政治家の香典 カネかける悪弊を断て(2024年7月24日『東京新聞』-「社説」)
堀井学衆院議員が秘書らを通じて地元有権者に香典を配ったとされる公選法違反事件により、政治にカネをかける実態が明らかになった。裏金事件で現職議員らが逮捕された自民党は、民主主義にはカネがかかると主張するが、違法な支出にカネをかける悪弊こそ断たねばならない。
公選法は公職者や候補者による選挙区での寄付を禁止。香典も政治家自ら葬儀に持参する場合を除いて禁じるが、香典を違法に配る事件は絶えない。2021年には自民党衆院議員だった菅原一秀氏が略式起訴され、有罪が確定した。
自民党の調査では、堀井氏は21年までの4年間で安倍派から還流された計2196万円を政治資金収支報告書に記載せず、裏金にしていた。裏金を香典に充てたのなら二重の違法行為だ。特捜部には裏金の使途解明とともに、他の裏金議員も違法な寄付をしていなかったか徹底捜査を望みたい。
岸田文雄首相は裏金に関し「違法な使途に使用した例は把握されていない」と国会で明言したが、結果的に虚偽答弁との非難を免れまい。裏金の使途を解明しないまま事件に幕を引こうとしたツケが回っているというほかない。
裏金議員の中には報告書の訂正で裏金の支払先や額を「不明」とする例が相次いだ。国民に明示できない使い方をしていたと疑われて当然だ。そもそも裏金づくりは違法な支出のためだったのではないかとの疑念も深まった。
ならば、私たち有権者自身が政治を変えるほかない。政治にカネをかけないようにするには、投票で与野党に緊張感を持たせることが重要だ。政治家に冠婚葬祭への支出を期待する意識が有権者側にあるのなら、改める必要がある。
▼香典帳には故人の人生を彩った人の名が載る。現代の葬儀会社も香典返しを忘れるなどの不義理をしないため作成を勧めている
▼議員名義の香典を秘書らに持参させた疑いがあるという。法によると、政治家本人が葬儀などに香典を持参した場合は処罰されない。議員らにも死に際し不義理ができぬ人間関係はあると認め、代理の持参でばらまくことを禁じたのだろう。疑いが事実なら「香典返し」の票が欲しかったのか。堀井氏は先の安倍派裏金事件で金を得たことを認め、次の選挙への不出馬を表明していたが、その金が原資になった疑いもあるという
▼五輪スピードスケートの銅メダリストで衆院当選4回。期待して投票用紙に名を書いた人の落胆を思う。不義理と言われても仕方あるまい。
堀井議員側捜査 自ら説明責任を果たせ(2024年7月19日『北海道新聞』-「社説」)
堀井氏はきのう自民党に離党届を提出し受理された。
検察は裏金との関係を含めて徹底的に捜査してもらいたい。
堀井氏は先月、裏金事件で信用を失ったとして次期衆院選不出馬を表明したが、なお現職議員として、国民への説明責任を果たさねばならない。
公選法は選挙区内での政治家の寄付行為を原則禁じる。本人が葬儀に出て、香典を渡すことは例外的に認められているが、過去にも違反があった。
堀井氏は容疑が事実だとすれば、香典を渡し始めた時期や総額、記録の有無など真相をつまびらかにすべきだ。
事務所内で違法性を指摘されたこともあったが、堀井氏は「慣例としてやってきた。いきなりやめることはできない」と継続を指示したといわれる。
有権者の負託を受けた国会議員が違法だと知りつつ香典提供を続けていたのなら、極めて悪質だと言わざるをえない。
自民党派閥の裏金事件を巡っては、裏金がいつからつくられ、何に使われたのか肝心な点が曖昧なままだ。堀井氏をはじめ裏金を受領した議員全員が実態を明らかにする必要がある。
香典疑惑 政治不信を加速させるな(2024年7月19日『産経新聞』-「主張」)
堀井氏は令和4年頃、選挙区内の有権者が関係する複数の葬儀で、秘書らを通じて堀井氏名義の香典を渡していた疑いがもたれている。金額は1万~数万円で、枕花を贈るケースもあった。
公選法では、政治家本人が弔問する場合にのみ香典を出すことが認められている。基本中の基本であり、知らなかったわけではあるまい。
堀井氏は秘書の反対を受け入れずに香典を出させていたという。公選法に抵触することを知っていながら、このような行為を繰り返していたとすれば、あきれるほかない。
特捜部は不記載事件の捜査の過程で、今回の事案を把握したとみられる。還流金が香典などの原資になった可能性もある。事実関係の徹底的な解明と刑事責任の追及を求めたい。
不記載事件の影響で政治に対する信頼は著しく失墜している。今回発覚した事態により、政治不信に拍車がかかることが予想される。
堀井氏は6月、不記載事件の責任を取り、次期衆院選への不出馬を表明したが、国民の負託を受けた政治家として、説明責任を果たさねばならない。自民も本人に対し説明を尽くすよう強く促すべきである。
「政治とカネ」を巡る不祥事が後を絶たない現実を、与野党の各議員はもっと深刻に受け止めてもらいたい。違法行為につながるあしき政治風土を徹底的に絶たない限り、信頼を取り戻せまい。
「魔法の靴」がスピードスケート界に現れたのは平成9年、長野冬季五輪の前年である。氷を捉えるブレード(刃)が踵(かかと)から離れる斬新な構造は、「スラップ」と呼ばれた。早々と導入した海外勢が、好記録を連発したのを覚えている。
▼長野で2大会連続のメダルを目指した堀井学選手は当初、こう語っていた。「磨き上げてきた技術を変えたくない。髪の毛1本分の微妙な感じを大切にしているので」。だから履きません、と。後に思い直し、「魔法の靴」で臨んだ長野五輪は、表彰台には届かなかった。
▼本来は、繊細な感覚の持ち主なのだろう。衆院議員に転じたいまはしかし、世間の厳しい視線に対する感度の悪さが目に余る。地元北海道の選挙区内で、有権者が関わった複数の葬儀に、秘書を通じて自分名義の香典を届けた疑いが持たれている。
▼東京地検特捜部は堀井氏の事務所などを家宅捜索した。秘書を介した香典を公選法は禁じる。政治家にとっては基本のはずが、氏は秘書の反対に耳を貸さず渡し続けていたと聞く。ルールを踏み越えた振る舞いはスポーツ界の元住人とも思えない。
▼自民党を離れた氏は、派閥の政治資金パーティーを巡る問題でも、約2千万円の還流分を収支報告書に記載していなかった。次期総選挙への不出馬を表明してはいたものの、香典を渡した経緯や原資に関する説明はない。繊細どころか鈍い神経の持ち主なのかもしれない。
▼ちなみに、スラップは「平手打ち」を意味するというから皮肉である。有権者との距離を縮める金品を、「魔法の靴」と許してはなるまい。スポーツ界ならば、重罪のドーピングに当たる恐れもある。打たれた頰の痛みを、堀井氏はいま一度、かみしめるべきだろう。