旅先でよき「出会い」を、大型連休スタート(2024年4月28日『産経新聞』-「産経抄」)

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ゴールデンウイークが始まり、観光客でにぎわう東京・浅草の雷門(奥)と仲見世通り=27日午後
 
 映画『鉄道員(ぽっぽや)』が公開されていた頃、高倉健さんは東京を離れ石垣島を訪ねた。息苦しさから抜け出すため、とエッセーにある。島では、偶然見つけた食堂に毎日通った。無口な店主と店の気取らぬ雰囲気が好みに合ったという。
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石垣島高倉健とボクの話 @石垣島 | FREE FOWLS BLOG 石垣島ブログ
 
 
▼後日、ラジオ番組の仕事で再び島を訪ねたときも、スタッフと通いつめたそうである。滞在中、島に住む友人から見せられた地元紙の折り込み広告が、高倉さんを大いに驚かせた。「都合により営業を休んでおります」。店主の出した広告だった。
▼経営にはマイナスだろう。それでもスタッフのためだけに―の心遣いが読み取れた。「我々にはそんなことは一言もおっしゃらない。こういう思いの伝え方をされるご主人なんです」。寡黙さでは人後に落ちない高倉さんが、饒舌(じょうぜつ)な筆を走らせていた(『旅の途中で』新潮社)。
 
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▼折からの物価高とはいえ、多少無理をすれば旅先の宿にも食事にも困ることはない。「出会い」というお土産だけは、意のままにならないのが旅の難しさだろう。混雑する空港やターミナル駅のニュース映像を見ながら、そんなことを考えている。
▼大型連休が始まった。最大で10連休を取れる人もいると聞く。旅先で予期せぬ縁に恵まれる人もいよう。それが一期一会でもいい。高倉さんと無口な店主のように、次につながる縁ならなおいい。心の養分になる思い出を一つでも多くかばんに詰めて、帰ってほしいものである。
▼フランスの小説家プルーストの言葉を思い出す。「本当の発見の旅とは、新たな風景を探すことではない。新たな目で見ることだ」。その伝でいけば、見慣れた近場の景色にも新鮮な驚きが宿っているはず。これは、暦通りに休めぬ身の負け惜しみではない。