(白鳥浩:法政大学大学院 教授) ■ 「独立国」のリーダーは誰か これまでの都知事選には2つのジンクスがある。第一には、都知事になるには事前に一定程度の知名度が必要であること。第二には、現職の都知事が出馬したときには落選することはなかったことである。
第一のジンクスは、現職の小池百合子を見るまでもなく、代表的には美濃部亮吉、青島幸男、石原慎太郎、猪瀨直樹、舛添要一など、もともと高い知名度を誇っていた人物の名前が続く。
東京都は人口が圧倒的に多い。にもかかわらず、選挙期間は限定されており、選挙区は奥多摩から島嶼部まで有する。広い選挙区に、限られた時間内で、自分の知名度を十分に浸透させるためには、それ以前にすでに一定の知名度を持っていることが必要となる。一定の知名度を持つ著名人であることは、都知事になるために必要な条件といってもよい。
第二のジンクスに関しては、1991年の知事選にみられるように、対立候補に自民、公明など主要政党本部の推薦が出ていながら、現職の鈴木俊一氏が当選した例がある。現職は圧倒的に選挙に有利であるところがある。
東京都は国からの補助金を必ずしも必要とせず、行政を展開できる力がある。その予算規模はスウェーデンを凌駕する。
ある意味で「独立国」にも匹敵するといわれる東京都の行政の長として、強大な権限を持った知事は「大統領」にもなぞらえられるような強力なリーダーである。多くのメディアを通じてその姿が報じられ、都民に浸透が図られていく。そこで特に大きな失点がない場合にはそのかじ取りを変えることはなかったともいえる。 一方で、今回の都知事選はこれらの過去のデータが効かないところがある。そうした意味では予断を許さない都知事選であるといってよい。
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■ 「空中戦」も「地上戦」も、抜かりない現職・小池氏
今回の都知事選において、小池、蓮舫の両氏は、支持母体の明示を回避して「完全無所属」を標榜するという選挙戦略をとっている。それはなぜなのか。
これを理解するために、選挙において重要だとされる2つの運動形態、すなわち、組織的な選挙運動である「地上戦」と、メディアを使った選挙運動である「空中戦」について説明をしていきたい。
まず小池氏であるが、「地上戦」については、6月10日に、自民党の萩生田光一都連会長が、小池氏が都知事選に出馬する場合には支援を行う意向である、ということを表明した。
こうした自民党の東京都連の意向を受けて、小池氏は6月12日の都議会最終日に都知事選への出馬表明を行った。しかしながら、小池氏と自民党との関係は微妙なものであった。というのも、第一に自民党はこのところ、岸田内閣の支持率の低迷に引きずられて、その政党支持を低下させており、必ずしも自民党の支持を「明示的」に得ることは、東京に多いといわれる無党派層の支持を得られないこと。
第二に、対立候補の蓮舫氏が小池氏と自民党を同一視し「反自民、非小池」という視線を鮮明にしており、自民党が「明示的に」小池氏を支援しては、国政の対立を都政に持ち込むことに対する、デメリットを回避できないこと、などがある。
そこで小池氏は、特に政党の支援を求めない「完全無所属」のスタンスを維持することとした。しかし、それらの政党からの支持を拒むものではない。いわば政党色を隠した「ステルス選挙」を展開することとなる。
そのことは、出馬表明を行った6月12日の各会派へのあいさつまわりにおいて非常に象徴的に表れていた。
公明党の会派への挨拶においては、多くの公明都議と親密に握手するなど蜜月ぶりを示したが、自民党の会派への挨拶においては、小池氏は自民党の会派から今後の協力を呼びかけられてもそそくさとその場を去ることとなった。
つまり、小池氏は「地上戦」における自民党の組織的な支援を期待はするものの、「空中戦」における「明示的」な選挙支援は必要としないという姿勢を明確にしていた。
小池氏は「空中戦」への準備に抜かりがない。新たなネットという選挙戦のフィールドで「AIゆりこ」という新兵器を投入し、話題の独占をはかった。公開したのは、出馬表明の翌13日だった。入念に仕込んでいた様子が垣間見える。
こうした小池氏の動きに対して、蓮舫氏も座して見ていたわけではない。
■ 「ステルス」ながら「野党カラー一色」のジレンマ 小池氏が仕掛けるメディアジャックによる「空中戦」での圧倒的な優勢を回避するために、蓮舫候補は、小池氏の一挙手一投足に合わせて自らも動き、メディアの注目を集めて、報道を分断する作戦に出た。
その証左として、第一に、6月12日の小池氏出馬の日に、蓮舫氏は立憲民主党への離党届を提出したこと、第二に、さらに小池氏が14日午後2時に、都知事選に関する記者会見を行うとすると、同時刻に記者会見を行った。
メディアの報道という「空中戦」で、互角な対策を行うことを強く意図していた。こうした小池氏と蓮舫氏の二人の「空中戦」は、後述する6月18日の政策発表をも同日に行うということまで続いた。
こうしてメディアを意識して展開されてきた両氏の「空中戦」は、小池氏も蓮舫氏も、ほぼ互角の展開を見せていたといってよい。
一方で、蓮舫氏の「地上戦」についてはジレンマもあった。蓮舫氏は5月27日の出馬会見で「反自民・非小池」を表明し、自民党と小池氏を同一視して「政権交代」へつながる議論を都知事選で行うことを明示した。
そこで蓮舫氏の「地上戦」には、立憲民主党や共産党が、否が応でも前面に出る必要があった。蓮舫氏側も無所属を打ち出し、立憲民主党に離党届を出し、政党色を薄める「ステルス選挙」を同様に装った。
とはいえ、「政権交代」を訴えれば、野党カラー一色にならざるを得ない。これは蓮舫氏に必要な選挙戦略であり、その一方でジレンマでもあった。
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