【医師が監修】高齢者ドライバーの「暴走事故」をくいとめる「6つの脳力」…認知機能テストの中身を大公開!(2024年6月22日『現代ビジネス』)

相次ぐ高齢者ドライバーの事故
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写真:iStock
 2019年4月19日に起きた池袋暴走事故から5年余が経つ。
 当時87歳の男性ドライバー(旧通産省の元職員)が、母娘2人の死亡、および10人に重軽傷を負わせたこの事故の記憶はいまだ生々しい。
 内閣府の発表によれば、80歳以上の高齢運転者による死亡事故件数は、平成21年には180件であったが、令和元年には224件と増加傾向にある。
 さらに75歳以上と75歳未満の死亡事故の人的要因別で比較すると、75歳の高齢運転者は操作不適による事故が28%と最も多く、このうちハンドル操作不適が13.7%、ブレーキとアクセルによる踏み違い事故では、75歳未満が全体の0.5%に過ぎないのに対し、75歳以上の高齢運転者は7.0%と高い。
 今月にも埼玉県で84歳の男性が運転する車に小1の児童がはねられた事故や、高齢者ドライバーが一般道や高速道路を逆走も報じられており、相次ぐ事故のニュースに「自分はいつまで運転できるのか」と問いかける高齢者のドライバーも多いだろう。
 クルマは生活するうえで老若男女問わずに利便性の高い交通手段だが、特に足腰の弱った高齢者には手放し難い存在だ。池袋暴走事故以降、運転免許の自主返納はムードの高まりを見せたが、現在はその数も減少傾向にあるという。
 公共交通機関の多い都市部とは違い、地方では買い物や病院などの移動手段にクルマはなくてはならないものだ。「自分の足代わりになっている」高齢者は多く存在するものの、これだけ多くの事故が相次げば、そのリスクに目を背ける訳にもいかない。
 「自分が認知機能低下で事故を引き起こしたら、どうしょう」
 「自分はともかく、父親は70歳を超えていまだに運転しているが、いつ免許返納の話を切り出そうか」
 高齢者ドライバーによる交通事故の増加を受け、このように考えてハンドルを握っている人は少なくない。
 現在、運転免許保有者数は約8199万人。そのうち65歳以上の運転免許保有率は23.5%(約1927万人)だ。さらに75歳以上となると8.1%(約667万人)だという(警察庁統計/令和4年)。
 つまり、運転免許証をもっている日本人の8.1%が、75歳以上の高齢ドライバーとなる。2025年、国民の5人に1人が75歳以上という超高齢化社会を迎えるにあたり、この数値も今後増加すると見込まれており、冒頭の凄惨な事故をはじめ、高齢者による事故の一因としても、大きな社会問題とされている。
高齢ドライバーに課せられる「認知機能検査」
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写真:現代ビジネス
 そうした社会背景のもと、警察庁は「75歳以上の高齢ドライバー」に対して、運転免許更新時の「認知機能検査」を実施しており、2022年からはその内容が変更された。
 この「認知機能検査」に合格しないと運転免許が更新されないというわけだが、検査の出題内容は決してやさしいものではない。では一体「認知機能検査」とはどんな菜用なのか。その出題内容を具体的に見てみよう。
 上記は実際に出題された「品物や動物などの4つのイラスト」を1分間見て、その後それを繰り返し、合計16のイラストは何かを答えるという出題だ。検査会場ではイラストの名前とヒントは検査員より口頭で伝えられ、実際の検査用紙にはイラストのみが提示される。
 一見簡単そうに見えるが、途中に別の質問が挿入され、認知機能が低下している高齢者にとっては瞬時の判断がつかず正解することがなかなか難しい。
 まったく異なる種類の問題で頭がいっぱいになり、その直前に見た計16のイラストを思い出すのは簡単ではないのだ。検査の所要時間は、検査場によって異なるが一例をあげよう。
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1.検査の準備:4分
2.手がかり再生(イラストの記憶):4分
3.介入課題:2分
4.手がかり再生
 →Aヒントなしで答える:3分
 →Bヒントを与えられて答える:3分
5.時間の見当識:2分 / 検査時の年月日、曜日、検査時間を答える
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 最近では検査を用紙でなく、タブレットを使用する自治体も増えているという。
 設問はタブレット端末に表示され、指示はヘッドフォンを通じてなされる。タッチペンで回答するシステムだが、“新しいデバイス”に慣れていない高齢者であれば尻込みしてしまうだろう。
運転で大事な6つの脳機能とは
 このようなシステムで行われる認知機能検査をパスすることは75歳以上の高齢者には緊喫の課題だが、根本的に運転するにあたって重要な脳の機能とはいかなるものか。
 「クルマの運転はきわめて高度な行為のため、多くの脳力=運転脳を使わなくてはなりません。そのなかでも特に重要な脳力が、6つあります」
 こう解説するのは、脳神経内科専門医・塚本浩氏だ。塚本医師は現在、東京医科大学茨城医療センターで脳神経疾患の専門診療に携わりながら、認知症の早期発見や予防研究も行っている。塚本医師の言う「6つの脳力」とはこうだ。
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(1)判断力=安全運転をするために必須の脳力
(2)集中力&注意力=マルチタスクをおこすために必須の脳力
(3)遂行力=スムーズな運転操作に必須の脳力
(4)記憶力=危険運転を防ぐうえで必須の脳力
(5)予測力=「かもしれない運転」に必須の脳力
(6)視空間認知力=適切な距離感をつかむうえで必須の脳力
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 「この脳力のどれかひとつ欠けても安全に運転することが難しくなります。6つの運転脳の衰えを食い止めるためにも、脳活ドリルを行うことは大切ですね。
 新しいことにチャレンジせず、今までと同じことばかりをしていると脳は衰えてしまいます。高齢者にとっては脳を鍛えることが重要で、そのためには適度なストレスをかけてあげることです。その意味でも、脳活は重要になります」(塚本医師)
 「6つの能力」を維持するためには脳にある程度のストレスをかけることも必要で、脳に適度なストレスを与える脳活は、運転の際にも活かされるという。
 現在は、人間が運転する技術とは全く別物の“間合い”で走る、自動運転の一部機能が搭載された車も登場した。自動部分に頼りきりそれを長く続けた場合、自らのハンドルを切る咄嗟の判断が追い付かないという場合もあるだろう。
 日常的に運転している高齢者は「自分だけは大丈夫」と思いがちだ。しかし、事故はその慢心から引き起こされる場合もあるのだ。