大谷の元通訳訴追に関する社説・コラム(2024年4月13日)

大谷の元通訳訴追 違法賭博の恐怖を物語る(2024年4月13日『産経新聞』-「主張」
 
ドジャース大谷(左から2人目)らの公式会見に臨む水原一平元通訳(左)=高尺スカイドーム(長尾みなみ撮影)

 これでおそらく、大谷翔平は、野球に専念できるようになるだろう。ただし、これまで二人三脚で歩んできた相棒に裏切られた心の傷は別である。

 米ロサンゼルスの連邦地検は銀行詐欺容疑で大谷の元通訳、水原一平容疑者を訴追したと発表した。違法賭博の借金を返済するため、大谷の口座から不正に送金した額は、約24億5千万円以上とされる。

 連邦地検は「大谷は事件の被害者だ」と強調した。大リーグ機構もこれを受けて「大谷は詐欺の被害者とみなされ、違法な賭けを許可した証拠はない」と声明を出した。連邦地裁の判決を待ち、大谷自身は不問に付される公算が大きい。

 連邦地検は送金の手口もつまびらかにし、水原容疑者は口座の連絡先を自身のものに変更するため、大谷の声色まで使って銀行に電話していた。

 不正送金額の大きさには驚くばかりだ。米国では38州でスポーツ賭博が合法化されたが、カリフォルニア州では違法だ。違法だからこそ賭け金に上限がなく、ツケが利き、仮想通貨によるネットカジノで負債は雪だるま式に膨らんだ。

 胴元と水原容疑者のやり取りが生々しい。負債が重なり、金策の不調を訴える容疑者に、それでも胴元は賭け金の上限を引き上げ続けた。水原容疑者はドジャースを去る際、チームメートに「私は賭博依存症です」と述べた。常識を大きく逸脱した賭け金や不正の手口が、それを証明している。

 いよいよ連絡が取れなくなると、胴元は「いま大谷がビーチで犬を散歩させている。話しかけようか」とメッセージを送った。大谷に知られることを何より恐れる水原容疑者への、明白な脅しである。

 払えるだけ払わせて最後は不正への関与をネタに恐喝する。悪の魔手の常道だ。逃げ道はない。ここまでくれば摘発を待つだけとなる。水原容疑者は胴元に「彼から盗んだ。俺は終わりだ」とも伝えている。

 胴元はポーカーから水原容疑者を不正賭博に誘い込んだ。標的と定めたのは「大谷の親友だから」とも述べている。

 危うきは、からめ手から君子に近づいてくる。誰しも泥沼にはまる可能性はある。改めてこの事件を、違法賭博の恐怖を胸に刻み込む教訓としたい。

 

 

賭博癖を「医する」(2024年4月13日『中国新聞』-「天風録」)

 文豪のドストエフスキーは大の賭け事好きで、「賭博者」なる小説は半ば自伝と聞く。約60年前に作家埴谷雄高(はにやゆたか)が書いた評伝にも、こんな一節が見える。〈…医(い)しがたい賭博癖や浪費癖がありました〉

▲手元の辞書を引くと、【医する】は古風な表現で〈病気・傷や渇きを治す〉意味である。依存症という見方を知らぬ時代の言葉。喉が渇くような欲望を抑えきれず、溺れるがごとく手を伸ばしてしまう。「医しがたい」ギャンブル地獄の釜がのぞく

▲その底なしぶりを見せつける、こちらは実話である。大谷翔平選手の元通訳が闇賭博に手を染め、大谷選手の口座から日本円にして24億円余りを勝手に送金していた。1回で2450万円ものカネを賭けたこともあるという

▲祭り屋台のくじ引きだけでこりごりした身には、とても同じ世界の話に聞こえない。ギャンブル地獄に落ち、100億円を超す大金をつぎ込んだ大王製紙元会長の言葉を借りれば、カネは「熔(と)ける」感覚だったらしい

▲元通訳は、とうとう水原一平容疑者と呼ばれる身になった。いつから、なぜ、こうなったのか。包み隠さず語る。ギャンブル依存症ならば、「医する」道はそこから始まる気がする。