都知事選の争点「少子化対策」が厄介な理由、他県との格差拡大で“東京一極集中”がますます加速する皮肉な事態も(2024年7月2日『JBプレス』)

 選挙ポスター問題などさまざまな課題を投げかけながら東京都知事選は最終盤を迎えようとしている。今回の選挙では「少子化対策」がひとつの争点と言われているが、このテーマは実に厄介な問題をはらんでいる。東京だけの課題ではないだけに誰もが納得できる解がない。東京の人口問題を追いかけているジャーナリストの山田稔氏が検証する。(JBpress編集部)

【写真】岸田首相が掲げた「こども未来戦略方針」

 

■ 「出生数」の数値目標がなく説得力に欠ける公約

 まずは選挙公報で目に付いた何人かの候補の少子化対策関連の公約をチェックし、その一部を抜粋(名前の表示は選挙公報記載のもの)してみよう。

【小池ゆりこ候補】
「保育の第一子無償化など子育て教育施策の無償化と所得制限撤廃を推進」
蓮舫候補】
「現役世代の手取りを増やす─本物の少子化対策
【安野たかひろ候補】
「未来世代 世界一の教育環境 出産・子育てインフラの整備」
清水国明候補】
小池都政こども政策を継続 病児保育施設の増設」

 すべての候補の公約を挙げるわけにはいかないので、ごく一部を取り上げたが、いずれも内容的には異論はないものばかりだ。これらの施策内容を整理すると「無償化」「収入増額」「子育てインフラ整備」が柱になりそうだ。子育て世代や出産を考えている夫婦にしてみればどれも実現してほしいものばかりだろう。

 しかし、現実的な政策として検証した場合、どの候補も数値目標に言及していない点が不十分と言わざるを得ない。

 例えば、東京都の合計特殊出生率(15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの)0.99がクローズアップされた令和5年の人口動態調査によると、東京都の年間出生数は8万6347人(都区部は6万2459人)で、9万1097人だった前年に比べると4750人の減少となっている。

 この状況をどう改善するのか。各候補の政策を実現したときに、年間の出生数はどれだけ増えるのか。数値への言及がないと説得力に欠けると言わざるを得ない。

■ 本当の少子化対策とは何か? 

 ここで原点に返って、少子化対策の本来の姿を考えてみたい。本来の目的は、減り続ける出生数を増加に転じさせ、将来人口の大幅な減少を食い止めることにあるはずだ。これは東京都だけでなく日本全体のテーマである。

 注意したいのは、少子化対策には出生数(出生率)以外にもうひとつ大事な観点があることだ。それは自治体にとってのテーマである。0歳から14歳の子ども人口をいかに増やすかである。実は東京都の場合、これが結構大きな課題となっているのだ。

 2023年の「住民基本台帳人口移動報告」によると、0─14歳の子ども人口(日本人)は東京都全体で年間に7553人の転出超過となっている。全年齢では5万8489人の転入超過なのに、子どもは親世代ともに“脱東京”となっている。ちなみに子ども世代の親とみられる30代、40代の転出超過は1万1634人。子どもと合わせると年間で1万9000人超に達する。

 人口動態調査では年間の出生数減少が4750人だった。つまり子どもとその両親の転出超過の方がはるかに深刻な問題となっていると言っていいかもしれない。多くの人はこの点を見落としている。

 選挙戦の直前、令和5年の人口動態調査が発表され、東京都の合計特殊出生率0.99が一躍クローズアップされ、これが少子化対策と結び付いた。だが、この「0.99問題」はちょっと冷静に見た方がいい。合計特殊出生率は、1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の指標となるデータで分母に女性の人口、分子に出生数を置いて算出しているが、二つの大きな問題がある。

 ひとつは、分母は日本人女性だけだが、分子には外国人の母が産んだ日本人の赤ちゃんも含まれるため、その分数値が大きくなる点だ。結果としてデータの上振れが指摘されている。

 もうひとつは、分母の女性の人口だが、15歳~49歳分を足しあげて算出しているが、東京には10代後半から20代にかけて進学や就職で流入してくる若い女性が多く、その大半は出産を考えていない。15歳~29歳までの女性は4万7899人もの転入超過となっている。

 逆に出産年齢に該当する30歳~44歳の女性は3688人の転出超過である。子どもをすぐに産むつもりのない若い女性が多く流入し、産む可能性のある年代は転出超過。これでは合計特殊出生率が低くなるのは当然だ。「0.99」に踊らされると実態を見誤ることになる。

 こうしてみると、東京都の少子化対策を考えるにあたって重点を置くのは「出生率」ではなく、子ども人口の流出をいかに抑えることにあるのではないか。減ってはいるものの年間8万6347人という全国トップの出生数があっても、乳児の段階から東京から出ていってしまうケースが増えている現実を直視すべきだろう。

■ 「出生数」の数値目標がなく説得力に欠ける公約

 まずは選挙公報で目に付いた何人かの候補の少子化対策関連の公約をチェックし、その一部を抜粋(名前の表示は選挙公報記載のもの)してみよう。

【小池ゆりこ候補】
「保育の第一子無償化など子育て教育施策の無償化と所得制限撤廃を推進」
蓮舫候補】
「現役世代の手取りを増やす─本物の少子化対策
【安野たかひろ候補】
「未来世代 世界一の教育環境 出産・子育てインフラの整備」
清水国明候補】
小池都政こども政策を継続 病児保育施設の増設」

 すべての候補の公約を挙げるわけにはいかないので、ごく一部を取り上げたが、いずれも内容的には異論はないものばかりだ。これらの施策内容を整理すると「無償化」「収入増額」「子育てインフラ整備」が柱になりそうだ。子育て世代や出産を考えている夫婦にしてみればどれも実現してほしいものばかりだろう。

 しかし、現実的な政策として検証した場合、どの候補も数値目標に言及していない点が不十分と言わざるを得ない。

 例えば、東京都の合計特殊出生率(15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの)0.99がクローズアップされた令和5年の人口動態調査によると、東京都の年間出生数は8万6347人(都区部は6万2459人)で、9万1097人だった前年に比べると4750人の減少となっている。

 この状況をどう改善するのか。各候補の政策を実現したときに、年間の出生数はどれだけ増えるのか。数値への言及がないと説得力に欠けると言わざるを得ない。

 ■ 本当の少子化対策とは何か? 

 ここで原点に返って、少子化対策の本来の姿を考えてみたい。本来の目的は、減り続ける出生数を増加に転じさせ、将来人口の大幅な減少を食い止めることにあるはずだ。これは東京都だけでなく日本全体のテーマである。

 注意したいのは、少子化対策には出生数(出生率)以外にもうひとつ大事な観点があることだ。それは自治体にとってのテーマである。0歳から14歳の子ども人口をいかに増やすかである。実は東京都の場合、これが結構大きな課題となっているのだ。

 2023年の「住民基本台帳人口移動報告」によると、0─14歳の子ども人口(日本人)は東京都全体で年間に7553人の転出超過となっている。全年齢では5万8489人の転入超過なのに、子どもは親世代ともに“脱東京”となっている。ちなみに子ども世代の親とみられる30代、40代の転出超過は1万1634人。子どもと合わせると年間で1万9000人超に達する。

 人口動態調査では年間の出生数減少が4750人だった。つまり子どもとその両親の転出超過の方がはるかに深刻な問題となっていると言っていいかもしれない。多くの人はこの点を見落としている。

 選挙戦の直前、令和5年の人口動態調査が発表され、東京都の合計特殊出生率0.99が一躍クローズアップされ、これが少子化対策と結び付いた。だが、この「0.99問題」はちょっと冷静に見た方がいい。合計特殊出生率は、1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の指標となるデータで分母に女性の人口、分子に出生数を置いて算出しているが、二つの大きな問題がある。

 ひとつは、分母は日本人女性だけだが、分子には外国人の母が産んだ日本人の赤ちゃんも含まれるため、その分数値が大きくなる点だ。結果としてデータの上振れが指摘されている。

 もうひとつは、分母の女性の人口だが、15歳~49歳分を足しあげて算出しているが、東京には10代後半から20代にかけて進学や就職で流入してくる若い女性が多く、その大半は出産を考えていない。15歳~29歳までの女性は4万7899人もの転入超過となっている。

 逆に出産年齢に該当する30歳~44歳の女性は3688人の転出超過である。子どもをすぐに産むつもりのない若い女性が多く流入し、産む可能性のある年代は転出超過。これでは合計特殊出生率が低くなるのは当然だ。「0.99」に踊らされると実態を見誤ることになる。

 こうしてみると、東京都の少子化対策を考えるにあたって重点を置くのは「出生率」ではなく、子ども人口の流出をいかに抑えることにあるのではないか。減ってはいるものの年間8万6347人という全国トップの出生数があっても、乳児の段階から東京から出ていってしまうケースが増えている現実を直視すべきだろう。

■ 子育て負担軽減策が有効なのは間違いないが…

 そうなるとおのずと必要な対策が見えてくる。

 保育費や学費に代表される無償化という名の子育て支援策も必要には違いないが、それよりも子育て世代の生活コスト低減につながる政策が急務のはずだ。トータルで見れば収入増につながる雇用政策、非正規雇用から正規雇用への転換、中小・零細企業の賃上げなど、国とも連携して進めるべき施策の数々だ。

 次いで住宅コストをはじめとする生活関連コスト低減につながる施策である。

 例えば、賃貸物件の賃料負担をどう軽減するか。外国人富裕層などを対象にした投資対象マンションへの規制を強化することで、マンション価格の高騰を抑え、住宅市場の沈静化を図るぐらいの事は最低限でもすべきだろう。

 子育て関連出費への支援策が有効なのは言うまでもない。スウェーデン並みの予算がある東京都は財政基盤も盤石だ。子育て支援関連の予算付けは何の問題もないだろう。

■ すでにたくさんある少子化対策メニューが機能していない

 実は東京都の少子化対策は、そのメニューを見る限り他の自治体には真似ができないほど充実している。主だった内容は次の通りである。

 【出会い・結婚】
東京都結婚支援ポータルサイト
TOKYOふたり結婚応援パスポート
【妊娠・出産】
不妊・不育の助成金情報
妊娠支援ポータルサイト東京都妊活課
凍結卵子を活用した生殖補助医療への支援
【子育て期の支援】
018サポート
東京都出産・子育て応援事業
幼児教育・保育の無償化について
義務教育就学児医療費助成制度
【教育・住宅】
私立学校保護者負担軽減
東京都立学校等給付型奨学金制度
結婚予定者のための都営住宅の提供
都営住宅における子育て支援
都立大学等の新たな授業料減免制度~都内子育て世帯への新たな支援を実施(授業料実質無償化)~
【就労環境・職場環境】
働くパパママ育業応援事業
正規雇用等転換安定化支援事業(東京都正規雇用等転換安定化支援助成金
女性向けキャリアチェンジ支援事業

 まだまだあるが紹介しきれない。これだけのメニューがありながら少子化が進行しているのはなぜか。都庁のお役人や知事候補者はよく考えた方がいい。メニューがいかに豊富でもそれが機能していなければまったく意味がない。そこへさらに新たなメニューを加えて東京の少子化対策を図ろうとしているのが現状である。

■ 国が先導しなければ少子高齢化に拍車がかかるだけ

 今回の知事選を経て東京都のトップに立つ人物が、本気になって有効な少子化対策を実行していけば、数年先には目に見える効果が期待できるかもしれないが、そこで厄介な事態が起きる。「東京一極集中」のさらなる加速だ。

 東京暮らしの生活コストが抑えられ、子育て環境が飛躍的に好転するようなことになれば、都内から転出していく親子が減るだけでなく、逆に首都圏周辺の県、自治体からの転入が増える可能性が出てくる。

 現実には、東京都では2024年度から高校授業料の無償化で所得制限が撤廃された。今後、高校入学を控えた他県の中学生とその両親らの都内への転入が増えるかどうか。子ども世代とその親の人口流入が現実になれば、東京の一極集中がさらに進むことになる。

 少子化問題改善は周辺他県・自治体との格差拡大をもたらし、結果的に東京一極集中のさらなる加速を招く──。そんな皮肉な事態まで想定されるのだ。

 こうしてみると東京都における少子化対策は、実に複雑なテーマであることが分かった。かといって手をこまねいていれば、0─14歳の子ども人口が確実に減り、高齢化に拍車がかかってしまう。

 東京における少子化対策というのはそれだけ厄介なテーマであり、ここはやはり国が先導して東京や首都圏、地方のモデルや数値目標を盛り込んだ計画を策定して実行していくのが一番だろう。現状はあまりにも悠長とし過ぎているが、手を打たない限り未来はない。

山田 稔