毎日・日経・読売の元政治部長が語る、気になる女性政治家の実力と個性(2024年6月21日『中央公論』)

キャプチャ
伊藤俊行氏(左)、佐藤千矢子氏(中央)、吉野直也氏(右)
 上川陽子高市早苗野田聖子小池百合子・・・日本初の「女性総理」候補として取りざたされる政治家各氏の実力と個性について、永田町を長年取材してきた全国紙の元政治部長3人が徹底分析する。
(『中央公論』2024年7月号より抜粋)
局面を打開するためのサプライズ
――岸田文雄内閣の支持率が低迷する中で、「ポスト岸田」に女性が就く可能性が取りざたされています。
吉野》いわゆる「サプライズ」で政治を揺り動かし、局面を打開する方法の一つとして「女性総理」という選択肢が出てきています。これはジェンダー平等に注目しているようでいて、実は、日本政治における女性の希少性を政治的なパワーに転化しようとしているのだと見ています。
佐藤》背景にあるのは、日本政治の閉塞感だと思います。「失われた30年」で経済が停滞し、格差が広がった。それに対応できていない社会政策の歪みといった現状を打破したいという願いが国民の中にある。そのために新しいリーダーに出てきてほしいという期待感が高まっていると感じています。
 コロナ下で、ドイツのメルケル前首相、台湾の蔡英文前総統、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン元首相らのリーダーシップが目立ったことも、女性リーダーに期待する雰囲気の醸成につながりました。
 目先の事情もあります。9月に自民党総裁選があり、岸田総理の再選の可能性も含めてリーダー選びが行われます。来年10月の任期満了までには衆院選があり、来年の夏には参院選があるから、選挙に勝てるリーダーを選びたい。まさに希少性のある初の女性リーダーを選び、自民党の人気を盛り返して勝利したいという思惑があるのでしょう。
伊藤》リーダーさえ代えればうまくいくというのは思考停止です。動機はどうであれ、女性リーダーを望む意見が自民党の中からも出てきているのはよい傾向ですし、まずは誕生させることが大事だとは思いますが、次の選挙で負けないためにとりあえず女性をリーダーにし、喉元過ぎれば熱さを忘れる、とばかり同じような政治姿勢に戻していく臭いがしてならない。男女問わず、能力がある人をリーダーにするという持続的な動きにつながっていくのかという疑問はあります。
 その上で、自民党総裁の候補として名前が挙がっている上川陽子外務大臣のほか、前回2021年の総裁選に出馬した高市早苗さんや野田聖子さんも出て「女性だけの総裁選」の構図になれば、自民党は大変な注目を集めることになる。それを見た野党は、立憲民主党が代表を泉健太さんから女性に代えるかもしれない。すでに社民党党首は福島瑞穂さん、共産党委員長は田村智子さんです。全政党の党首が女性となれば、日本の政治をドラスティックに変えるきっかけになるかもしれません。
吉野》政党や企業といった組織における女性の希少性は「多様性」とも形容されます。多様性が日本の停滞、政治の閉塞感の打開につながるのならば、能動的に多様性を作り出し、国家の成長につなげなければいけない。女性総理の誕生に期待するのは、その先にある「変化の常態化」です。
佐藤》役員に占める女性の割合が高い企業は株価のパフォーマンスが良いという調査結果もあります。さらに企業には「外圧」もある。昨年、ある日本企業の株主総会で、トップの再任決議が危うく否決されそうになった。女性取締役がいないことを理由に、海外の議決権行使助言会社が賛成しなかったからではないかと話題になりましたが、永田町には外圧が効かないので変革が進みません。
上川氏の評価は二分?
伊藤》外圧で思い出したのは、ラーム・エマニュエル駐日アメリカ大使が上川さんを非常に高く評価していたことです。「あれほど戦略的な思考ができる政治家は他にいない」とまで言い、エマニュエル大使が広告塔となって各国大使の間で「上川人気」が高まるのを目にしました。
佐藤》外務大臣になってからですか。
伊藤》なる前です。そうこうしているうちに麻生太郎副総理が「上川はいい」と言い出した。おそらく大使らの評判を聞きつけ、後見人のようなスタンスを取り始めたのだと思います。
 上川さんは議員連盟(議連)で事務局長を多く務めてきました。マネージメントから具体的な政策の中身まで詰める事務局長をいくつこなしているかは、政治家の力量を測るバロメーターです。
 また、法務大臣として麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚らオウム真理教元幹部の死刑を執行した胆力も、今の評価の背景にあります。
佐藤》ただ、外務省を取材すると、上川さんの評価は分かれますね。公務を一生懸命にこなす「真面目な仕事師」といった評判がある一方で、真面目さゆえにいろいろな質問をするので、打ち合わせが長くなる、という声も。外務省は地域ごとに局が分かれていますが、それを横断する質問をされることも多く、「控えてほしい」と言う官僚もいれば、従来とは異なる「戦略的な思考」と受け止める人もいます。
総理としての能力はあるか
吉野》政治家の風評は、永田町を取材する記者や、霞が関の官僚の評価にも影響されます。特に官僚は政治家と仕事をする中で、「この政治家は総理大臣たりうる能力があるか」という見方を自然としています。真面目で優秀であるにこしたことはありませんが、日本では優秀といえば、暗記型の人物が想起されます。
 しかし、さまざまな問題の所在を把握し、その問題に取り組む優先順位を決めなければならない政治家の仕事は、暗記型だけでは対応できません。
 霞が関の官僚の間で、上川さんへの評価は必ずしも高くありません。「なんでこんなことにこだわるのだろう」と違和感を抱いたとの声をよく聞きます。「政治家として大局を判断できるのだろうか」という疑問があるようです。
佐藤》今年1月に麻生さんが、講演で上川さんについて「このおばさんやるねえ。そんなに美しい方とは言わんけれども」「英語できちんと話をし、外交官の手を借りずに自分でどんどん会うべき人に予約を取っちゃう」などと語りました。上川さんの後見人のような立場になろうという思惑が透けて見えます。
 ただこの発言で「上川は終わった」と見ている自民党の議員も少なくない。上川さんがなにかと話題になるので「上川なにするものぞ」といった妬み、嫉(そね)みの空気が生まれている。
 野党の幹部も比較的早い時期に上川さんに注目しましたが、それは総裁になられると困るからです。与党も野党もそれぞれの思惑の中で上川総裁路線を潰そうとして、あえて名前を挙げている面があります。
 それだけ警戒感があるということですが、現実問題としては、上川さんが総裁になるのはなかなか難しい。派閥解消前は岸田派(宏池会)に所属していたため、岸田総理に対抗して出馬する選択肢はなく、岸田氏不出馬でも上川さんに派閥の票がつくかどうかは未知数です。
仲間作りと政治家の言葉
伊藤》従来の自民党のやり方や永田町の作法から言えば、佐藤さんのおっしゃった通りだと思います。上川さんは閣僚になる前、私も時々行く赤坂のビストロに一人でいらしては食事をしていたそうです。昼や夜の日程をほとんど入れずに一人でご飯を食べる、つまり、仲間を増やす動きをしてこなかったわけです。
 自民党のトップになろうとする人とは違う行動パターンだった方が総裁になるには、かなりイレギュラーなことが起き、ワンチャンスをものにしなければ無理です。次の総裁選、もしくは岸田総理が再選された後に自民党が立ち行かなくなった時の、どちらかの一発勝負しかないと思います。
吉野》政治家にとって一番大切なのは、その人自身から発せられる言葉です。上川さんを直接取材したことはありませんが、官僚が用意した文章を一生懸命に読んでいるだけで、自分の言葉があるようには見えません。
 総理を目指すのであれば、目指す国家像を自分の言葉で語らなければいけない。期待も込めて言うと、上川さんはまだそこまでには達していないのではないかという気がします。
佐藤》私は上川さんに何度かお会いしたことがあり、少し違う印象を持っています。上川さんは政治家になることを決意してから初当選までに7年もかかり、その後も落選を経験しています。
 その時に地元を一生懸命に回ったことで、政治家として鍛えられたところがある。血の通った自分の言葉で語れる方だと思います。ただ、5月に静岡県知事選の応援演説で「この方を、私たち女性がうまずして何が女性でしょうか」と自民党推薦候補への支持を訴えた件では、「不適切な表現」と批判を浴び、発言を撤回しました。こうした問題を今後、乗り越えていけるかどうかはわかりません。
保守の高市氏、リベラルの野田氏
――上川さん以外はいかがですか。
(後略)
構成:戸矢晃一
佐藤千矢子(毎日新聞論説委員)×吉野直也(日本経済新聞国際報道センター長)×伊藤俊行(読売新聞編集委員
◆佐藤千矢子〔さとうちやこ〕
1965年愛知県生まれ。名古屋大学卒業。87年毎日新聞社入社。ワシントン特派員などを経て、2017年に全国紙で女性として初めて政治部長に就いた。22年4月より現職。著書『オッサンの壁』は、台湾でも翻訳出版されている。
◆吉野直也〔よしのなおや〕
1967年神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。93年日本経済新聞社入社。ワシントン特派員、政治部長などを歴任。2023年6月より、ポッドキャスト番組「吉野直也のNIKKEI切り抜きニュース」で情報発信中。著書に『アメリカ大乱』など。
◆伊藤俊行〔読売新聞編集委員
1964年東京都生まれ。早稲田大学卒業。88年読売新聞社入社。政治部、ワシントン特派員、国際部長、政治部長などを歴任。2020年6月より現職。BS日テレ報道番組「深層NEWS」コメンテーターも務める。著書に『右傾化のからくり』がある。
 
キャプチャ2