『 102歳、一人暮らし。哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方 』(石井哲代・中国新聞社著、文藝春秋刊)が発行部数17万5000部を超えるヒットを記録している。
3月21日には同著者の第2弾『 103歳、名言だらけ。なーんちゃって 』が初版3万部で刊行され、発売前に異例の増刷、発売後も売行き良好で増刷が決まり、2冊合わせて21万5000部に到達している(4月19日時点)。100歳超えの“スーパーおばあちゃん”本はどうしてこんなに売れているのか。平均寿命が女性87歳、男性81歳を超える長寿国日本。息長く売れるヒット作の秘密を探った。
まさかあんなに売れるとは
2作品の主人公“哲代おばあちゃん”こと石井哲代さんは広島県尾道市に暮らしている元小学校教師。1920(大正9)年広島県府中市生まれで、アニメ映画にもなった漫画『この世界の片隅に』の主人公・すずさんよりも5つ年上だ。 地元では書籍が出る前から有名だったのだろうか。
「刊行の1年くらい前に出版社の営業マンから、哲代おばあちゃんって知っていますか? と聞かれましたが、当時の私は存じ上げませんでした。ただ中国新聞の連載で尾道在住とのことでしたので、ウチのチェーンが一番売りますよ、と答えましたが、まさかあんなに売れるとは予想していませんでした」と語るのは、地元の尾道市に本社を構える書店チェーン・啓文社の三島政幸さん(現岡山本店店長)だ。 人口117万人の広島市の中心部に店舗を構える紀伊國屋書店広島店の藤井美樹さんは「刊行前、尾道は広島県東部なので県内西部の広島市ではどこまで売れるかなと思った」と率直に胸の内を語る。
刷れば刷るほど売れていく
2023年の発売ひと月前、中国新聞に発売告知の記事が掲載されると、書店に予約注文をするお客さんが現れた。 「当時私がいた西条店(東広島市)は初回30冊入荷でしたが、発売前に予約が10冊入りました。これは売れる! という予感がしました」(三島店長)。
大手百貨店内にある585坪の紀伊國屋書店広島店は「思い切ってかなり多めに仕入れました。恐る恐るでしたが(笑)」(藤井氏)と期待を込めつつも売行きの予測はつかなかったという。 そして1月10日に発売されると、たちまち全国各地で売り切れ店が続出。啓文社でも「1月17日には11店舗全店で初回入荷分を完売しました」(三島店長)という。 版元の文藝春秋にも注文が殺到し、即重版を決定。初版わずか5000部のスタートだったが、一気に数万単位の増刷部数を積み上げていく。
増刷を決定した営業部長はこう語る。
「1月に3度増刷して勢いがつき、2月に入ってからは万単位の増刷を繰り返しました。刷れば刷るほど売れていく感覚は営業歴20年以上の私でもレアな経験です」。
検索しなくても何の本か皆わかる
書店を訪れる読者の反応はどうだったのだろうか。
「本が置いてあってよかった、と喜ぶお客さんが多かったです。特に60歳以上の女性が多く、ここまで元気で生きられたらいいわ、と言って買ってくださったり。中国新聞の記事や広告の切り抜きを持って店員に尋ねる方も多くいらっしゃいました」(藤井氏)
紀伊國屋書店広島店ではどこでも目につくように飾りつけをしたという。
「メインの通路側に多面で目立つように置いたり、レジ前にも置きました。当店は百貨店内の立地で出入り口が多いですので、お客様がどこから入っても気がつくように何か所にも置いたのです」(同前) 1月28日早朝にはRCC(中国放送)で特別番組が放映された。「朝からお客さんが問い合わせてきましたが、ウチにはもう本がない状態でした」(三島店長)。
2月に入ると、新聞広告効果も相まって広島県以外の書店でも売上が大きく伸び、“哲代おばあちゃん”ブームは広島から全国へと波及していった。 「お客さんから“石井おばあちゃん”、“哲代おばあちゃん”、“102歳”、“尾道の”というキーワードが出たら検索しなくても何の本か店員は皆わかるようになりました」(藤井氏)
年間売上総合1位がなんと『102歳、一人暮らし。』
ベストセラーになった背景を啓文社の三島さんはこう語る。 「佐藤愛子さんや曽野綾子さんなど、元気な高齢者の書いた本が近年ブームになっていましたが、広島県では“哲代おばあちゃん”が別格でしたね」
そして啓文社では2023年の年間売上総合1位がなんと『102歳、一人暮らし。哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方』になった。「年間売上総合2位は東野圭吾さんの文庫本です。“哲代おばあちゃん”の本はあの東野さんの文庫の2倍以上売れたのです」(三島店長)
“哲代おばあちゃん”のキャラクターは書店員にも好評だ。 「ふくふくとした笑顔にあやかりたいですね。いつまでも幸せでいらしてほしいです」(藤井氏) 「“哲代おばあちゃん”は愛嬌があってかわいらしい。もはや尾道では知らない人はいない状態になりましたね。3月に刊行された第2弾『103歳、名言だらけ。なーんちゃって』の先も第3弾、第4弾と出してほしいです」(三島店長)
健康長寿を地で行く“100歳本ブーム”はまだまだ続く。
103歳、名だらけ。なんちゃって 哲代おばあちゃん長い生きてきたからわかること Tankobon (ハードカバー) – 2024/3/21
石井 哲代(著),中国新聞社(著)
「長う生きてきた集大成が今の自分です。しょんぼりしよったら、人生を否定したみたいになりますね。心だけは柔らこうにして、おばあさんはいつも機嫌そうに過ごしてました。なーんちゃって」 (「はじめに」より)
「こんなかわいいおばあちゃんになりたい!」「人生の目標にしたい」という声が広島から全国に広がり、販売となった『102歳、一人暮らし。 哲代おばあちゃんの心も体もさびないこれまでの人生経験から得た「哲代さん自分の心に言い聞かせている言葉たち」を一冊に。
足の痛みで入院したり、出来る事が少なくなって気落ちする日もありますが、弱気の虫を退治して自分を励ましながら、明るく、機嫌よく、しなやかに生きている哲代さん。二人の記者(53歳と50歳、合わせてちょうど103歳)がじっくりと取材し、心に響く哲代さんの言葉を丁寧に紡いだシリーズ第二弾。
デイサービスで活躍する様子や、小学校の教員だった哲代さんその後に米寿の教え子が集まった同窓会、おいしそうにおやつを食べている瞬間など、楽しい写真もたっぷり収録。
哲代さんの作った詩、教員時代の子どもたちとのエピソード、へ戦争の思い……ほか、自分自身の経験や一瞬を省いて哲代さん読者のお悩みに答えるページも
広島弁で人生を語る哲代さんの一言がじんわりとみてみ、心が温かくなる本です。
石井哲代(いしい・てつよ)
1920年、広島県府中市上下町生まれ。20歳で小学校教員になり、56歳で退職してからは畑の仕事が生きがいに。近所の人からはいまも「先生」と呼ばれている。26歳で同じく教員の良英さんと結婚。2003年に夫が亡くなってからは親戚や近所の人に支えられながら一人生活をしている。
2023年1月に研究した初めての著書『102歳、独り。哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方』がベストセラーに。
【関連記事】