生徒が激減した「定時制高校」を考える 役割は「働きながら学ぶ」だけじゃない…廃校圧力に反対の声は根強い(2024年6月10日『東京新聞』)

 
 戦後長らく、働きながら学ぶ青少年の受け皿となってきた定時制高校が様変わりしている。近年は不登校を経験したり、日本語が不自由だったりと、複雑な事情を抱える生徒が増え、通学時間帯や卒業所要年数の幅が広がる一方で、生徒数の減少が招く統廃合には、各地で反対運動も起きている。定時制高校の変化を追った。(特別報道部・西田直晃、グラフはいずれも文科省資料から)

◆在籍生56.7万人→7万人に減少

 定時制高校は戦後、教育の機会均等の理念をうたい、1948年に制度化された。53年には当時の高校生の2割強に当たる約56万7000人が在籍したが、高度経済成長を経て全日制への進学率が9割に及び、働きながら学ぶ生徒の割合は減少。現在は約7万人が通学するが、正社員はほとんどいなくなった。
 就労状況だけではなく、入学者の特色も変化した。和光大の山本由美教授(教育行政学)は「90年代には都市部の定時制高校の傾向として、約7割を不登校経験者、約1割を外国籍の生徒が占めるようになった」と説明する。こうした多様化の流れに伴い、国は定時制に在籍して通信制のカリキュラムも同時に学べる「併修」を可能にしたほか、通常4年の修業年限を3年に短縮できる制度(三修制)を導入した。夜間だけでなく、午前・午後にも授業を行う昼夜間定時制(多部制)が増加し、ボランティアなどの校外実習も単位に認定されるようになった。

◆産業構造の変化で統廃合加速 都内では半減

 生徒数の減少に伴い、各地で学校の統廃合も加速した。学校基本調査によると、93年度以降の30年間で、定時制高校は約3分の2に減少。東京都では半数を下回った。高校再編に対し、文部科学省は「教育機能の維持・向上」を前面に打ち出すが、山本教授は「むしろ高校統廃合は産業構造の変化、経済界の要請に対応する形で行われてきたのが実情。定時制高校は80年代まで需要が大きかった工場などの第2次産業従事者を輩出する意味合いが強かった。だが、その役割を終えたと判断され、効率重視の考え方から廃止の方針が拡大してきた」と指摘する。
 地域によっても傾向には違いがある。全国高等学校定時制通信制教育振興会(定通教育振興会)の小松史幸(しこう)事務局長は「北海道には生徒数の少ない学校もあるが、統廃合を進めれば現実として通学できない。東京は交通の便が良く、再編が加速したという背景もある」と話す。

◆困難抱える生徒への対応が課題に

 2000年代以降、各地の定時制高校の課題となったのが、入学までにさまざまな困難に直面してきた生徒、外国にルーツを持つため日本語が不自由な生徒への対応だった。
 東京都は同年、不登校経験者や高校中退者を中心に受け入れる昼夜間定時制の「チャレンジスクール」(単位制)を全国に先駆けて開校した。学年の枠組みがなく、少人数のクラス編成が特徴で、専門家によるカウンセリングが充実している。現在は都内の昼夜間定時制12校のうち6校に広がった。
 他府県でも類似の仕組みが導入されており、埼玉県の「パレットスクール」、大阪府の「クリエイティブスクール」などが当てはまる。とはいえ、こうした単位制の高校では、自由に授業を選べるが、実現可能な履修計画を立てなければ卒業単位を修得できず、学年制に増して教職員のサポートが重要になる。

◆外国籍の生徒の「最期の受け皿」

 外国籍の生徒への対応は緊迫度を増しているという。定通教育振興会の17年の調査で「外国とつながりのある生徒」は6.6%だったが、都立町田高校定時制の現役教員で、文科省外国人児童生徒等教育アドバイザーの角田仁さん(61)は「地域によって差はあるが、現在は外国籍の生徒はさらに増えている」と話す。その上で「公立校入試の外国籍生徒の特別枠が足りておらず、定員に余裕がある定時制高校が最後の受け皿になっている」と話す。
 東京都や愛知県、神奈川県などでは、外国籍の生徒が半数近くに達する定時制高校もある。角田さん自身、外国籍の生徒が多い定時制高校に勤めてきた。「高校に入学できても、どの教室に行き、どの授業を受ければいいのか。どのバスや電車に乗ればいいのか。日本語が分からないため、安心して通学するのが難しい生徒もいる」。各校で始業前などの日本語指導は拡大しているものの「安全な生活を保障するため、さらに日本語を勉強する機会を確保する必要がある」と指摘する。

◆行政主導の再編に「待った」

 少子化の進展により、定時制高校の統廃合は加速する一方、行政主導の再編計画に首都圏では待ったをかける声もある。
 東京都では16年に反対運動が巻き起こった。都教育委員会はこの年、雪谷、江北、立川、小山台の4校の夜間定時制廃止を決定したが、当該校の関係者は「進学・部活動の実績がある全日制高校との併置を解消する方向性だ」などと批判、卒業生からも反発が出る。計画の公表後に新入生が減少した雪谷、江北は既に廃止された。
 近郊にチャレンジスクールが開校予定の立川は24年度で生徒の募集を終える方針だが、小山台の今後は「未定」だ。一定数の入学志望者がおり、廃止した場合の受け皿が整っていないためという。市民団体は現在も両校の廃止に反対する署名をオンラインで募っている。

◆「需要があるのになぜ廃止」

 立川の夜間定時制には今も140人の在校生がいる。同校元教員で、市民団体「立川高校定時制の廃校に反対する会」の加藤良雄さん(73)は「需要があるのに、どうしてわざわざ伝統校を廃止するのか。廃止ありきでは納得いかない。チャレンジスクールでは代替機能を担えない」と語気を強める。小山台の存続を訴える市民団体は、過半数に達している外国籍の生徒への対応などを課題として挙げている。
 神奈川県では、26年度に新入生の募集停止が予定される横浜翠嵐(すいらん)の夜間定時制で、元教員や大学教授でつくる「存続を求める会」が署名集めや反対集会に動いている。小山台と同じく、外国籍の生徒が過半数の同校。「20年以上かけて培ってきた日本語教育や生活指導のノウハウがある」として、計画が公表された22年秋から県教委に撤回を訴えてきたが、話し合いは平行線をたどっている。