「運転しないことが大事」池袋暴走事故の受刑者の心境 遺族の松永拓也さんに届く【全回答掲載】(2024年4月7日『東京新聞』)

 
松永真菜さん、莉子ちゃん親子が亡くなった東京・池袋乗用車暴走事故を起こし、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪で服役中の男性(92)の現在の心境を記した書面が6日、遺族の松永拓也さん(37)に届いた。
「どうすれば、この事故を起こさずにすみましたか」との松永さんからの質問には「運転しないことが大事です」と回答。車の不具合を主張していた刑事裁判中とは異なる事故原因への認識をのぞかせ、反省の姿勢を示した。
受刑者の言葉が書かれた書面を手に、取材に答える松永拓也さん=6日、東京都豊島区で

受刑者の言葉が書かれた書面を手に、取材に答える松永拓也さん=6日、東京都豊島区で

松永拓也さんは、全ての回答を読み、「初めて彼と真の言葉をかわせたような気がする。(再発防止を目指すという)一緒の視点を持てたことを知れてよかった」と笑顔を見せた。
事故から5回目の命日が4月19日に迫り、気分が落ち込む日々が続いていた松永さんにとって、うれしい便りだった。

◆「あなたの失敗を、社会の財産に」

男性の心境を記した書面は、松永さんが3月に利用した法務省の「被害者等心情聴取・伝達制度」への回答。遺族らの思いを受刑者に伝えて更生などに生かす仕組みだ。
松永さんは刑務所の担当官を通じて8項目の質問を投げかけ、「あなたの失敗を、社会の財産にしてほしい。『自分と同じような加害者が生まれてほしくない』という視点を一緒に持ちませんか」と呼び掛けていた。
松永さんによると、男性は全ての質問にひと言ずつ答え、回答の時には「申し訳ない」と述べたと書面に書かれていた。回答を公表するかどうかは「松永さんにお任せします」と答え、松永さんとの面会に応じる意思も示したという。
松永さんは、男性が高齢なことを考慮し、「はい」か「いいえ」で答えられる質問を多くしていた。
松永さんは、回答の短さに理解を示し、「答えないという選択肢もあったのに、真摯(しんし)に答えてくれた」と喜んだ。

◆面会「人と人として聴きたい」

松永さんは、妻と娘の命日を過ぎた4月20日以降、できるだけ早い時期に、男性の体調に配慮しながら面会実現を目指す。書面の回答では聞ききれなかった、事故当時の詳しい事情をできるだけ聴く考えだ。
仏壇に向かい、松永真菜さん、莉子ちゃんに報告をした松永拓也さん=6日、東京都豊島区で

仏壇に向かい、松永真菜さん、莉子ちゃんに報告をした松永拓也さん=6日、東京都豊島区で

男性は事故以降、世間の様々な人たちからの強いバッシングを浴びてきた。松永さんも男性の言動を批判したことはあるが、刑事裁判の判決後の会見では、男性への脅迫などにまで過熱したバッシングに悩んでいたことを明かし、「被害者であっても加害者であっても誹謗中傷されない世の中になればいい」と語った。
男性が罪を償う今、松永さんが望むのは再発防止につながる会話をすることだ。
もし面会で、男性から「自分の言動が社会から誤解されている」と感じていることを打ち明けられた場合は、松永さんは「人と人として聴きたい」という。
回答が届く前、「加害者が再発防止を語るのは、言いづらいと思う。彼には酷なことだと思う」とも語っていた松永さん。
男性を批判するためでなく、男性の失敗談を交通事故が起きにくい仕組みの増加に役立てるために、「彼とも、社会の人たちとも一緒に考えたい」と考えている。(デジタル編集部・福岡範行)

◆松永さんの質問と、回答全文

松永拓也さんが池袋乗用車暴走事を起こした受刑者の男性(92)に投げかけた8項目の質問と、書面で届いた回答は以下の通り。
 
松永さんは、刑務所の担当官を通じて、「命を奪いたくて奪ったわけではないのは分かっている」「再発防止に向け、高齢ドライバー問題についての、意見や経験を聞かせてほしい」との言葉とともに、質問を伝えた。
 
質問1 あなたはどうすればこの事故を起こさずに済みましたか。
回答 「運転しないことが大事です。」
 
質問2 高齢者として、どのような社会であれば事故を起こさずに済みましたか。
回答 「運転しないことです。」

記者注 松永さんは高齢者が免許を返納しても生活しやすい社会を目指している。その意図が伝わりやすく、答えやすいようにと具体例を挙げて次の質問3を尋ねた。


質問3 病院までの無料又は500円程度の送迎サービスなどがあれば利用しましたか。
回答 「はい。」

記者注 以下の質問4~6は、男性が事故当時、パーキンソン症候群で右足に不具合があり、治療を受けていたことから尋ねた。松永さんはパーキンソン病患者の運転を単純に制限したいとは思っていないが、裁判では聞ききれなかった本人の認識を質問した。


質問4 医師から、明確に運転を止められていたとしたら、あなたは運転をやめていましたか。
回答 「やめていました。」
 
質問5 事故当時、自分自身はパーキンソン病又はパーキンソン症候群の可能性があったと思っていますか。
回答 「はい。」
 
質問6 パーキンソン症候群が運転をしてはいけないという分類に属されているとしたら、運転をやめていましたか。
回答 「やめていました。」

記者注 松永さんは高齢ドライバーの運転を止めようと悩む家族の多さも対策のポイントだと捉えている。加害者家族を責める意図ではなく、加齢によって事故リスクが高まったときに、どうすれば運転を止められるのかのヒントを得ようと次の質問7を尋ねた。


質問7 家族からどんな声掛けがあれば、運転をやめようと思いましたか。
回答 「やめるように強く言われていたらやめていた。」
 
質問8 高齢で刑務所に入る苦しみはどのようなものですか。
回答 「(いろいろな規則や指示に)従うことが苦しい。」
 
松永さんは、男性が高齢なことを考慮し、「はい」か「いいえ」で答えられる質問を多くしていた。回答の短さにも理解を示し、「答えないという選択肢もあったのに、真摯(しんし)に答えてくれた」と喜んだ。
 
男性は松永さんとの面会に応じる意思も示した。松永さんは、書面の回答では聞ききれなかった、事故当時の詳しい事情をできるだけ聴くため、面会の実現を目指す。