不遇な梅子はなぜ「姑の世話」をキッパリ断れたのか…現役弁護士が感心した『虎に翼』の注目シーン(2024年7月11日『プレジデントオンライン』)

平岩紙さん - 写真提供=共同通信社
■すっかりハマった『虎に翼』、どう見た?
 NHKの朝ドラを見る習慣はなかった私ですが、『虎に翼』は毎朝、食いつくように見ています。複数の友人から「絶対見たほうがいい」と勧められ、そこまで言うなら、という軽い気持ちで見始めたところ、すっかりハマりました。私は弁護士なので、同じ法曹界の話で馴染(なじ)みがあることもありますが、当時と今で大きく変わったこと、あまり変わらないことなど、さまざまなことについてその都度考えさせられます。
 先日の放送では、「尊属殺人罪」の合憲性がテーマとなっていました。尊属殺人というのは、本人や配偶者の親・祖父母などの直系尊属を殺した場合は、「死刑か無期懲役」になるという罪です。それ以外の人を殺した場合の刑は、「死刑、無期懲役又は3年以上の有期懲役(現在は5年以上の懲役)」でしたので、誰を殺すのかによって刑に格段の差がありました。それが、法の下の平等を定める憲法14条に反しないか? という裁判でした。
 ドラマで繰り広げられた裁判は、昭和25年10月25日の最高裁判決と思われ、「尊属殺人罪は憲法14条に反しないことは明らか」と判示されています。この時、最高裁判事であった2人は反対意見を述べており、そのうちの1人はドラマで「穂高先生」とされている穂積重遠判事のようです。
■「尊属殺人」に違憲判決が下ったおぞましい事件
 尊属殺人がその他の殺人罪より各段に重く処罰されていた趣旨は、戦前からの「家制度」を背景とした「尊属に対する尊重報恩の念」です。要するに、「目上の親族に育てられておきながら、その恩義に反して殺害するというのはけしからん」ということでしょう。しかし、目上の親族が素晴らしい人とは限りません。親子だからこそ、憎しみの果てに殺害してしまう、ということはあり得ます。
 昭和48年4月4日、最高裁判所は「尊属殺人の規定は憲法14条に反し違憲」と判断しました。この違憲判決は、娘が実父を殺害した事件が元になっています。
 14歳の時に実父に姦淫されて夫婦同然の生活を強いられ、25歳までに実父との間に5人の子を出産した女性が、ある男性と出会って結婚を決意し、それを知った実父が女性を監禁して姦淫を続けるなどしたため、女性が絶望感の中、実父を殺害したという事件です。
 このような事案で、女性に厳罰を科すことは明らかに不当です。法律上の酌量減刑を最大限適用すれば、懲役3年6カ月まで減刑できるのですが、それでも執行猶予はつけられません。尊属殺人の規定を適用すれば、女性は刑務所で服役しなければならなかったのです。この事例で、尊属殺人の規定は憲法違反と判断され、その後、刑法から削除されました。
■弁護士が見た「最も印象に残ったシーン」
 尊属殺人罪はなくなりましたが、私自身が現在、殺人について問題に感じているのは、「親による子殺し」の刑がとても軽いことです。どのような理由があっても殺人は許されるべきではありませんが、その中でも、無抵抗で自分を守る術をまったく知らない子どもが殺されてしまうことは、他の殺人よりも重く処罰されるべきです。
 このような事件は後を絶たず、「殺意はなかった」という理由で、より軽い傷害致死罪で処罰されるケースも多くみられます。子どもは、軽い暴行でも亡くなってしまいます。一般的な大人であれば、「子どもは軽い暴力でも死んでしまうかもしれない」ということはわかるはずです。それが、「暴行が軽かった」などという理由で、殺意がなかったということになり、傷害致死罪にしかならないのです。
 尊属殺人罪とは逆の、「子どもを死なせる罪」という重い類型が刑法に定められてもいいのではないかと思います。
 話を『虎に翼』に戻して、弁護士として最も印象に残ったシーンを紹介します。寅子の学生時代の勉強仲間である梅子さんは、夫が亡くなった後、長男から相続放棄を迫られました。旧民法では、妻に相続分はなく、すべて長男が相続することになっていたのですが、戦後の改正民法では、配偶者の相続分が認められていました。
■「妻は姑の世話をする必要はない」と宣言
 梅子さんは法律を勉強していましたから、そのことを知っていたようで、「相続放棄はしない」といったんは主張します。また、姑から「今後も世話をしてほしい」と言われていましたが、梅子さんは改正民法877条1項「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」という条文を読み上げ、自分には姑の面倒をみる義務がないことを宣言しました。
 現在でも、「夫や夫のきょうだいは親の面倒を見ようとせず、長男の嫁である自分が長年介護を押し付けられている」という相談は少なくありません。その方に対し、「長男の嫁に義父母を介護する義務はないです」と言うと、とても驚き、悲しまれます。いまだに「長男の嫁」という呪縛が生きていることに暗澹たる気持ちにさせられます。自分の身を守るためには、やはり法律を知っていることはとても重要だと改めて感じます。
 また、梅子さんは婚姻姓から旧姓に戻っているようです。「復氏届」を役所に提出したと思われます。配偶者が死亡しても、何もしなければ婚姻姓のままなのですが、旧姓に戻りたい場合には、「復氏届」を役所に出すことで旧姓に戻ることができます(民法751条1項、戸籍法95条)。
■梅子さんは「姻族終了届」を出している?
 ただし、名前が旧姓に戻るだけで、配偶者の死後に離婚する法律はないので、舅や姑ら配偶者の親族との関係は継続します。これを終わらせるには「姻族終了届」を提出する必要があります(民法728条2項、戸籍法96条)。亡くなった配偶者の親族と親しければ関係を終了させる必要はないのかもしれませんが、そうでない場合、関係を断ち切りたいという人は一定数いるでしょう。
 「姻族終了届」の提出は、本人の意思だけでよく、配偶者の親族の了解などは必要ありません。姻族終了届を提出しても、亡くなった配偶者の相続は受けられますし、遺族年金の受給にも影響はありません。姻族終了届は、先日上梓した『新おとめ六法』(KADOKAWA)のp214でも解説しています。
 梅子さんは、旧姓に戻っていますが、姻族終了届まで提出したかどうかはわかりません。しかし、元夫の家族との縁を切って一人で生活しているようですので、姻族終了届を出した可能性が高そうです。
■「生理休暇」にまつわるシーンも象徴的だった
 ドラマの中で、寅子は生理痛がとても重く、学生の頃は授業を休んでいました。社会人になってからも、生理痛の重さは変わらなかったのですが、昭和22年に労働基準法で「生理休暇」が規定されたにもかかわらず、我慢して働く様子が放送されました。家庭裁判所が人員不足だったのと、「これだから女は」と言われるのが嫌だった、という理由でした。
 「生理休暇」は、生理であれば休める、というのではなく、生理の症状が重くて仕事ができない場合に休暇を取得できる制度です。生理休暇を女性が請求した場合、会社がこれを認めなければ30万円以下の罰金に処せられます。
 しかし、令和2年厚生労働省の調査によると、生理休暇を請求したことがある女性はわずか0.9%です。
 せっかく休暇制度があるのにほとんど利用されていないのは、生理休暇が有給なのか無給なのかは法律で決まっておらず、会社の方針次第ということも影響しているかもしれません。ただ、「生理休暇」という制度自体を知らない人が大半ではないかと思われます(『新おとめ六法』p155参照)。
 法律は自分を守る武器です。梅子さんのように、自分を守るために法律を知ってほしいと思います。
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上谷 さくら(かみたに・さくら)
弁護士 第一東京弁護士会所属
福岡県出身。青山学院大学法学部卒。毎日新聞記者を経て、2007年弁護士登録。犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務次長。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員。元・青山学院大学法科大学院実務家教員。保護司。
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