【「違国日記 」評論】映画制作の喜びに溢れたような自由さが“かけがえのない時間”を焼きつける(2024年6月16日『映画.com』)

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「違国日記」
 「心が救われる」と大きな反響を呼び、累計発行部数180万部を突破したヤマシタトモコの同名人気コミックを原作に、登場人物たちの繊細な心情を描くことに定評のある瀬田なつき監督が脚本と編集も手掛け、“かけがえのない時間”をスクリーンに焼き付けた。
 人見知りの小説家と、突然の事故で両親を亡くした少女。年齢も性格も生きてきた世界も違うそんなふたりが共に暮らすことになり、互いを理解できず葛藤しながらも、まっすぐに向き合っていく日々が、世界を照らすまぶしい光と、感情を包み込むような影とともに描かれる。他人はもちろんのこと、血がつながっていても、人と人は真の意味でわかりあえるのか。「別の人間なのだから、自分の感情は自分だけのもの」、それでもその感情を踏みにじらずに寄り添うことの大切さを本作は教えてくれる。
 主演は、不愛想で人付き合いが苦手な小説家の槙生に新垣結衣。実は心の中に激情を隠し持った女性をこれまでのイメージを覆すように演じ、「正欲」(2023)に続いて女優としての新境地をさらに開拓。槙生の姪・朝にはオーディションで抜擢された早瀬憩。両親を亡くした傷心と、母親とは異なるちょっと変わった大人の女性との同居生活に戸惑う思春期の少女を瑞々しく演じている。不愛想な槙生と天真爛漫な朝のコントラストが互いの心を動かしていき、次第に心を開き交じり合っていく様が心地よい。
 瀬田監督は、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作作品「彼方からの手紙」(2009)が第3回田辺・弁慶映画祭で賞を受賞するなどして注目され、「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」(2010)で商業長編映画デビュー。そのほか映画は「PARKS パークス」(2016)「ジオラマボーイ・パノラマガール」(2020)などを手掛けているが、本作でも映画制作の喜びに溢れたようなシーンを生み出している。中でも夏帆が演じる槙生の友人・奈々を交えた3人のシーンでは、早瀬の初々しい演技を生かしたような余白のある演出が印象的だ。まるで役者のリアクションに委ねたような“かけがえのない時間”から自主製作映画を思い起こさせる自由さを感じる。
 その夏帆をはじめ、共演の瀬戸康史、小宮山莉渚、中村優子、伊礼姫奈、銀粉蝶、「ジオラマボーイ・パノラマガール」でスクリーンデビューした滝澤エリカ、そして「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」ほか瀬田作品に出演している染谷将太らが脇を固め、音楽、劇中歌「あさのうた」、インスパイアソング「夜明けのあなたへ」も印象的だ。大切なものを失ってからしか素直になれない者もいるのかもしれないが、原作ファンが心を救われたように、本作も見る者の心に寄り添い、人との距離を近づけてみようと思わせてくれるような作品になっている。(和田隆)
 

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解説
コミック誌FEEL YOUNG」で2017年から2023年まで連載されたヤマシタトモコの同名漫画を映画化し、人見知りな女性小説家と人懐っこい姪の奇妙な共同生活を描いたヒューマンドラマ。
大嫌いだった姉を亡くした35歳の小説家・高代槙生は、姉の娘である15歳の田汲朝に無神経な言葉を吐く親族たちの態度に我慢ならず、朝を引き取ることに。他人と一緒に暮らすことに戸惑う不器用な槙生を、親友の醍醐奈々や元恋人の笠町信吾が支えていく。対照的な性格の槙生と朝は、なかなか理解し合えない寂しさを抱えながらも、丁寧に日々を重ね生活を育むうちに、家族とも異なるかけがえのない関係を築いていく。
新垣結衣が槙生役、オーディションで抜てきされた新人・早瀬憩が朝役でダブル主演を務め、槙生の友人・醍醐を夏帆、元恋人・笠町を瀬戸康史、朝の親友・楢󠄀えみりを小宮山莉渚がそれぞれ演じる。監督・脚本は「PARKS パークス」「ジオラマボーイ・パノラマガール」の瀬田なつき。( 映画.com)
2024年製作/139分/G/日本
劇場公開日:2024年6月7日