地震で傷ついた故郷に奏でるメロディー 和倉のミュージシャン、路上演奏続ける(2024年4月8日『東京新聞』)

 
 能登半島地震の爪痕が残る温泉地、石川県七尾市和倉町。夕暮れの中、アコースティックギターの優しい音が響く。市内に住むストリートミュージシャンの氏島夕哉さん(42)は七尾駅前や能登島大橋前など市内各地で奏でる。「弾いていると、よく追い出される。ここなら今は怒られないから」。最近は和倉でも演奏するようになった。(児島恵美)

◆「何かいいな、と思ってくれれば」

 ♪未来は誰にも分からないから、僕は僕にできるだけの愛を歌っていよう―。氏島さんのオリジナル曲の冒頭だ。「二度と聴くことはなくても通りすがりの人が『何かいいな』と思ってくれれば十分なんです」
能登島大橋を背に演奏する氏島夕哉さん=石川県七尾市

能登島大橋を背に演奏する氏島夕哉さん=石川県七尾市

 10年来の相棒のギターが澄んだ音を響かせる。ボディーは無垢(むく)の木。元々茶色に塗られていたが「音がこもるから」と、かんなでそぎ落とした。
 七尾で生まれ育ち、高校卒業後にミュージシャンを志して東京へ。新聞配達をしながら、演奏活動を続けた。「日本2周くらいしたんじゃないかな。音楽で自分を表現したいけど、田舎じゃ誰も見てくれないし」。10年ほど東京や沖縄で職を転々としたが、気付くと七尾に戻って来ていた。

◆「復興とか大層なものではなく…」

 地震で生活は一変した。勤め先の市内の精肉工場は断水の影響で稼働停止になり、奥能登へ食料を届ける運送会社に転職した。毎朝、七尾湾を望みながら車を走らせる。能登町穴水町に向かう道は震災から3カ月がたった今も崩落や亀裂が残る。「たった1、2分間の揺れで全てがめちゃくちゃになった」。朝日を照り返す七尾湾の変わらない姿が救いになっている。
のと鉄道七尾線が全線開通し、海沿いを走る列車=6日、石川県七尾市で

のと鉄道七尾線が全線開通し、海沿いを走る列車=6日、石川県七尾市

 築40年の自宅アパートは断水が続いた。「引っ越せば良いじゃん」。仲間から言われながらもとどまるのは、部屋にギターを練習するための自作の防音室があるから。わずか2畳の広さだが、吸音材を貼り合わせた3層構造。地震で部屋は物が散乱したが、防音室はびくともしなかった。
 配達中もメロディーが浮かぶと口ずさむ。「歌うのは復興のためとか大層なものじゃない。仕事もあるしどこにも行けない。できるのは、ただ七尾で地道に暮らすことだけ」。そう話している間も、指はギターの弦を小さくはじき続けた。