食べるか、食べないか(2024年4月9日『佐賀新聞』-「有明抄」)

 小津映画の父親役や「男はつらいよ」の御前さまを演じた名優、笠智衆さんが80代半ばのころ、テレビのプロデューサーが自宅を訪ねてきた。ドラマ出演が決まったあいさつに、とれたてのタイを届けたのである

◆「これはこれは何よりのものを」と笠さんは喜んだ。縁側で話し込むうち健康の話になり、プロデューサーが「長寿の秘訣(ひけつ)は?」と尋ねた。すると笠さんは真面目な顔で言った。「それは魚を食べないことです」

◆関節が痛む。おなか回りがやばい。目がかすむ。髪が抜ける…。年とともに、あれこれ体の変化が気になる。そんなとき、これを「食べれば」「飲めば」症状が改善すると聞けば、つい信じたくなる。笠さんのような「食べない」効用には思いが及ばない

◆科学とは「差」を見いだすことだという。同じ条件で「食べた」場合と「食べなかった」場合で明確な違いがあるかどうか。近年市場が拡大する「機能性表示食品」は、そんな科学的裏付けが事業者任せで頼りない。国の安全審査もなく、小林製薬サプリメントによる健康被害で、信頼性が揺らいでいる

◆晩年の笠さんは「これが最後の仕事」と言いつつ、次々に出演をこなした。だから案外、到来物のタイも、おいしく平らげたかもしれない。ま、あれこれ細かいことは気にしないのが一番の「秘訣」ってことか。(桑)