国の指示権拡大 恣意的運用の懸念残る(2024年6月7日『東京新聞』-「社説」)

 大規模災害や感染症流行などの非常時に、自治体に対する国の「指示権」を拡大する地方自治法改正案が参院で審議入りした。
 指示権拡大がなぜ必要か、どのような場合に指示権を行使するのか、衆院審議では政府は説明を尽くしたとは言い難い。指示権乱用の懸念が払拭されないなら、成立を強行すべきではない。
 現行法の下で、国が自治体に指示できるのは、災害対策基本法など個別の法律に規定がある場合に限られ、362件の指示・命令規定がある、という。
 政府は指示権拡大が必要な理由について、新型コロナウイルスの感染拡大による行政の混乱を踏まえ「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」に、国が迅速に対応できるようにするためと説明。例示として「大規模な災害」「感染症のまん延」などを盛り込んだ。
 しかし、現行法で対応できない事例について、松本剛明総務相は「具体的に想定しうるものはない」と明確な説明を避けている。
 個別法で具体的な事態を想定できないにもかかわらず、地方自治法の改正による国の権限拡大は、法制定の前提である「立法事実がない」と批判されて当然だ。
 全国知事会村井嘉浩会長(宮城県知事)は指示権拡大の必要性を認める立場だが、衆院総務委員会の参考人質疑で「将来的にどんどん拡大解釈をされることがあってはならない」とくぎを刺した。
 具体的に想定し得ないと言いながら、政府の真の狙いは、武力攻撃事態などの有事に、自治体を国の指示に従わせることにあるのではないか。国会で真実を語らず、白紙委任を強いることは許されない。岸田文雄政権は、国民を代表する国会や地方自治体の懸念と誠実に向き合うべきだ。
 国と地方の関係は、2000年施行の地方分権一括法で、「上下・主従」から「対等・協力」となった。指示権の拡大は以前のような関係に戻し、中央集権国家に逆戻りすることも意味する。
 法案は衆院段階で修正され、指示権の行使後、国会に報告する規定ができたが、行使前に判断できない状況に変わりはない。衆院総務委員会は国と自治体などが事前調整することなどを求める付帯決議をしたが、法的拘束力はない。
 いくら微修正を重ねても、法案の本質は変わらず、時の権力による恣意(しい)的な運用への懸念は残る。