憲法記念日 平和を守るため議論深めたい(2024年5月3日『読売新聞』-「社説」)

◆具体的な条文案をまとめる時だ◆
 施行から77年を迎えた現行憲法が、日本に平和の尊さと民主主義の理念を定着させ、経済的発展の土台となったことは疑いようもない。
 だが、憲法を守ろうとするだけでは、激動する国際情勢や内政の課題に適切に対処できなくなっている。平和を維持していくために何が必要かという観点から、最高法規のあり方を不断に議論し、必要な改正を進めたい。
◆悪化した安全保障環境
 ロシアによるウクライナ侵略や中東の紛争が長期化し、米欧が主導してきた戦後の国際秩序は崩壊の危機に直面している。核・ミサイル開発を続ける北朝鮮はもとより、軍備増強を図る中国も、日本の安全を脅かす存在となった。
 政府は、憲法制定時に想定していなかった事態が起きると、新たな憲法解釈に沿って法律を作り、乗り切ってきた。だが、法秩序の根幹である憲法を改めずに対処するのは限界に来ている。
 読売新聞の世論調査では、憲法改正に賛成の人は過去最高の63%だった。安全保障環境の悪化を国民も懸念している。
 にもかかわらず、国会の憲法論議は低調だ。衆院憲法審査会での討議は今国会で3回だけだ。
 岸田首相は「自民党総裁の任期中に改正を実現したい」と繰り返し述べている。
 それならばもっと世論を喚起するための見解を表明すべきだが、そうした発信は少ない。改正に前向きな発言も、保守層の支持をつなぎとめるためのポーズではないか、と疑いたくなる。
 立憲民主党が、政治資金規正法違反事件で処分された自民党議員を審査会から外すよう求めたことも、議論が進まない一因だ。憲法論議に政局を絡めるかのような姿勢は、あまりにも前時代的だ。
 自民党は、審査会内に条文案の起草委員会を設けるよう求めている。具体的な条文案を基に議論する方が、論点や課題が明確になり、国民の理解も深まるだろう。
 自民党は2018年、自衛隊の明記、緊急事態対応、参院選の合区解消、教育の充実の4項目の憲法改正案を発表した。このうち、衆院の審査会では緊急事態対応の議論が先行している。
 自民、公明、日本維新の会、国民民主の4党は、大規模災害などで選挙を行えない場合に備え、国会議員の任期を延長できる規定を設けるべきだと主張している。
 憲法が定める「参院の緊急集会」は、衆院解散から特別国会召集までの70日間を前提としている。
 もっと長期にわたる有事や災害に見舞われても、必要な法律を制定できるようにするなど、国会が機能を果たせるようにしておくことは大切だ。
◆9条改正から逃げるな
 極端に悪化した安全保障環境を踏まえれば、9条についても踏み込んだ議論が欠かせない。
 日米首脳は4月の会談で、安全保障政策で「協働」していく決意を示した。自衛隊と米軍を一体的に運用していく方針だ。
 自衛隊が従来の「盾」(専守防衛)にとどまらず、米国の「矛」(攻撃力)の役割の一部を担うようになれば、日米同盟は一層強固になろう。
 防衛政策の変更を念頭に、最近は自民の一部議員が自衛隊の明記では不十分だとし、戦力不保持を定めた9条2項を削除して自衛権の行使を盛り込むよう提案している。
 安倍内閣は15年、日本の存立が脅かされる事態に限り、集団的自衛権の行使を可能にする法整備を行った。だが今も、政府は自衛権の行使は最小限にとどめるという立場で、装備品も防衛に特化したものに限っている。
 国民の生命、財産を守るため、憲法自衛権を明記し、敵基地攻撃能力の保有を含め、防衛力を強化していく狙いは理解できる。各党は議論を掘り下げるべきだ。
1票の格差どう考える
 「1票の格差」をどう考えるかも、重い課題である。
 司法は近年、「法の下の平等」を「投票価値の平等」に読み替え、格差是正を求めてきた。これを受け、参院は隣接県を一つの選挙区にする合区を導入した。衆院も人口変動に応じて、たびたび区割りを変更している。
 しかしこのままでは、過疎地の声を国政に届ける議員がいなくなってしまう。有権者が選んだ代表に政治を託すという、代議制民主主義が揺らぎかねない。
 地方の声を反映させるため、参院議員を「地域代表」に位置づけるという自民党改憲案は選択肢だ。衆参両院の役割分担の見直しも含めて検討する必要がある。