投票は「よりマシな『地獄の選択』を」 泡沫候補ウォッチャー畠山理仁さんが都知事選「大乱戦」に高評価(2024年6月30日『東京新聞』)

 
過去最多の56人による大乱戦となっている東京都知事選(7月7日投開票)は、17日間の選挙戦の後半戦に突入した。候補者の多くは主要政党や有力業界団体などの支援を受けず、従来の選挙報道では「泡沫候補」(「インディーズ候補」とも)として扱われてきた人たちだが、今回はさまざまな話題を振りまき注目されている。異例の選挙戦の見どころを、「泡沫候補」の活動に光を当てた著書で知られるフリーライターの畠山理仁さん(51)に聞いた。(聞き手・佐藤裕介)
—過去最多の56人が立候補した。
都知事選候補者の街頭演説を取材する畠山理仁さん=練馬区で(佐藤裕介撮影)

都知事選候補者の街頭演説を取材する畠山理仁さん=練馬区で(佐藤裕介撮影)

「(顔出しNGの)ひまそらあかね氏と(衆院東京15区補選を巡る公職選挙法違反事件で勾留中の)黒川敦彦氏以外は、全員自分の目で見てきた。候補者が増えれば有権者の視野も選択肢も広がる。候補者に抱く好悪の感情も判断材料になるから、基本的には歓迎すべきことだ。有権者が『多すぎて選べない』と嘆くのは怠慢だと思う。有権者が候補者を比較検討してよりマシな候補に投票することで民主主義は守れる。有権者がしっかりしていれば『乱立』を恐れる必要はない」
政治団体NHKから国民を守る党NHK党)」(立花孝志党首)は公認19人を含む24人もの候補者を擁立し、党への寄付者に選挙ポスター掲示場のスペースを使わせるという、事実上の売買行為をおこなっている。
「選挙には当選者を選ぶという大切な機能がある。それを考えれば、一つの政治団体が定数1の選挙に19人もの候補者を立てることは理解しがたい。一方で、他人が立候補する権利を侵害してはいけない。もし、自分が選挙に出たいと思った時に『お前のような者は出るな』と言われたらどう思うか」
「(事実上の売買行為については)公選法は、公職を目指す人がそんなことをやるとは想定していない。だから、今までは制限する規定がなかった。(NHK党は)選挙制度の穴をついてくるが、多数の共感を得られていない。制度の不備を指摘することは大切だが、公の立場に立とうとする人として、実質的な販売を行うことは適切なのか。むしろ、これまで自由度があった選挙をどんどん不自由にものに規制する世論を後押ししている。」
「それとは別に、ポスター掲示場が今のままでいいのかという問題は確かにある。本当に1万4000か所に設置する必要があるのか。今回は候補者が多くなり、ポスターを掲示する枠がない候補者が出たのは大問題。韓国では、立候補届をしてからポスター掲示まで5日間くらいある。その間は選管が候補者からポスターを預かり、掲示場の設置と同時に一括掲載するのが公平だと思う」
—候補者の乱立を防ぐために供託金を増額すべきだという議論も再燃している。
「日本は今でも世界で一番供託金が高い国で、知事選には300万円が必要。フランスでも昔は供託金制度があったが、立候補は権利なのにお金を取るのはおかしいと批判が出て廃止された。米国にもない。乱立を防ぐために、例えば何百人かの推薦署名を集めれば供託金を納めなくてもいいという制度をとる国もある。海外の制度に学べば供託金を増額する必要はない」
都知事選候補者の街頭演説を取材する畠山理仁さん㊨=練馬区で(佐藤裕介撮影)

都知事選候補者の街頭演説を取材する畠山理仁さん㊨=練馬区で(佐藤裕介撮影)

「供託金を増額すれば、お金持ちしか選挙に出られなくなってしまい、世の中の大多数を占める人たちの感覚から政治が離れてしまう結果を招く。最終的には巡り巡って有権者の首を絞めることになる」

◆「ベターな人を選ぶため、できるだけ多くの候補者を見るべき」

—全56人の候補者の考えを聞くという趣旨で「ニコニコ動画」が実施したネット討論会では、畠山さんはいわゆる「主要候補」以外の部(33人が参加)の司会を務めた。
「候補者はバラエティに富んでいて、非常に面白かった。選挙とは、『自分の常識』が『世間の常識』とどれくらいズレているかを確認する時間だと思っている。いろいろな主張に耳を傾けていると、結果的に当選しなかった候補者の意見にも、『これは』と思うようないいアイデアがある。当選者にいい政策を提案するための材料集めでもある」
「そもそも選挙は『よりマシな地獄の選択』。『本当に推したい』と思える人に出会える確率は非常に低い。そこで棄権をすれば、政治はどんどん自らの希望からは遠くなっていく。投票後の後悔や『間違い』を減らすためにも、できるだけ多くの候補者をみて比較検討したほうがいい」

◆選挙は「政策オリンピック」

—序盤戦の各種情勢調査では、現職の小池百合子氏が先行している。
小池百合子氏は街頭にあまり立たず、なるべく失言をせず、失点をしないようにする『守りの選挙』を展開している。安全運転の選挙という点では、一回も街宣しなかった4年前と同じ。やじが怖いのではないか」
「都庁の定例記者会見でも、フリーの記者は会見場に入れずオンライン参加へと変わった。質問のために手を上げてもなかなか当たらない。自分に批判的な質問には答弁拒否をしている印象がある。これまでの選挙戦で小池氏は8年間の実績を訴えている。それを額面通りに評価するかどうか。有権者は試されているのではないか」
蓮舫氏の選挙戦はどうか。
蓮舫氏は、チャレンジャーの立場なので、攻めの選挙を展開している。応援弁士の演説も激しい現職批判が飛び出している。それでも、蓮舫氏自身はつとめて笑顔をつくろうとしている印象がある。(選挙戦で訴えている)政策ではいくつか批判もされているが、(都と契約する企業に賃上げを促す)『公契約条例』のアイデアは、事業体としての東京都が民間に賃上げを働きかけるいいアイデアだ。より良い政策に関するアイデアを出し合うのが選挙。選挙は4年に一度の『政策オリンピック』だと思っている」
—石丸伸二氏は。
都知事選候補者の街頭演説を取材する畠山理仁さん㊧=練馬区で(佐藤裕介撮影)

都知事選候補者の街頭演説を取材する畠山理仁さん㊧=練馬区で(佐藤裕介撮影)

「石丸伸二氏は無党派層にかなり浸透している印象だ。YouTubeなどにアップされているショート動画のインパクトは強い。石丸氏陣営でビラ配りをしているボランティアの方々に話を聞いたところ、『政治は遠いと思っていたけど、あれだけズバズバと政治に対して切り込んでいるのが勇気づけられる』などと話していた。これまで選挙や政治に関心がなかった層が、YouTubeをきっかけに政治に参加するようになっている」
田母神俊雄氏は。
田母神俊雄氏には根強いファンがいる。若い支持者もおり、街宣の様子をネット配信している人が多い。ただ、61万票あまりを獲得した2014年の都知事選からは10年近く経っている。安野貴博氏が追い上げてくる可能性がある」
—最後に。投票率は上がるか、下がるか。
知名度の高い候補者が多く出ているので、上がるんじゃないか。1%でも上がったら大きいことだ」

畠山理仁(はたけやま・みちよし) 1973年2月、愛知県生まれ。フリーランスライター。早稲田大学在学中に選挙ボランティアを経験し、選挙の面白さに目覚める。1998年から選挙取材を中心にした執筆活動を続ける。主な著書に「黙殺 報じられない"無頼系独立候補"たちの戦い」(集英社)、「コロナ時代の選挙漫遊記」(集英社)、「記者会見ゲリラ戦記」(扶桑社)など。


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