米兵らによる性的暴行事件に関する社説・コラム(2024年7月13・15日)

米兵事件共有されず 恣意的な判断なかったか(2024年7月15日『琉球新報』-「社説」)
 
 情報共有・通報体制は機能不全に陥っていると言わざるを得ない。昨年12月の米兵少女誘拐暴行事件、今年5月の米兵女性暴行事件について、首相官邸に情報が入っていた一方、防衛省は報道で明るみに出るまで把握していなかった。今回の事件は県や市町村にも情報が伝達されてなかったばかりか、政府内でも情報共有されていなかったのだ。
 
 米軍人・軍属による事件・事故の通報手続きは、1997年3月の日米合同委員会で合意されている。この中では、事件・事故が発生した際には米大使館から外務省へ通報する経路と、米軍側から防衛局に通報する経路がある。
 今回、米大使館から外務省に積極的な通報はなく、外務省が把握した後で大使館との情報共有が始まった。一方、在沖米軍から沖縄防衛局へ通報はなく外務省から防衛省への通報もなかった。
 県や市町村への通報は防衛局がその役割を担う。米軍、外務省はなぜ防衛省・沖縄防衛局に通報しなかったのか。
 今回の事件に関しては、沖縄県警からも県に情報提供されていない。県警側はその理由に「プライバシー保護の観点」を挙げる。外務省は県警の対応を受け、通報しなかったと説明している。
 外務省や県警は、県や市町村に通報すると被害者のプライバシーが守れないと認識しているのだろうか。被害者の2次被害防止、プライバシー保護は当然であり、関係機関が一致して取り組まなければならない。そのためにも情報共有は前提となるべきだ。
 誘拐暴行事件は3月に米兵が起訴されたが、翌4月には日米首脳会談が予定されていた。事件は首相官邸に伝達されており、岸田文雄首相も知っていた可能性がある。しかし首脳会談で岸田首相からバイデン大統領に抗議した形跡はない。首相官邸、外務省に日米首脳会談に影響を及ぼさないような配慮があったと疑わざるを得ない。
 林芳正官房長官は情報共有について見直しを表明したが、今回の米軍や外務省の対応を検証しなければ、情報提供に恣意(しい)的な判断が入る余地を残さないだろうか。
 速やかな情報伝達は、被害者への適切なケアや補償、行政と地域が連携した被害防止、綱紀粛正要請による再発防止など住民の生命・財産を守るためには不可欠だ。
 1995年の米兵少女乱暴事件を機に、政府は在沖米軍基地問題を重要課題に位置づけてきたが、辺野古新基地建設を巡る対立が長期化する中、政府内の関心低下も指摘される。しかし、県民が望まぬ米軍基地の駐留から派生する事件・事故への適切な対応は、自国民を守るための最重要の責務である。
 県民の生命・財産と相反する日米安保体制は許されるものではない。同時に、長引く県と政府の対立が県民の安全に影響するようなこともあってはならない。

私たちの「怒り」(2024年7月13日『琉球新報』-「金口木舌」)
 
 広瀬すずさん演じる沖縄の女子高生・泉が米兵から性的暴行を加えられる―。2016年公開の映画「怒り」。芥川賞作家・吉田修一さんの同名小説が原作のフィクションだが、胸が張り裂けそうになった
▼「いくら泣いたって、怒ったって、誰も分かってくれないんでしょ。訴えたってどうにもならないんでしょ」。やり場のない怒り、無力感が漂う劇中の泉の言葉。さらに胸をえぐられた
▼米兵らによる性的暴行事件がまた発生した。「人間としての尊厳を蹂躙(じゅうりん)する極めて悪質な犯罪」。県議会が全会一致で可決した抗議決議は蛮行を厳しく非難する。県民の代弁者として当然だ
▼だが、沖縄の声は響いていないようだ。米側が発表した対策は遅きに失した。謝罪はいまだ一切ない。事件を「遺憾」と表現するエマニュエル駐日米大使らの声明は沖縄の怒りを人ごとと捉えていないか
▼悲劇を繰り返してはいけない。抜本的な解決のため、沖縄が置かれている現状を変える時だ。「どうにもならない」と諦めてはならない。今のままでは、怒りは収まらない。

キャプチャ
 
解説
吉田修一の原作を映画化した「悪人」で国内外で高い評価を得た李相日監督が、再び吉田原作の小説を映画化した群像ミステリードラマ。名実ともに日本を代表する名優・渡辺謙を主演に、森山未來松山ケンイチ広瀬すず綾野剛宮崎あおい妻夫木聡と日本映画界トップクラスの俳優たちが共演。犯人未逮捕の殺人事件から1年後、千葉、東京、沖縄という3つの場所に、それぞれ前歴不詳の男が現れたことから巻き起こるドラマを描いた。東京・八王子で起こった残忍な殺人事件。犯人は現場に「怒」という血文字を残し、顔を整形してどこかへ逃亡した。それから1年後、千葉の漁港で暮らす洋平と娘の愛子の前に田代という青年が現れ、東京で大手企業に勤める優馬は街で直人という青年と知り合い、親の事情で沖縄に転校してきた女子高生・泉は、無人島で田中という男と遭遇するが……。( 映画.com)
 
2016年製作/142分/PG12/日本
配給:東宝
劇場公開日:2016年9月17日
 
 

米兵による性暴力 具体的な防止策を示せ(2024年7月13日『沖縄タイムス』-「社説」)
 
 本島中部で16歳未満の少女を誘拐して性的暴行をしたとして、わいせつ目的誘拐と不同意性交の罪に問われた米空軍兵(25)の初公判が那覇地裁で開かれた。
 県警が公表せず、起訴から3カ月後に明らかになり、県に情報提供がなかったことも問題となった事件だ。
 検察側の冒頭陳述によると、被告は昨年12月24日、公園にいた少女に「軍の特別捜査官だから」などと言い、「寒いから車の中で話さない?」などと誘って、車に乗せて自宅に連れ込み暴行した。
 少女が、ジェスチャーを交えながら日本語と英語で年齢を告げたことや、帰宅後、泣きながら母親に被害を訴え、母親が110番通報したことも明らかにした。
 これに対し被告は、罪状認否で「私は無実だ。誘拐も性的暴行もしていない」と起訴内容を否認した。少女を18歳と認識していたと主張した。
 検察側と被告側の言い分は異なった。
 被告が問われている不同意性交罪は、2023年の刑法改正で強制性交罪から名称を変えた。
 暴行・脅迫や恐怖・驚愕(きょうがく)、地位利用など8項目の要因で、被害者が同意しない意思を形成・表明・全うするのが困難な状態にさせ、性的行為に及んだ場合に処罰する。
 被害者が13~15歳の場合、5歳以上年上の行為は暴行や脅迫などがなくても処罰対象となる。
 8月23日には被害者と被害者の母親が証人尋問、30日には被告人質問がある。全容が明らかになるのはこれからだ。プライバシーがしっかり守られる環境をつくってほしい。
■    ■
 公判前日、花を手に街頭で性暴力の根絶を訴える「フラワーデモ」が那覇市で行われた。
 いつもより多い約70人が参加し、無言で抗議する「サイレントスタンディング」の後に緊急集会を開いた。
 主催者の一人である高里鈴代さんは「日米の同盟関係のために女性の人権がないがしろにされているのが事件の本質」と語り、怒りをあらわにした。
 今回の事件も、基地がなければ起きなかったはずの事件だ。
 戦後79年、復帰52年がたった今も、性犯罪の年表には加筆が続いている。
 事件の一つ一つを明らかにして、この流れを止めなければならない。
■    ■
 暴行事件を受け、エマニュエル駐日米大使と在沖米軍トップ四軍調整官のロジャー・ターナー中将は連名で、見解を発表した。
 対策として、勤務時間外行動指針(リバティー制度)を全部隊に導入することなどを示した。しかし具体的な内容には触れていない。
 対策が沖縄の怒りを収めるためのポーズに映るのは、県や地元自治体との対話を置き去りにしているからだ。
 沖縄では基地が女性の人権を侵害する「暴力装置」のような存在になっている。
 地位協定の改定など抜本的な解決に乗り出さない限り、再発を防ぐことはできない。