1966年6月に静岡県清水市(現静岡市)で一家4人を殺害したとして死刑が確定した袴田巌さん(88)のやり直しの裁判(再審)で、静岡地裁は26日、無罪判決を言い渡した。死刑囚に対する過去の再審4件では、いずれも無罪判決が出て、検察側が控訴せずに確定している。袴田さんの再審は検察側が控訴を断念するかどうかが焦点となる。
刑事訴訟法は「無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したとき」に再審を開始すると定めており、再審は「開かずの扉」と呼ばれる。
再審を開くかどうかを決める再審請求審では、無罪を導く新規・明白な証拠があるか、極めて慎重な審理がなされる。
このため重大事件でひとたび再審が決まれば、請求審で認定された新規・明白な証拠に基づいて無罪判決が言い渡されている。近年は、検察側が有罪立証を見送るケースが目立っていた。
しかし、検察側は、袴田さんに対して厳しい対応をみせた。
東京高裁による再審開始決定のカギとなったのは、確定判決で犯行着衣とされた「5点の衣類」に付着した血痕の赤みだった。
検察内部では、5点の衣類の赤みは再審を開始する証拠として、あいまいだと受け止められていた。
加えて、東京高裁が捜査機関による証拠捏造(ねつぞう)の可能性にも言及したことで、「承服できない」として主戦論が強まった。
弁護側は再審で、袴田さんが高齢であることも挙げて早期の無罪判決を求めたが、検察側は2023年7月、有罪を立証するとの方針を表明した。
10月に始まった再審で検察側は、5点の衣類を除いても、袴田さんが犯人であることを示す証拠が多数あると主張。24年5月、確定審と同じ死刑を求刑した。
静岡地裁が再審で改めて検察側の主張を退けたことで、検察側が控訴して、東京高裁に判断を仰ぐかどうかに注目が集まる。
判決を前に、ある検察幹部は「今回はしっかりとした証拠があり、(検察側の主張が)崩されているわけでもない。過去の再審で控訴していないから今回もしないとは限らない」と語っていた。
袴田事件は発生から58年の月日が流れ、袴田さんも心身が万全とは言えない状態にある。それでも検察側が死刑にこだわり続ければ、検察に対する国民の信頼が揺らぎかねない。一部の検事からも「するべき主張は尽くしている。無罪判決を覆すのは困難だ」との声が上がる。
「時間かかり申し訳ない」 再審無罪の袴田巌さんに裁判長が謝罪
静岡地裁の国井恒志裁判長=代表撮影
1966年6月に静岡県清水市(現静岡市)で一家4人を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われ死刑が確定した袴田巌さん(88)に対するやり直しの裁判(再審)で、静岡地裁の国井恒志裁判長は26日、無罪判決(求刑・死刑)を言い渡した。その上で、「(袴田さんの逮捕から再審無罪確定まで)ものすごく時間かかることに本当に申し訳なく思う」と謝罪した。
国井裁判長は判決言い渡し後、袴田さんの姉秀子さん(91)に、検察官には無罪判決を不服として控訴する権利があることを説明。「裁判所は自由の扉を開けた。しかし、この扉は閉まる可能性もある。健やかにお過ごしください」と語り掛けた。
国井裁判長は1994年に任官したベテラン刑事裁判官。
24年7月には、静岡県牧之原市の認定こども園で、送迎バスに園児を取り残し熱中症で死亡させたとして、業務上過失致死罪に問われた元園長に禁錮1年4月の実刑判決を言い渡し、「子どもを守る大切さを考えなければいけない」と説諭した。
ある刑事裁判官は「検察側、弁護側双方に目配りし、冷静に審理を進める」と評する。【巽賢司、丘絢太】
袴田巌さん=代表撮影
1966年6月に静岡県清水市(現静岡市)で一家4人を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われ死刑が確定した袴田巌さん(88)に対するやり直しの裁判(再審)で、静岡地裁(国井恒志裁判長)は26日、無罪判決(求刑・死刑)を言い渡した。
2023年10月から24年5月まで計15回開かれた再審では、「5点の衣類」に付着していた血痕が争点となった。
袴田さんは事件当時、みそ製造会社で働いており、5点の衣類は事件から約1年2カ月後、会社のみそタンク内から発見された。
5点の衣類には赤みが残っていたとされ、確定判決では犯行着衣とされていた。
弁護側は、袴田さんは事件の約2カ月後に逮捕されており、その前に5点の衣類をタンクに入れたならば、長期間のみそ漬けによって化学反応が起こり、赤みは消えるはずだと主張。捜査機関が袴田さんの逮捕後に入れて証拠を捏造(ねつぞう)したと訴えた。
検察側は、タンク内の酸素濃度は低く、血痕が黒く変色していく速度が遅いため、赤みが残っていても不自然ではないと反論。証拠捏造について「非現実的で実行不可能な空論だ」と述べていた。
第2次再審請求審で、静岡地裁は14年3月に再審開始決定を出し、袴田さんは釈放された。
東京高裁が18年6月に再審開始を取り消す決定を出したが、最高裁が20年12月、審理を高裁に差し戻し、東京高裁が23年3月、捜査機関による証拠捏造の可能性に言及するとともに、再審開始を認めて確定した。【巽賢司、丘絢太】
1966年6月に静岡県清水市(現静岡市)で一家4人を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われ死刑が確定した袴田巌さん(88)に対するやり直しの裁判(再審)で、静岡地裁は26日、無罪判決(求刑・死刑)を言い渡した。
国井恒志裁判長は、捜査機関による三つの捏造(ねつぞう)が認められると言及。自白調書は肉体的・身体的苦痛を与えて得た▽「5点の衣類」は捜査機関によって加工・隠匿された▽5点の衣類の一つであるズボンの切れ端が捏造された――とした。
2023年10月から24年5月まで計15回開かれた再審では、5点の衣類に付着していた血痕が争点となった。
袴田さんは事件当時、みそ製造会社で働いており、5点の衣類は事件から約1年2カ月後、会社のみそタンク内から発見された。
5点の衣類には赤みが残っていたとされ、確定判決では犯行着衣とされていた。ズボンの切れ端とみられる布は袴田さんの実家から見つかっていた。
弁護側は、袴田さんは事件の約2カ月後に逮捕されており、その前に5点の衣類をタンクに入れたならば、長期間のみそ漬けによって化学反応が起こり、赤みは消えるはずだと主張。捜査機関が袴田さんの逮捕後に入れて証拠を捏造したと訴えた。
検察側は、タンク内の酸素濃度は低く、血痕が黒く変色していく速度が遅いため、赤みが残っていても不自然ではないと反論。証拠捏造について「非現実的で実行不可能な空論だ」と述べていた。【巽賢司、丘絢太】