「子どもオンブズマン」の提言がフィンランドの未来を変える 子どもたちの意見に耳を傾けて政策をつくる意義を聞いた(2024年5月5日『東京新聞』)

<子どものあした>
 子どもの権利を尊重する「こども基本法」が昨年4月に施行され、子どもに関する政策の決定過程で子どもの意見を聞くことが義務づけられた。意見を集めるのは政府や自治体。できた法律や事業が子どもにどう影響するのか十分な報告はなく、子どもは政策決定に参加したという実感を持てない。フィンランドでは、子どもの権利を守る独立機関「子どもオンブズマン」が子どもたちの声を政治家に届け、全政策についての報告書をまとめている。政府にとっての「ご意見番」とも言える、その意義と役割を、オンブズマンのエリナ・ペッカリネンさんにオンラインで聞いた。(川上義則)
キャプチャ
リモート取材に答えるフィンランドの子どもオンブズマンのエリナ・ペッカリネンさん=東京都港区で
エリナ・ペッカリネン 1975年生まれ。2019年からフィンランドの子どもオンブズマンとして活動する。ヘルシンキ大学でソーシャルワークを学び、福祉事務所などに勤務。10年に青少年非行の歴史と児童保護を調査した論文で博士号を取得した。13年にフィンランド青少年研究ネットワークの研究員になり、16年から研究マネジャーを務めた。
◆子どもにどう影響するのかを評価・報告
―子どもオンブズマンはどんな活動を?
 2005年に事務所が発足し、6人体制。オンブズマンのほか弁護士や研究員らがいる。学校や保育所を訪ねて子どもの意見を聞き、政治家や政府職員に伝えている。また、すべての法的手続きが子どもにどう影響するのかを評価して、年1回の報告書などにまとめる。子どもの権利の広報にも力を入れ、新聞やソーシャルメディアで多く報道されている。
―子どもの意見をどうやって集めるのか。
 聞いたことをメモにして子どもたちが確認、修正できるようにする。周りの大人に左右されそうなら、別室で聞くこともある。障害があったり児童福祉施設にいたりする子どもには、何度も聞いて理解を深める。意見に正解や不正解はなく、すべての声を尊重する。集めた意見を、事務所の専門家が分析している。
◆気候変動対策法に反映、将来の利害を考慮
―意見を聞いたオンブズマンの提言で変わったことは?
 意見が気候変動対策法に反映され、政策決定の際に子どもたちの利害を考慮することが盛り込まれた。
―意見を聞くことは、わがままを受け入れることだという声もある。
 大人と同じとみるのではなく、聞くことで政策がどのように決まるのかを意識してもらう。自分の意見を聞いてもらえたと感じる経験をすると、人の考えに耳を傾けるようになる。政策決定に参加できたと思えれば、意見が実現しなくても、ある程度は納得してもらえる。
◆「子どもは将来への投資」
―日本で子どもの権利を理解してもらうには、どうすればいいか。
 フィンランドでも私が子どもの頃は、子どもの権利を誰も知らなかった。今は国民の約80%が知っている。大人が子どもの富と豊かさを理解して「子どもは将来への投資だ」と心に留めることが重要。力と知恵、健康、富を備えた善良な大人に育てば、将来も豊かな社会が続く。もし、大人がしっかり取り組まなければ、困難な時代が来るだろう。
 
子どもの権利  1989年に国連総会で採択され、日本では94年に批准した子どもの権利条約で定めた。子どもを独立した人格と尊厳を持つ権利主体と位置付けている。主に、命を守られて生きる▽医療や教育、生活支援を受けて育つ▽暴力や搾取から守られる▽自由に意見を表明して活動に参加する―といった権利を守るよう求めている。
◆欧州33カ国に子どもの権利を守る独立機関
 欧州子どもオンブズパーソンネットワークによると、子どもの権利を守る独立機関は、欧州の33カ国にある。形態は多様で、オンブズマン(オンブズパーソン)やコミッショナー弁務官)のほか、人権機関や総合オンブズマン事務所に担当窓口を設けている国もある。
 欧州委員会の報告書は子どもの意見を聞く方法として、子ども議会や、テーマを絞った子ども評議会、学校や施設に出向くオンブズマンコミッショナーに大別している。
◆日本は自民の反対で導入見送り
 日本では、こども基本法の制定時に「子どもコミッショナー」として立憲民主党公明党が導入を提唱したが、自民党内の反対で見送られた。
 独立機関の日本への導入を訴える、日本財団の高橋恵里子・子ども事業本部長は「議会や評議会は優秀とされる子どもらに意見が偏りがちで、広く意見を集めるにはオンブズマンコミッショナーがいい。国の機関に加え、個別の権利侵害への苦情処理に当たる都道府県の機関も必要だろう」と話した。