マイナ保険証本格移行(現行の保険証廃止)に関する社説・コラム(2024年11月24・26・29日・12月1・2・3・4・11日)

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(2024年12月11日『新潟日報』-「日報抄」)
 
 小学6年の長男が熱を出した。かかりつけの小児科医院を訪れると、診療時間内のはずなのにドアが閉まっていた。入り口に張られた紙には、3カ月ほど前に閉院したと書いてあった。診療していたのは男性の医師1人で、60代半ばから70代ぐらいだっただろうか。しばし途方に暮れた
医療機関の閉院は増加傾向にある。帝国データバンクがことし公表した調査結果によると、2023年度に全国で休廃業・解散した医療機関は前年度比37・1%増の709件だった
▼運営を断念する背景としては、開業医の高齢化や後継者不在の問題が挙げられた。開業医は65~77歳の年齢層が多く、こうした動きは今後もさらに拡大する可能性が高いという
▼加えてデジタル化への対応もネックになっている。国はマイナンバーカードに保険証機能を持たせた「マイナ保険証」や、紙の処方箋を電子化した「電子処方箋」の普及を推し進める。一方、新潟市の開業医に話を聞くと「初期投資に補助金は出るが、保守は自己負担」といった嘆きが聞こえてきた
▼経営が圧迫され「もう少し続けたいけれど、この際廃業しようと考える医師も出てきた」とも話していた。国の政策が地域医療の担い手の意欲をそいでいるなら残念だ
▼わが家のかかりつけ医の閉院理由は分からないが、心にぽっかり穴が開いたような感覚は収まりそうにない。開業医は住民の健康を支えるだけでなく、いざという時に駆け込める安心感も与

弱者置き去り 許されない/マイナ保険証一本化(2024年12月4日『東奥日報』-「時論」)
 
 医療機関への受診時に使う従来の健康保険証は2日で新規発行が停止された。石破茂首相は自民党総裁選で、マイナンバーカードに保険証機能を持たせたマイナ保険証との併用を選択肢として挙げたが、結局政府はマイナ保険証への一本化を貫く。利用率が十数%という現状での見切り発車はやはり強引だ。
 平将明デジタル相は「新規発行が止まるだけで何も変わらない」と沈静化に努める。政府は何より混乱回避を優先してほしい。保険料を払ってきた人が保険医療を受けるのは当然の権利だ。それが阻害されるようなら公的医療保険制度が揺らぐ。
 人口減少・少子高齢化の日本では、行政もデジタル化を進めなければサービスの質と量を維持できまい。マイナカード利用拡大の方向自体は間違っていない。受診歴などデータに基づく的確な治療、投薬で医療を向上させるマイナ保険証の利点も大きい。
 だがマイナ保険証は、個人情報のひも付けミスや読み取り端末の不具合などが続出。施設で暮らす心身の機能が衰えた高齢者など取得、利用が困難な人も多い。デジタル化は不可避としても不安な人、ついていけない弱者を置き去りにすることは許されない。
 最大2万円分のポイント付与事業の効果もあり、10月の全人口に占めるマイナカード保有者は75.7%。うちマイナ保険証の利用登録を済ませた人は82.0%に上る。だが医療機関や薬局でのマイナ保険証の利用率は15.67%にとどまる。
 政府は「カードは顔写真入りで悪用が困難。プライバシー性の高い個人情報は入っていない」と安全性に理解を求めるが、別人の医療情報の誤登録がもう起きないと太鼓判を押せるのか。
 2日以降は、マイナ保険証を初めて使う人が急増し、トラブルが再燃しかねない。通院手続きが急変するのではと高齢者らが誤解し、行政窓口などへの問い合わせが殺到することも懸念される。国や自治体は不安解消へ一層努力する必要がある。
 代替手段も用意された。従来の保険証も有効期限内なら1年間使える。マイナ保険証がない全ての人には、申請しなくても保険証代わりになる資格確認書が届く。その有効期限は最長5年で更新もできる。端末で読み取れないトラブルの対応策もある。政府は当面を「試行期間」と位置付け、その間にマイナ保険証定着を丁寧に進めるべきだ。
 高速道路の自動料金収受システム(ETC)を想起したい。今や94.7%のドライバーがETCを利用している。それでも使わない人はいる。そのため主要な料金所には「ETC専用」のほかに「一般」が残してある。
 マイナカードに運転免許証機能を持たせた「マイナ免許証」も来年3月24日から使えるようになる。こちらの方は切り替えが任意で、従来の免許証のままでもいいし、両方持つことも可能だ。
 従来の免許証がないと運転できない国が海外にあることを考慮したとはいえ、政府は免許証に「二筋道」を許す一方、保険証はマイナカード普及を加速するため無理に一本化することに、合理的な説明がつくだろうか。平デジタル相はマイナ保険証を巡り「誰一人取り残さない」と言う。ならば従来の保険証もずっと使える「二筋道」に戻すのが最善ではないか。

マイナ保険証一本化 情報発信で不安払拭を(2024年12月4日『秋田魁新報』-「社説」)
 
 医療機関で受診する際に提示する従来の健康保険証の新規発行が2日に停止され、保険証機能をマイナンバーカードに持たせた「マイナ保険証」に一本化する体制がスタートした。ただ従来型は発行停止後も最長1年有効で、マイナ保険証を持たない人は代わりに発行される「資格確認書」でも受診できる。
 保険料を払っている人が保険医療を安心して受けることは当然の権利だ。マイナ保険証を持っていなくても受診できる代替手段について、政府は丁寧に情報発信しなければならない。
 10月のマイナカード保有者は全人口の75・7%。このうちマイナ保険証の利用登録をした人は82・0%に上る一方、医療機関や薬局でのマイナ保険証の利用率は15・67%にとどまる。
 マイナ保険証に一本化するという政府の方針が示されたのは2022年10月。自治体や保険組合に利用登録の申請が殺到した。その対応の負担から、他人の情報をひも付けするミスが全国で多発した。
 こうした状況に対する不安、不信が利用率の低迷につながっているとみられ、利用登録を解除する人も出ている。マイナ保険証への一本化は、マイナカードの普及促進が主な狙いだ。普及を急ぐあまり、ミスが続出したと言わざるを得ない。政府は再発防止を一層徹底し、信頼回復に努めるべきだ。
 全国保険医団体連合会が8~9月に実施した調査によると、加盟医療機関の70・1%が5月以降、マイナ保険証を端末で読み取れなかったり、端末の表示情報が文字化けしたりするといったトラブルを経験した。従来の保険証の存続を求める回答は88・1%に上っている。
 端末の不具合で本人確認ができず、医療費を全額請求される事例も各地で起きている。マイナ保険証を読み取れない場合、既に配布が始まっているカード型の「資格情報のお知らせ」が必要だ。マイナ保険証とセットで提示することが求められる。
 保険証、確認書、お知らせといろいろあることで、戸惑う人もいるのではないか。使い方で混乱しないよう周知を図らなければならない。
 行政の効率化やコスト低減のため、政府はデジタル化を進めている。マイナ保険証のメリットについては、患者の同意があれば、過去の医療情報を医師が確認できるなどとして「より良い医療が受けられる」という主張だ。だがそれも安心して使えてこそだろう。
 高齢者や障害者への配慮が足りないとの指摘もある。外出が困難な人はマイナカードを取得すること自体が難しい。
 マイナ保険証を持たなくても資格確認書が発行されるとはいえ、これまで通り安心して受診できるようにするためには、マイナ保険証と従来型の併用を可能にすることが最良の方法ではないか。デジタル弱者を置き去りにしないことが重要である。

「信用」の裏打ちを、利用率伸びぬマイナ保険証(2024年12月4日『産経新聞』-「産経抄」)
 
 日本銀行が発行する紙幣は、表と裏に精巧な印刷が施されている。数少ない例外もある。昭和2年発行の「乙二百円券」は裏が無地だった。その年に起きた金融恐慌で、預金者の取り付け騒ぎが全国に広がったことが背景にある。
▼短期間で印刷された500万枚余りは、各地の銀行に搬送された。窓口に積まれた札束は預金者を落ち着かせ、騒ぎを鎮めている。「裏書き」や「裏打ち」は確実さの証明を意味する。すぐに回収された裏白のお札だが、日銀の「信用」が価値を裏打ちしたのは言うまでもない。
▼こちらは信用不安の表れだろうか。国民の個人情報を預かる券面が、利用者の不信感を拭い切れていない。マイナンバーカードに健康保険証の機能を持たせた「マイナ保険証」である。普及が進まないうちに先日、現行保険証の発行が停止された。
▼マイナカードは約75%の人が持っている。このうち8割超がマイナ保険証として登録済みだが、利用率は伸び悩む。1人1枚のカードが他人の情報とひも付けられた騒ぎは記憶に新しい。ましてや病歴などの情報につながる保険証である。利用に慎重な人が多いのも無理はない。
▼デジタル化を急いだ報いだろう。いまの保険証はあと1年使える。政府や自治体にはその間に、マイナ保険証の利点や手続きの周知などを通じ、信用不安を拭ってもらおう。「デジタル弱者」と呼ばれる高齢者らの置き去りは、沙汰の限りである。
▼産経歌壇に以前載った一首を。<小三が個人情報漏らすなと通知表の口止めをする>栄弘子。通知表が子供の名誉に関わる個人情報とすれば、マイナ保険証が扱うのは命に関わる個人情報である。普及を望むのなら、国民の眼鏡にかなう「信用」の裏打ちを。

マイナ保険証/国民の不安払拭に全力を(2024年12月4日『神戸新聞』-「社説」)
 
 現行の健康保険証の新規発行が停止され、マイナンバーカードに保険証機能を持たせた「マイナ保険証」を基本とする体制に移行した。政府は混乱防止へ制度の信頼性や利便性の向上に力を尽くし、国民の理解を広げていかねばならない。
 従来の保険証が直ちに使えなくなるわけではない。発行済みの保険証は最長で2025年12月1日まで利用できる。マイナ保険証がない人には、保険証の代わりとなる最長5年間有効の「資格確認書」が順次交付される。認知症患者らを想定し、顔認証に特化した暗証番号の設定が不要なカードも発行する。
 さらに、資格確認書と似た名称の「資格情報のお知らせ」が健康保険組合などから届く人もいるが、単独では使えない。マイナ保険証が読み取り機の不具合などで使えない場合に併せて提示する文書だ。
 当面は医療機関での本人確認に複数の保険証や文書が混在し、混乱に拍車がかかりかねない。石破茂首相は衆院代表質問でマイナ保険証に一本化する政府方針を見直さないとした上で「丁寧に周知し、国民の不安に迅速に応える」などと述べた。
 マイナカードの保有率は今年10月末時点で75・7%となる一方、マイナ保険証としての医療機関や薬局での利用率は15・67%にとどまる。現行の保険証と比べて利便性が感じられず、個人情報が漏えいする不安と不信が拭えないからだ。
 政府は患者の同意があれば、過去の診療情報を医師が確認できるなどとして「よりよい医療が受けられる」とメリットを強調する。しかし今でも、マイナ保険証の読み取り機が正常に作動せず、本人確認ができずに患者が医療費を全額請求される事例も後を絶たない。安心して利用するには程遠い状況が続く。
 現行保険証の廃止は22年10月、当時の河野太郎デジタル相が突如表明した。医療機関自治体への配慮を欠いたまま、問題に対処するためにその場しのぎの修正を重ねてきた。現場に混乱とトラブルを招いた責任は強引に進めた政府にある。
 忘れてはならないのがデジタルに不慣れな高齢者や障害者の存在だ。端末が統一されず、暗証番号の入力に手間取るなど使いづらさが指摘される。25年3月から始まる運転免許証機能を持たせた「マイナ免許証」は現行の免許証と併用可能だ。なぜ保険証は同様の対応が取れないのか。医療機関の利用機会が多い人が不利益を被らないよう配慮が要る。
 そもそも、マイナ保険証の取得は任意である。普及には利用者の納得と信頼が欠かせない。原点に立ち返り、25年12月以降も現行の保険証を併存させるべきだ。

マイナ保険証 混乱拡大の懸念拭えない(2024年12月4日『山陽新聞』-「社説」)
 
 健康保険証の新規発行が2日から停止された。政府が、マイナンバーカードに保険証の機能を加えた「マイナ保険証」への切り替えを推奨しているためだ。
 ただ、従来の保険証は有効期限内であれば来年12月1日まで使用できる。マイナ保険証を持たない人には期限までに保険証の代替となる「資格確認書」が届く。申請は必要なく、有効期限は5年で以後も更新可能だ。
 だが、現行の保険証がすでに利用できなくなったと勘違いしている人もいる。マイナ保険証がなくてもこれまで通り医療を受けられることを政府は丁寧に周知すべきだ。
 医療現場では当面、従来の保険証、マイナ保険証、資格確認書が併存する。これに加え、健康保険組合などから「資格情報のお知らせ」という紙を受け取った人もいる。マイナ保険証が医療機関の読み取り機の不具合などで使えない場合に提示する。この紙についての周知も十分でない。
 今年10月末時点で、国民の約6割がマイナ保険証を所持している。しかし、医療機関の窓口での利用率は15%程度にとどまる。昨年、マイナ保険証に他人の個人情報がひも付けされるといったミスが相次ぎ、国民の間に不信感が高まったことが要因だろう。
 政府の強引な進め方も不信感を助長している。2022年6月に閣議決定された経済財政運営指針「骨太方針」では現行保険証とマイナ保険証の選択制が記されていた。にもかかわらず同10月、当時の河野太郎デジタル相が唐突に現行保険証の廃止を発表した経緯がある。
 医療機関でのトラブルも続く。全国保険医団体連合会の今年8~9月の調査では回答した医療機関の約7割で読み取り機の不具合などトラブルが発生。医療機関の多くは患者が持っていた現行の保険証を確認して対応したという。
 マイナカードのICチップに記載されている電子証明書は5年ごとに行政窓口に出向いて更新する必要がある。更新が行われていないとマイナ保険証が利用できず、既にトラブルも起きている。こうした情報の周知も必要だ。
 そもそも、マイナカードの取得は法律上、任意だ。政府は来年3月に運転免許証の機能を持たせた「マイナ免許証」を導入する予定だが、こちらは現行の免許証との併用を認めている。ならば保険証とも併用できるべきだろう。
 政府はマイナ保険証を活用すれば患者の同意のもとで医師が過去の薬の処方歴などを閲覧でき、適切な治療につながる利点があると説明する。ただ、現状では最新の情報が反映されないなど、システム構築は途上と指摘される。
 石破茂首相は9月の自民党総裁選で現行保険証の廃止時期の見直しに言及したが、首相就任後は従来の方針を追認した。現行保険証がなくなる1年後、さらに混乱が拡大しないか、懸念は拭えない。

マイナ保険証 政府は混乱防止に力を尽くせ(2024年12月3日『読売新聞』-「社説」)
 
 政治の強引な決定が国民生活の混乱を招いてしまった。これまで同様、誰もが不安を感じることなく、医療機関を受診できるよう万全の体制を整えることが急務だ。
 健康保険証の新規発行が停止された。今後は保険証の機能を持たせたマイナンバーカード「マイナ保険証」の使用が原則となる。
 マイナ保険証を持たない人には、健康保険組合や市町村が「資格確認書」を交付する。資格確認書の有効期限は最長5年だ。
 当面は、会社員が加入している健康保険組合の保険証も、最長で1年間、継続して使用できる。
 一方、75歳以上が対象の後期高齢者医療保険の保険証は、大半が来夏に有効期限が切れるという。政府は来夏に再び混乱が広がらぬよう、高齢者らへの対応を優先せねばならない。
 保険証一枚でどの医療機関も受診できる体制を、かえって煩雑にしてしまった責任は国にある。
 政府は2022年、2年後をめどに「マイナ保険証と保険証の選択制の導入を目指す」という方針を決めた。ところが、当時の河野太郎デジタル相が22年10月、唐突に保険証を廃止し、マイナ保険証に一本化する方針を表明した。
 その後、マイナ保険証に他人の情報が 紐 ひも 付けられるなどのミスが次々に発覚したが、政府は総点検の結果、「国民の不安は 払拭 ふっしょく された」とし、導入を予定通り進めることを正式に決めた。
 だが、今もなお、通信の不具合が原因でマイナ保険証を読み取るカードリーダーが機能しない、といった事例は続いている。
 病院や薬局でのマイナ保険証の利用率は今年10月時点で15%にとどまっている。マイナ保険証に対する不信感が根強く残っているためなのは明らかだ。
 行政がデジタル化を進めることは大切だ。転出入の届け出や子育て関連の申請がオンラインでできれば、利便性は向上しよう。
 ただ、国民生活に重大な影響を与える改革は、関係者の理解を得ながら着実に進めるのが筋だ。政府はそうした努力を 蔑 ないがし ろにしたと言わざるを得ない。
 マイナ保険証を持っていない人、持っていても使い方の分からない人など、国民の間にはどう医療機関を受診すればいいのか不安が生じている。政府は丁寧に説明を重ねていくべきだ。
 今後の状況次第では、最長1年間としている現行の保険証の使用期間を延長することも、検討の対象となるだろう。

マイナ保険証移行 混乱回避へ丁寧な説明を(2024年12月3日『産経新聞』-「主張」)
 
 現行の健康保険証の新規発行が2日から停止され、マイナンバーカードと健康保険証を一体化した「マイナ保険証」への本格的な移行が始まった。
 マイナカードの保有者は10月末時点で全人口の75・7%に達している。このうち8割を超える人がマイナ保険証としても登録済みだ。
 だが、利用率は15・67%にとどまっている。紛失の心配や個人情報がまとまって管理される不安などにくわえ、別人の情報がひも付けられたりした過去のトラブルが不信感につながっていることは否めない。
 トラブルの一因になったのは、令和4年10月にデジタル相だった河野太郎氏が現行保険証を6年秋に廃止すると唐突に表明したことがある。マイナ保険証申請が急増し、ミスの多発につながった。
 国民の間には、政府が普及を急ぐあまり対策がおろそかになったという不信感が根強くある。政府は不安払拭に全力を挙げ、混乱回避に努めなければならない。
 そのために必要になるのは、丁寧な情報提供だ。まずはマイナ保険証を持たない人に対して、これまで通り保険診療を受けられることを周知する必要がある。現行の健康保険証も有効期限内であれば、来年12月1日まで使用が可能だ。
 マイナ保険証がない人には、今の保険証の有効期限内に代わりとなる「資格確認書」が届く。申請は不要だ。有効期限は最長5年で、更新もできる。
 国民にマイナ保険証のメリットを実感してもらうことも欠かせない。マイナ保険証によって医師らは、患者の同意があれば薬の処方歴や診療情報などを共有することができ、より質の高い医療の提供が期待できる。医療費控除を受けるための確定申告手続きも簡潔になる。
 こうしたメリットを最大限に生かすには、医療機関や薬局側のインフラ整備も必要になる。医療機関の間で患者のアレルギーなどの詳しい医療情報の共有は来年以降に順次始まる予定という。医療機関側のインフラ整備を急ぎたい。
 質の高い医療を安全に提供するために、デジタル化は欠かせない。だが、国民の信頼あってこそのデジタル化である。マイナ保険証の移行に当たり、そのことを忘れてはならない。

マイナ保険証 円滑な併用に力を尽くせ(2024年12月3日『西日本新聞』-「社説」)
 
 国民が制度を信頼していないのに、政府は普及を急ぎ過ぎた。不信感を解消しないことには、この先も利用者はなかなか増えないだろう。
 現行の健康保険証の新規発行が、きのうで停止された。政府はマイナンバーカードに保険証の機能を加えた「マイナ保険証」への切り替えを推奨している。
 さまざまな普及策に多額の公費をかけたものの、国民の反応は芳しくない。
 マイナカードは、買い物などに使えるポイントを付与するキャンペーン効果もあってか、10月末時点で国民の4分の3が保有している。このうち8割強はマイナ保険証の利用登録を済ませた。
 ところが、医療機関や薬局での利用率は10月で15・67%にとどまる。低迷している理由は明らかだ。
 他人の情報が誤ってひも付けされるといったトラブルが全国で相次ぎ、個人情報の取り扱いに対する不安、不信感が拭えないからである。
 福岡県保険医協会などが今年夏、県内の医療機関を対象にアンケートをしたところ、回答者の約7割がマイナ保険証に関して「トラブルがあった」と答えた。
 マイナ保険証を読み取るカードリーダーの認証エラー、名前や住所が正しく表記されないなどだ。「現行の保険証を残すべきだ」と7割超が回答している。医療現場にも、マイナ保険証への一本化に懐疑的な見方が根強い。
 現行の健康保険証の廃止は2022年10月、当時の河野太郎デジタル相が唐突に表明した。医療機関自治体への配慮を欠いたまま進めたことが、ミスの増加や混乱に拍車をかけたのではないか。
 トラブルの詳細を見ると、マイナ保険証のシステムは完全でないことが分かる。医療機関の窓口でマイナ保険証が使えず、医療費の10割負担を請求された事例もある。政府は患者や医療現場が振り回された事実を省みるべきだ。
 新たな保険証の発行停止に戸惑う人がいるかもしれないが、保険診療はこれまで通り受けることができる。
 発行済みの保険証は最長で1年間使える。マイナ保険証がない人には保険証代わりの資格確認書が届く。申請は不要で、最長5年間は有効だ。当面は併用が続く。
 医療分野のデジタル化には利用価値への理解と信頼が欠かせない。
 マイナ保険証を使うと、複数の医療機関を受診した際、医師や薬剤師が診療歴や薬の処方歴を相互に確認でき、より適切な医療の提供につなげられる。検査の重複、薬の危険な飲み合わせを避けることも容易になる。
 まだ最新情報が反映されるまでに時間がかかるようだ。利点を分かりやすく伝える工夫を求めたい。
 そもそもマイナカードの取得は任意である。それを前提に、政府は医療現場の混乱を防がなくてはならない。 

マイナ保険証 混乱やトラブル防げるか(2024年12月2日『新潟日報』-「社説」)
 
 医療機関での混乱やトラブルを防げるか、懸念される。現状では利用者の不安を払拭できたとは言い難い。政府はスケジュールありきではなく、安心できる体制構築を第一に進めてほしい。
 
 現行の健康保険証の新規発行が2日、停止された。マイナンバーカードに保険証の機能を持たせた「マイナ保険証」への移行が本格的に始まるためだ。
 ただ、発行済みの現行保険証は有効期限内ならば、最長で2025年12月1日まで利用できる。
 マイナ保険証を持っていない人には保険証代わりとなる「資格確認書」が届けられ、最長5年間は使用できる。
 医療機関での本人確認方法は当面、3種類が混在する形になる。
 さらに、「資格確認書」と似た名称の「資格情報のお知らせ」が自治体などから届く人もいるが、単独では利用できない。トラブルでマイナ保険証が医療機関で読み取れない時に、マイナ保険証とセットで提示し使うものだ。
 医療機関だけでなく患者らも、利用時には注意が必要になる。
 政府はマイナ保険証のメリットに、データに基づいた治療法の選択や過剰な投薬防止ができることを挙げ、「より良い医療が受けられる」としている。
 しかし、既に医療機関では、本人確認のための顔認証や患者本人による暗証番号の入力がスムーズにいかないといったことが起きている。今後切り替えが進めば、さらにトラブルが増えかねない。
 マイナカードの保有率は、24年10月末で全人口の75・7%となり、そのうち保険証登録を済ませた人は8割を超えている。
 だが実際に医療機関や薬局でマイナ保険証を利用したのは、15・6%にとどまる。背景には、マイナンバーを巡る情報のひも付け誤りで混乱が生じたことへの国民の根強い不信感がある。
 新潟日報社など地方紙が今夏に実施したアンケートでは、マイナカードを持っているが、健康保険証として使わない理由について、「従来の健康保険証が使いやすい」「情報漏えいが不安」を挙げる人が多かった。
 体の不自由な人にはむしろ手間が増え「診療を受けるためのハードルが上がるのでは」と懸念する声が出ている。
 こうした現実を政府はしっかりと受け止めねばならない。
 デジタル化を進めるならば、医療機関を利用する機会が多い高齢者や障害者にとっても不安のない仕組みにすることが求められる。
 石破茂首相は臨時国会所信表明演説で保険証の切り替えについて触れ「国民の不安には迅速に応え、丁寧に対応する」と述べた。
 個人情報保護の備えを万全にすることが必須だ。拙速なデジタル化によって国民が不便になることがないようにもしてもらいたい。

【保険証の廃止】混乱招かぬ体制強化を(2024年12月2日『高知新聞』-「社説」)
 
 依然としてトラブルは続き、利用率も低迷する。国民の不安が払拭されたとは言い難い状況だ。期限ありきで強引に推し進めた政府の責任は重い。
 きょうから現行の健康保険証が新たに発行されなくなる。マイナンバーカードに保険証機能を持たせたマイナ保険証に一本化されるためだ。
 ただ、発行済みの保険証は最長1年間使える。マイナ保険証を持たない人には最長5年間有効の資格確認書が届き、保険証の代わりとなる。
 当面は本人確認の方法が複数併存することになる。新たな混乱や負担を招きかねない。政府には利用者や医療現場に寄り添った対応が求められる。
 保険証の廃止は2022年、当時の河野太郎デジタル相が表明した。本来、任意のはずであるマイナカード取得を事実上義務化し、普及を急ぐ狙いがあったことは明らかだ。
 取得者へのポイント付与事業もあり、マイナカードの保有率は全人口の7割を超え、うち約8割が保険証の利用登録を済ませている。それにもかかわらずマイナ保険証の利用率は2割に満たない。
 普及が進まない要因の一つとして指摘されるのが、個人情報のひも付け誤りだ。
 昨春以降、別人の医療情報がひも付けされたり、希望していない人のカードに保険証機能が付与されたりするなどのミスが各地で続出した。情報流出を警戒し、利用登録を解除する人も出ている。
 高齢者や障害者の間でも懸念が高まる。暗証番号の入力や顔認証の際に支障が出るケースがある。そもそもマイナカード取得に苦慮する人もいる。政府が掲げる「誰一人取り残されない」というデジタル化の理念に反すると言える。
 医療現場にも混乱が広がる。読み取り機のエラーで本人確認ができず、患者にいったん医療費を全額請求するといったトラブルも報告されている。全国保険医団体連合会の調査では、9割近い医療機関が保険証の存続を求めると答えた。
 マイナ保険証について政府は、薬の処方歴や健診結果が医療機関の間で共有できるといったメリットを挙げる。デジタル化は医療の質の向上や効率化につながるが、使う側の不安を解消し、利便性を理解してもらうことが前提となる。現状は多くの国民を置き去りにしており、利用が進まないのは当然だ。
 一方、来年3月には運転免許証機能を持たせたマイナ免許証の運用も始まる。ところが、マイナ免許証については政府は現行免許証との併用を認める。現地での運転に従来の免許証が必要な国があることが考慮されたというが、なぜ同様に保険証も併用できないのか。同じマイナカードで対応がちぐはぐでは、ますます理解が得られないだろう。
 石破茂首相も自民党総裁選では併用を「選択肢」と明言していた。だが、結局は従来の方針を踏襲した。さらなる混乱を招かないよう、体制を強化するべきだ。

現行保険証「廃止」 一本化強制せず併用を(2024年12月2日『沖縄タイムス』-「社説」)
 
 医療機関への受診時に使う現行の健康保険証は、きょう2日で新規発行が停止される。
 マイナ保険証への一本化に向けてあらわになったのは、政府の強引なやり方だ。国民の根強い不信と懸念を置き去りにした見切り発車と言わざるを得ない。
 政府は「デジタル社会のパスポート」と位置付けるマイナンバーカードの普及を目指し、2022年、健康保険証の廃止とマイナカードに保険証機能を持たせたマイナ保険証への一本化を表明した。
 マイナ保険証はマイナカードを取得し、利用登録することで使える。医療機関や薬局の窓口にある読み取り機にかざせば、顔認証や暗証番号の入力などで本人確認ができる。患者が同意すれば、医師らが受診歴や薬の処方歴などを閲覧できる。
 政府はデータに基づいた治療法の選択や、過剰な投薬が防止できるとしてメリットを強調する。
 しかし10月時点の利用率は15・67%と低迷している。都道府県別では沖縄が最も低い7・43%。一本化には程遠い状況だ。
 普及が進まない要因の一つが、マイナンバーを巡る別人情報のひも付けなどミスが相次いだこと。全国保険医団体連合会の調査では、7割に当たる医療機関が5月以降にマイナ保険証のトラブルを経験したと答えている。
 個人のプライバシー、時に命にも関わるデリケートでセンシティブな情報だけに不安を覚える人は少なくない。
■    ■
 そもそもマイナカードの取得は任意である。
 他方、健康保険証は病気やけがなどの際、必要な医療を受けるためになくてはならないもの。それが廃止され一本化されるのは、カード取得の義務化にほかならない。
 2年前、当時の河野太郎デジタル相が一本化を発表したのも唐突だった。マイナカードを定着させたいため強行策に踏み切った形だ。
 さらにカード普及に向けては、住民の取得率を自治体の交付税配分に反映させるとした政府の手法も批判を浴びた。
 プライバシー侵害への懸念からドイツやフランスでは行政分野ごとに異なる番号が使われている。
 個人番号を確認できるICチップ付き身分証と健康保険証を一本化させているのは先進7カ国では日本だけである。
■    ■
 急速なデジタル化や唐突な一本化に、特に高齢者や障がいを持った人たちは戸惑いを隠せない。
 発行済みの健康保険証は最長1年間使える。マイナ保険証を持たない人には保険証代わりになる資格確認書が交付される。
 しかし、それでも不安は尽きない。
 一本化を巡り石破茂首相は自民党総裁選で「納得しない人がいっぱいいれば、併用も選択肢として当然だ」と発言している。
 カード取得を一方的に強制せず、現行保険証を使い続ける道を残すべきだ。

(2024年12月1日『秋田魁新報』-「北斗星」)
 
 月めくりのカレンダーは最後の1枚を残すだけとなった。本格的な冬の訪れとともに、何かと気ぜわしい年の瀬を迎える。あすには現行の健康保険証の新規発行が停止され、「マイナ保険証」を基本とする仕組みに移行する
▼といってもいまの保険証があすからすぐに使えなくなるというわけではない。最長1年間は現行保険証が使え、マイナ保険証を持っていない人には「資格確認書」が送られて保険証の代わりとして使用できる
▼「マイナンバーカードは交付されて以来、ずっとたんすの奥にしまい込んだまま」。これは10月下旬の本紙・声の十字路に載った由利本荘市矢島町の男性(80)の投稿。うなずかれる方も少なくないだろう
▼マイナ保険証の利用率は9月時点で全国、本県とも13%台と低迷。情報のひも付け誤りなどによる不信感も背景にある。障害があって使えない、使い方が不安といった人も含め、従来の保険証を使い続けているようだ
▼たんすの奥にしまったカードに暗証番号のメモが添えられているとは限らない。眼鏡やマスクの脱着など、顔認証にも不安が募ろう。さまざまな患者を迎える医療機関側でも不安の種は尽きない
▼紹介した投稿は買い物したスーパーで自動精算機に戸惑った体験談が中心で題名は「“アナログおじさん”の苦労」。政府は誰一人取り残さないデジタル化を掲げてきた。アナログおじさんも安心して使える仕組みづくりを実現した上で推進の旗を振ってもらわなくては。

マイナ保険証 移行せかさず不安解消を(2024年12月1日『熊本日日新聞』-「社説」)
 
 マイナンバーカードに健康保険証の機能を持たせた「マイナ保険証」移行に向け、現行の保険証はあすから新規発行が停止される。受診への影響、医療現場の混乱を避けなくてはならない。政府はマイナ移行をせかすのではなく、国民の不安解消に努めるべきだ。
 手元にある保険証はすぐには失効せず、有効期間内なら最長1年間は受診できる。マイナ保険証を持たない人には最長5年間有効の「資格確認書」が届き、保険証代わりに使える。
 この経過措置の間、医療機関の窓口では①マイナ保険証②従来の保険証③資格確認書-による本人確認が混在する。受診機会の多い高齢者らが戸惑ったり、病院がスムーズに対応できなかったりすれば、これまで便利で安心だった保険診療の改悪になりかねない。
 石破茂首相は先週、所信表明で「国民の不安には迅速に応え、丁寧に対応する」と述べた。今後、マイナ保険証を初めて使う人が急増し、病院や行政窓口などへの問い合わせが殺到する恐れもある。国や自治体は相談対応に万全を期してほしい。それが運用上の課題を浮き彫りにするはずだ。
 マイナ一本化に困難を伴うのであれば、政府は方針転換をためらうべきではない。マイナ保険証とともに、従来の保険証をずっと使えるようにするなど柔軟な対応も必要になるだろう。国民のニーズにかなう仕組みが望ましい。
 マイナカードはポイント付与の効果もあり、国民の約75%が持っている。うち8割超が保険証の利用登録を済ませたものの、10月の利用率は15%ほどにとどまる。
 利用をためらう一因は、個人情報のひも付けミスや読み取り端末の不具合などが相次いだからだ。政府は「カードは顔写真入りで悪用が困難。プライバシー性の高い個人情報は入っていない」と優位性を強調するものの、便利さより不安が先立つ。別人の医療情報が誤登録されるような事態が起きれば、命にもかかわりかねない。
 もちろん、マイナ保険証に利点はある。医療機関が受診歴や薬の処方歴などを共有できるため、データに基づく的確で安全な治療につながる。検査や投薬の重複を避ければ、医療費を減らせる。医療のデジタル化は必要だが、マイナカードの取得や利用が困難、苦手な人もいる。デジタル弱者に寄り添った対応が欠かせない。
 マイナカードに運転免許証の機能を持たせた「マイナ免許証」も来春から使えるようになる。こちらは従来の免許証のままでも、両方持つこともできる。保険証でも併用する運用は可能だろう。
 そもそも、カード取得と保険証登録は任意だ。国民皆保険の制度になじみづらいのに、政府は現行保険証の廃止をカード普及に利用した。首相は自民党総裁選で、保険証の併用を選択肢として挙げていた。野党にも併用を求める声がある。国会で改めて議論してほしい。国にナンバーを割り振られた国民の信頼と理解なくして、行政のデジタル化は進まない。

マイナ保険証(2024年12月1日『佐賀新聞』-「有明抄」
 
 初めてのお医者さんの前に座る。「おや、目が充血していますね」。顔を見るなり言葉をかけられ、なんだかうれしかった…。人気歌人穂村弘さんが書いている
◆新聞や雑誌で短歌欄の選者を務める穂村さんの元には、日常の出来事を詠んだ投稿が数多く寄せられる。よくあるのが「お医者さんがパソコンの画面ばかり見て私の顔を見てくれない」という嘆きの歌。診察室では患者の目の充血や顔色といった生身のデータより、精度の高い数値が重んじられる
◆あす2日から、現行の健康保険証は新規発行されなくなり、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」に移行する。ただ、全国の利用率は10月末で15%台と浸透はいまひとつ。他人の個人情報がひも付けられるミスや、読み取り機の不具合など相次ぐトラブルが原因というが、それだけだろうか
◆マイナ保険証で検査や薬の重複がなくなり、持病を考慮した治療が可能に。将来は医療費も抑制できる…。未来図はバラ色だが、パソコンから目を離し患者に向き合ってくれるかどうか
◆「任意」だったはずのカード取得がいつの間にか「強制」に変わる。高齢者や体の不自由なデジタル弱者への目配りは十分だろうか。「医」という漢字は中心に「矢」を構えている。病巣だけでなく、診察を受ける側の不安を射抜く矢であってほしい。(桑)

マイナ保険証の利用移行へ備えを厚く(2024年11月29日『日本経済新聞』-「社説」)
 
 マイナンバーカードと健康保険証を一体化したマイナ保険証への移行に向け、12月2日に従来の保険証の新規発行が停止される。マイナ保険証は医療のデジタル化の要となる。利用移行が円滑に進むように入念に備えてほしい。
 発行済みの保険証は12月2日以降も有効期限が切れるまで最長1年間は利用できる。またマイナ保険証を持っていない人には、今の保険証の有効期限が切れる前に加入する医療保険から資格確認書が届く。最長で5年間は保険証の代わりに使用できるものだ。
 当面の課題はマイナ保険証を持つ人が円滑に利用できるようにすることだ。従来の保険証の有効期限が切れると、診察時に使用できるのはマイナ保険証だけになる。窓口にある顔認証カードリーダーで資格確認するという、今までとは異なる手続きが要る。
 マイナ保険証の保有者で診察時に1回でも使った経験がある人は9月時点で約5割。カードリーダーの利用は慣れれば簡単だが、はじめは戸惑う人もいるだろう。
 心配なのは保険証を確認できないトラブルだ。顔認証カードリーダーは、逆光下やカメラに顔を近づけすぎた場合にはうまく作動しない。別の確認手段である暗証番号を患者が思い出せないケースもありうる。その際は職員が目視で確認するが、窓口の混乱を防ぐ円滑な対応が望まれる。
 マイナ保険証に未対応の医療機関を受診する場合も混乱が起きかねない。病院と薬局はほぼ対応済みだが、診療所の1割程度は9月時点で運用が始まっていない。こうした施設で受診するにはマイナ保険証の保有者に送付される「資格情報のお知らせ」という書類を提示する必要があるが、これを認識している人は少ないはずだ。
 1歳未満の乳児に顔写真のないマイナンバーカードを原則1週間で交付する「特急発行」の仕組みもあまり知られていない。
 マイナ保険証の確認システムは従来の保険証よりも優れている。厚生労働省の10月中旬の調査によると、資格を確認できないトラブルの発生率は、従来の保険証の1.9〜11.1%に対し、マイナ保険証は0.2%と低い。
 それでも不慣れな移行期にトラブルが相次ぐと、国民に制度への不信が募りかねない。行政、医療機関、保険者はさまざまなケースの対応策にしっかり備え、国民への周知にも力を注いでほしい。

マイナ保険証 本格移行に懸念消えぬ(2024年11月26日『北海道新聞』-「社説」)
 
 健康保険証の新規発行廃止が来週月曜に迫った。マイナ保険証移行が本格化するが、情報漏えいへの不安は強く、先月の利用率はわずか15.67%である。
 政府は「すぐ今の保険証が使えないわけではない」と弁明に躍起だ。発行済み保険証は最長1年間利用でき、マイナ保険証を持たない人には最長5年間有効の資格確認書が届くという。
 ただし、その場しのぎに過ぎず、3種類の本人確認が混在し逆に現場は戸惑いかねない。
 人手不足対策や医療費のムダをなくすためデジタル化が必要なのは理解できる。だが当初任意だったマイナ保険証がなぜ義務化に転換したのか、政府は納得のいく説明をしていない。
 来年7月末で今の後期高齢者医療の保険証は使えなくなる。石破茂首相はマイナ保険証一本化の工程を見直すべきだ。
 政府はマイナ保険証だと薬剤情報や受診履歴などを医療機関が共有でき、患者も税の医療費控除が簡単になると説明する。
 とはいえ現時点で血液検査やCT画像などは共有できない。医療費控除で認められた交通代などは自動入力されず、確定申告の手間は残る。システム構築が不完全のまま、患者にデジタル化を求めるのはおかしい。
 国民の4人に3人がマイナカードを持つようになったが、保険証利用が進まないのはメリットを実感できぬからであろう。
 そもそも推進するはずの国家公務員の利用率は9月実績で平均以下の13.58%にとどまる。
 マイナ保険証は5年ごとに電子証明書を更新しないと使えない。更新せぬまま転居などでマイナカードを再交付する場合、手元に保険証がなくならないような対策を示す必要もある。
 免許証では既存のものとマイナを併用させる方針だ。かつて政府は保険証でも同様に選択できる余地を残していた。
 だが2年前に当時の河野太郎デジタル相が突然「完全廃止」方針を打ち出し、その後法制化された。ポイント還元策とともに、低迷していたマイナカード普及を促す狙いとみられる。
 マイナンバーは税と社会保険の公平で効率的な運用を名目に、国民全員へ番号を割り振り管理する構想から始まった。
 医療情報まで同一番号にひも付ける必要はない。ドイツ、フランス、オーストラリアなどでは個人情報保護の観点から分野ごとに別々の番号という。
 以前マイナ保険証の移行時期見直しに言及した石破氏だが、首相就任後は前政権方針を踏襲した。変節ぶりが衆院選敗北を招いたことを自覚してほしい。

現行の健康保険証/廃止ありきでいいか疑問だ(2024年11月26日『福島民友新聞』-「社説」)
 
 国民の不安や不信感はいまだ解消されていない。廃止に突き進むのではなく、理解醸成と現場の混乱を招かないために十分な時間を確保することが重要だ。
 マイナンバーカードに健康保険証の機能を持たせた「マイナ保険証」への移行に伴う、現行の健康保険証の廃止期限が12月2日に迫っている。発行済みの保険証は最長1年間は使用できるが、期限以降は新規に発行されない。
 健康保険証の廃止はマイナカード取得の事実上の義務化だが、10月末時点でカードを取得したのは国民全体の7割程度にとどまる。厚生労働省によると、カード保有者のマイナ保険証の登録は8割に上るものの利用率は低調だ。本県の利用率は2割に届いていない。
 背景には情報漏えいなどへの不安があるようだ。カードのICチップに病歴などの情報は記録されていないため、カードを紛失しても医療関連の情報漏えいの可能性は低いが、保有者の半数は常に携行していない。マイナンバーと保険証のひも付けミスが相次いだことも国民の不信感につながっているとみられる。
 マイナ保険証は医師が薬の処方歴や特定健診の結果を見て、治療に生かせるなどの利点がある。こうした安全性や利便性について理解を得られていないことが、利用率低迷の要因なのは明らかだ。政府は現行の健康保険証の使用期間を延長するなどして、国民の理解を得る取り組みを強化すべきだ。
 マイナ保険証をめぐっては、通信障害などのトラブルが懸念されている。全国保険医団体連合会が実施した調査では全国の約1万3000の医療機関のうち、7割の医療機関でカードを端末で読み取れない、表示された情報が文字化けしたーなどを経験している。多くの医療機関は、患者が持ち合わせた現行の健康保険証で医療保険の資格などを確認したという。
 通信障害などが長時間続けば、現場の混乱は避けられない。トラブル発生時などを見据え、9割近くの医療機関が健康保険証の存続を求めている。政府は複数のトラブルが同時に発生することなどを想定し、医療行為に支障を来さないよう対策を講じる必要がある。
 マイナカードに運転免許証機能を持たせた「マイナ免許証」が来年3月に導入される。こちらは導入後も従来の運転免許証が使え、両方を持つことも可能だ。一部の外国で現地での運転に従来の免許証が必要なことが考慮された。運転免許証は可能で、なぜ健康保険証ではできないのか。政府には国民が納得できる説明を求めたい。

現行の保険証廃止へ 混乱回避が政治の責任だ(2024年11月24日『毎日新聞』-「社説」)
 
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現行の健康保険証が12月2日以降は発行されなくなることを伝える政府広報の新聞広告=2024年10月26日、清水健二撮影
 いったん立ち止まり、円滑に移行する手立てを尽くすべきだった。国民の不安を解消しないまま突き進んだ政府の責任は重い。
 来月2日から、現行の健康保険証が発行されなくなり、マイナンバーカードと一体化される。
 マイナカードは国民の4人に3人が持ち、うち約8割が保険証の登録を済ませた。ただ、利用率は2割に満たない。背景には、国の場当たり的な対応への不信もあるのだろう。
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診療所の受付に設置されているマイナ保険証のカードリーダ(手前左)ー=名古屋市中村区で2023年6月26日、酒井志帆撮影
 デジタル相だった河野太郎氏が2022年10月、現行の保険証の「24年秋廃止」を唐突に表明した。カード取得を事実上義務化し、普及を急ぐ狙いがあった。
 期間限定でポイント付与のキャンペーンを展開したこともあって申請が急増し、個人情報のひも付けミスが多発した。修正は約1万6000件に上った。その後も登録情報の誤りにより、医療機関の窓口で全額自己負担を求められるといった問題が報告されている。
 マイナ保険証では、医師と患者が投薬情報や受診履歴などを共有できるようになる。しかし、データの更新には時間がかかり、利便性を感じにくいのが実情だ。
 登録をしていない人には、代わりとなる資格確認書が発行される。当初は有効期間が1年とされたが、批判の高まりを受け5年に延長された。
 拙速な制度移行には、与党内にも慎重論がある。石破茂首相も自民党総裁選では時期見直しを示唆していた。
 現行の保険証は最長1年使えるため、来月以降はマイナ保険証、現行の保険証、資格確認書が併用される複雑な仕組みになる。

週のはじめに考える マイナ保険証と憲法(2024年11月24日『東京新聞』-「社説」)
 
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 12月2日から現行健康保険証は新規に発行されなくなります。政府が健康保険証の機能をマイナンバーカードに持たせた「マイナ保険証」への移行を進めているためですが、医療現場は混乱し、政府は迷走を続けています。
 例えば、マイナ保険証を持たない人や持っていても75歳以上の高齢者の一部には保険証の代わりに「資格確認書」が送られます。マイナ保険証を持つ人にもトラブルに備えた「資格情報のお知らせ」=写真=が発行されます。
 双方で388億円の税金を費やしましたが、現行保険証を残すなら不要な経費です。
 高齢者や障害者へのしわ寄せも心配です。マイナ保険証では受診のたびに、保険の資格確認が必要だからです。暗証番号の入力か、顔認証をするのですが、これが一苦労。弱視の人が暗証番号の入力に手間取り、列の後ろから怒鳴られたとの話も聞きます。
 高齢者施設の多くはマイナカードの保管に不安を持ち、読み取り機の導入経費がかさむため廃院を決めた医療機関もあります。
 読み取り機の不具合も続き、9月末の利用率は13・87%。推進する立場の国家公務員の利用率が平均以下の13・58%だったことが制度への不安を募らせています。
 不人気の理由は使い勝手の悪さだけではありません。国民の多くがマイナ保険証に「何か変だぞ」と感じているのではないか。
◆「アメとムチ」の怪しさ
 マイナンバーは国内に住む全員に付されていますが、カードを持つことは強制ではありません。
 カードのICチップには顔写真データや公的個人認証電子証明書が入っています。IDカードとも言えますが、その発行番号(シリアルナンバー)は各種の個人情報をひも付ける鍵となっているので、この仕組みは個人情報の集積には有用です。
 ただ、顔写真データなどを国が強制的に収集しようとすれば、プライバシーを侵害する可能性があります。それが任意にせざるを得なかった理由の一つでしょう。
 とはいえ、政府の本音は全国民がマイナカードを持つことです。国税を財源に1人最大2万円分のマイナポイントをばらまき、それでも足りないとみるや、健康保険証という国民の命綱を使って所持を強制しようとしました。
 国民に本当に役立つなら、自然に普及するはずです。政府が「アメとムチ」を駆使したため、カードの普及は国民のためでなく、政府に必要だからではと、多くの国民が勘繰ることになりました。
 マイナ保険証で問われるのは国家と国民の関係。憲法の観点からも多くの疑問が生じています。
 マイナカードの公的個人認証の仕組みは政府が認める民間企業も活用できます。職業や健康状態、資産、免許や資格などの情報に購買歴まで結びつくことになれば、企業にとっては「宝の山」です。
 ただ、それはプライバシーの侵害と背中合わせです。個人の尊重などを定める憲法13条との整合性が問われることは必至です。
国民皆保険制度の危機
 マイナ保険証は5年ごとの更新も必要です。自ら申請しなければならず、高齢者らが忘れて無保険状態に陥る恐れもあります。
 日本は世界に誇る国民皆保険制度を維持してきました。それにほころびが生じることは生存権を定めた憲法25条に抵触します。
 現行健康保険証の廃止は国民にとって一大事のはずですが、国会ではさほど議論されず、決定の経緯も判然としません。医療機関にオンラインの資格確認を義務づけたのも厚生労働省令によるものです。東京保険医協会の医師らは国会を唯一の立法機関と定める憲法41条に反するとして東京地裁に無効確認を求めて提訴しました。
 先進7カ国(G7)でICチップ付き身分証を健康保険証と一体化させている国は日本以外ありません。個人情報保護を優先するために、ドイツやフランスは行政分野ごとに異なる番号を使っています。それが世界の大勢です。
 日本の行政機構には一度決めると立ち止まらないという悪弊がはびこっています。現行保険証廃止は法改正で決まりましたが、マイナ保険証の利用率の低さは再考を促しています。憲法上の疑義が尽きないなら、なおさらです。
 健康保険証の改廃は生命に直結する課題です。当面の対策として資格確認書を国民全員に交付し、その間、従来の保険証の復活も視野に入れて、国会で議論を尽くしてはどうか。与野党伯仲の国会状況ならそれが可能なはずです。 75歳以上の後期高齢者は、来年7月末で今の保険証の期限が切れる。窓口で慣れないカードリーダーの操作などに戸惑う人が続出しかねない。資格確認書などの送付作業は膨大で、トラブルが起きる懸念もある。
 国は電話相談などの態勢を整え、混乱を最小限に抑える努力をすべきだ。現場任せは許されない。
 医療の質や安全の向上に、デジタル化は有用である。だが、理解を得ないまま進めても、マイナ保険証の普及が遅れるだけだ。利用者に寄り添った対応が求められている。