なる部分も当然あるだろう。しかし、どこまで管理し、どこまで任せるか、の絶妙な塩梅を探すのが難しいという視点では共通すると思うのだ。
税金の効率的な支出に逆行する
近年、役所の委託業務について、こうしたミスや事故の発生を防ぎ、発注者の身を守るため、委託先の業務執行状況への介入を強めざるを得なくなっている傾向は否定できない。
しかし、まさに上司・部下のマイクロマネジメントのごとく、委託先に求める定例報告や作業確認などが細かくなれば(たとえば「あれを見せろ」「これを持ってこい」など)、それを処理する役所側の負担が増え、残業代などに反映されていく。
もちろん受注側も事務コストが増えて、当然、受注金額を上げざるを得なくなる。仮に金額を上げない場合、業者に無理を強いることになるだけだ。
役所の発注した委託業務に関わるミス等が、大きなものから小さなものまで、紙幅や放送時間の制限がないネットメディアを中心に面白おかしく取り上げられ、一般市民や議員たちが、よってたかって役所の責任を追及するようになった。
そのことが、役所を身構えさせ、結果として、税金の効率的な支出に逆行することになりかねないという側面について、そろそろ私たちは気にすべきなのではないだろうか。
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行政・教育現場への批判と実情には乖離がある場合が多い。筆者連載〈寄付された「大谷グローブ」が「転売・死蔵」で大騒ぎになったワケ…「規格外の善意」を受け止められない小学校現場と「野球」の相性〉も続けて参照してほしい。
大原 みはる(行政評論家)