知事疑惑の告発者死亡、消極論も上がる百条委の行方 専門家は「解明しないと禍根残す」(2024年7月11日『産経新聞』)

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定例記者会見で文書問題について話す兵庫県の斎藤元彦知事=神戸市中央区
 
兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などを文書で告発した元県西播磨県民局長の男性(60)が死亡したことで、文書内容を調査する県議会の調査特別委員会(百条委員会)の行方が注目されている。次回会合で証言予定だった告発者が亡くなり、調査は困難になったとの声も上がるが、専門家は「真相解明しなければ禍根を残す」と調査継続の必要性を指摘する。
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「職員に不安が広がっており、少し様子をみるべきではないか」。男性の死が明らかになった8日、県議の一人は、百条委での調査は慎重にすべきだとの見解を示した。
兵庫県議会で51年ぶりとなる百条委。発端となったのは3月の会見だった。「噓八百」「公務員として失格」。斎藤氏は強い口調で男性を非難し、5月に停職3カ月の懲戒処分とした。
だが、知事の部下にあたる人事課職員らによる調査に、県議会から「中立性が担保されていない」との批判が噴出。全会一致で第三者による再調査を斎藤氏に要請したのに続き、6月には知事選で斎藤氏を推薦した「知事与党」の自民などの提案で百条委が設置された。
百条委では、証人出頭や資料提出の拒否などに刑事罰の規定がある。強力な権限の下で疑惑が調査されることとなり、今月19日には男性の証人喚問が予定されていた。
関係者によると、男性は証言に前向きだった。ただ、県の内部調査の過程で自身の公用パソコンが調べられており、百条委の一部委員から、告発とは無関係な情報も含めて提出を求められていることに懸念を示していたという。
「プライバシーに配慮してほしい」。今月初めごろ、男性は百条委委員長にこう伝えた。亡くなったのは7日夜。翌8日午前の百条委理事会で、告発とは無関係な文書の開示はしないことが賛成多数で決まったが、このときはまだ、男性の死は公になっていなかった。
男性が亡くなったことで「告発者が亡くなって事実解明ができるのか」といった懸念も広がるが、内部告発に詳しい上智大の奥山俊宏教授は「白黒をはっきりつけなければ知事や県職員、県議会、誰にとっても禍根を残す」と指摘する。
奥山氏は文書の内容の多くが、男性がほかの職員から聞いた情報に基づいているとみられることに着目。「男性の証言がなくても調査に大きな支障はない」とみる。
百条委では今後、斎藤氏をはじめ文書で名指しされた県幹部や、疑惑について知りうる職員の証人喚問を予定。ほかに県職員へのアンケートなども検討されており、こうした調査を通じて真偽に迫ることは可能だ。
 
男性は死亡前、百条委継続を望むメッセージを残していた。委員の一人は「信頼される県政を取り戻すため、百条委の役割を果たしたい」と決意を語った。(喜田あゆみ)
■「不利益対応」相次ぐ…和歌山でも職員死亡
組織の不正を明るみに出す内部告発公益通報をめぐり、告発者が亡くなったり不利益を被ったりするケースが後を絶たない。専門家は「安心して通報できる体制を整えることが急務だ」と指摘する。
企業や官公庁の違法行為を告発するため、職員らが組織内の窓口に訴える公益通報。平成16年に成立した公益通報者保護法は、通報を理由に解雇や降格、減給など「不利益な取り扱いをしてはならない」と定める。
しかし、今回の兵庫県の問題以外でも、和歌山市で令和2年6月、勤務先の児童館で不正な補助金申請書の作成を指示され、公益通報した市職員の20代男性が自殺した。男性の通報で処分を受けた職員が、通報後に同じフロアで勤務していたといい、遺族は「市役所の報復人事だ」と主張。市は外部有識者らによる審査会で、対応が適切だったか検証している。
消費者庁の調査では、勤務先の法令違反を知ったときに「通報・相談する」「たぶんする」と答えた人は全体の約6割。このうち35%は外部を最初の通報先に選び、勤務先を選ばない理由として3割以上が「不利益な取り扱いを受ける恐れがある」と答えた。
公益通報制度に詳しい山口利昭弁護士は「通報者の負担は重い。通報者保護制度の認知度を上げ、法改正も視野に安心して通報できる体制を整えることが急務だ」と話している。(地主明世)
■内部通報制度「機能していない」
淑徳大の日野勝吾教授(社会法)
今回の兵庫県の問題では、告発した男性が県の公益通報窓口に通報したにもかかわらず、第三者による調査の前に懲戒処分を受けたのは問題で、公益通報者に対する不利益な取り扱いに当たる恐れがある。
男性は勇気を出して告発したと思うが、プレッシャーがかかったのか、今回の結果となったのは残念だ。声を出しやすい職場環境ではなく、内部通報制度が機能していないことの表れといえる。
和歌山でも通報者が死亡する事案があったが、通報したことで本人が苦しむというのは制度に欠陥があるということ。確実に保護される状況になければ通報意欲が減退し、通報する人が社会からいなくなってしまう。通報者の保護は徹底的に行うと宣言し、公平中立の姿勢をみせないと人は通報しない。現状は公益通報の窓口への相談件数は多くないのが実情で、運用の適正化が必要だ。
今回は公益通報制度を揺るがす大きな問題で、内部から声を出すハードルの高さが改めて浮き彫りとなった。告発者は個人であり「孤人」。トップを告発するようなケースでは早急に支援者が入り、1人ではなく集団で扱うことが望ましい。

「百条委員会やり通して」知事告発の兵庫県元幹部が死亡前にメッセージ残す(2024年7月11日『産経新聞』)
 
兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などを告発する文書を作成した元県西播磨県民局長の男性(60)が死亡する前、県議会で設置された地方自治法に基づく調査特別委員会(百条委員会)の継続を望む趣旨のメッセージを残していたことが10日、関係者への取材で分かった。
関係者によると、男性は7日夜、同県姫路市内で亡くなっているのが見つかった。自殺とみられるが、百条委について「最後までやり通してください」などとするメッセージを残していた。
男性は今年3月、斎藤氏のパワハラや県幹部らの違法行為などを告発する文書を作成し、一部の報道機関や県議らに配布した。県は男性を解任し、同月末の退職を認めず保留。内部調査の結果、文書の核心部分が事実でないとして別の理由と合わせて男性を停職3カ月の懲戒処分とした。
しかし、調査の中立性を疑問視する声が県議会などから噴出。斎藤氏は県議会からの要請を受ける形で、第三者機関を設置して再調査することを決めた。さらに、県議会では51年ぶりとなる百条委が設置され、男性は今月19日に証人として出頭する予定となっていた。
男性は百条委側に、調査を進めるにあたってプライバシーに配慮するよう求めていた。