「セクシー田中さん」問題、東村アキコさんはどう見た? 原作者が「どうぞお好きに」ではダメな理由(2024年4月6日『東京新聞』)

 
 人気漫画「セクシー田中さん」の原作者芦原妃名子(ひなこ)さん=1月に死去=は、漫画をテレビドラマ化した日本テレビに「自身の意図とは異なる脚本を示された」と繰り返し訴えていたことをブログで告白していた。制作の過程に問題はなかったのか。映画やドラマ化で原作者の権利は十分守られてきたのか―。「海月姫(くらげひめ)」「東京タラレバ娘」など数々の漫画がドラマ・映画化されてきた漫画家の東村アキコさん(48)に聞いた。(望月衣塑子)
「原作者が守られる仕組みをしっかり作りたい」と語る東村アキコさん

「原作者が守られる仕組みをしっかり作りたい」と語る東村アキコさん

セクシー田中さん 漫画家の芦原妃名子さんが小学館の雑誌「姉系プチコミック」で連載していたラブコメディー漫画。アラフォーの独身女性「田中京子」を主人公に、同僚の派遣社員の女性たちとの友情を描いた。
 芦原さんはブログに「一見奇抜なタイトルのふざけたラブコメ漫画に見えますが…。自己肯定感の低さ故生きづらさを抱える人達に、優しく強く寄り添える作品にしたい」と狙いを記していた。
 日本テレビはドラマ版を2023年10〜12月に放送。全10話のうち9、10話は芦原さん自身が脚本を手がけた。芦原さんの死後、日テレの社内特別調査チームがドラマ制作の過程に問題がなかったかを調べており、石沢顕社長は5月の大型連休明けにも結果を公表する意向を示している。

◆「もう撮った」テレビ局側ともめたくない

 ―芦原さんの訃報をどう受け止めたか。
 とにかくショックだった。同時にこれまで自分がテレビ局とドラマ化を巡り対峙(たいじ)してきた際、本音では納得していなくても「どうぞお好きにやってください」と我慢していたことも多く、そういう積み重ねの中で現在のような原作者が上なのか、プロデューサーや脚本家が上なのか、よく分からない状況が生まれていたかもしれないと反省した。
 過去、ドラマの脚本ができた時、手を入れようとしたが、テレビ局側から「もう撮ってしまった」と言われたこともある。
 逆にテレビ局から「チェックしてほしい」と言われたが、漫画の締め切りがあり、編集者から数日後に私に連絡が来て「ここは変えてください」と言っても「もう撮り終わってしまった」と言われたこともあった。漫画とテレビは、時間の流れる感覚が全然違う。
 テレビ局とトラブルにしたくないと、文句を言わずへこへこしてきたことも良くない面があった。自分が何を言っても脚本は、テレビ向けに変えられてしまうという諦めもあった。しかし、それでは駄目だ。

◆原作へのリスペクトがある韓国

 ―テレビ局にものがいいづらい空気を変えようと思う契機が何かあったのか。
 韓国で漫画「私のことを憶(おぼ)えていますか」をドラマ化した際、韓国から脚本家が4人来て4時間缶詰めにされた。原作にびっしり付箋が付いており、せりふの1行1行を「この時のこのキャラクターの気持ちは?」「どういう背景事情があるのか」など、自分でも思い出すのに苦労するくらい突っ込みがすごかった。
 「好きにやっていいですよ」と言うと、韓国の脚本家から「何を言ってるんですか!」と怒られ、「先生そんなんじゃ駄目です。先生の世界観、思いをしっかり反映したいんです」と徹底的に意見を聞かれた。韓国は、それだけ原作へのリスペクトがあり、原作者の意向をいかに忠実に映画やドラマに反映するかへの思いも強かった。
 映画やドラマに対する人や時間やお金のかけ方が日本と違う。韓国では、脚本はまず4話まで先に作り、そこから例えばネットフリックスなのか、テレビなのか、映画なのかが決まり、座組や役者を決めていく。
 日本だと視聴率を取るために先に役者を決めていたりする。だから何に重きを置くのかの意識が全然違う、韓国のドラマや映画への取り組みを肌で知り、私ももう少し本気で映画やドラマに向き合ってみようと考えるようになった。韓国の現場を見て、真面目にガチンコで関わらないと良いものはできないと学んだ。
 韓国の人は、寝る間を惜しんでひるむことなく、原作者に向かってくる。学んだことが大きかった。
 ―日本でそれが受け入れられる土壌はあるか。
 ありますね。日本でも良い要素はある。後は、相手に「もう自分も遠慮しないから、あなたたちも遠慮しないでください」と伝え、本気で仕事をすることだ。
 毎週の漫画の締め切りは確かに大変だが、自分も別の制作にがっつり関わることを決めた。大変だが、いいものを作るには、本気で立ち向かうしかない。
 日本では、漫画家と脚本家との間で、双方の意見に対してそれを擦り合わせる責任者がいない。それも日本で原作者とテレビ局との間で話がこじれていく一因なのかもしれない。

◆脚本家やテレビ局と膝詰めでぶつかり合っていたら

 ―芦原さんはブログで、脚本の書き換えを日テレにお願いしたのに答えが返ってくるのに4週間がかかったと書いていた。
 もしかしたらテレビ局側が、時間切れを狙ったのかもしれない。出版社としては、漫画が売れればいいという面があり、必ずしも常に原作者の側に立つことにならない時もある。
 結局、仕事というのは説得して相手を説き伏せるということの連続。だから、それぞれがそれぞれにもっと本気で向き合って、言いたいことを伝えないと駄目なのだと思う。
 人に感動を与える映像や作品を作るのだから、皆が深く関わり、本気でぶつかっていかないと良い作品は生まれないと思う。
 今回の芦原さんのことでとても残念だったのは、本気でぶつかり合うべき時にテレビ局や脚本家とぶつかり合えず、先にSNS上に脚本家の不満が飛び火してしまったことだ。
 SNSより先にリアルな現場で、脚本家と原作者、プロデューサーたちがきちんと膝詰めで顔を突き合わせていたら、SNSで万が一同じことがあっても、また違ったものになっていたのではないだろうか。
 ―芦原さんの訃報が報じられた際、日本漫画家協会は、テレビ局を批判するのではなく「会員の皆さまは契約等のお悩みがございましたら協会までご相談ください」と発信した。
 漫画家はみんな仲が良く、親戚のような付き合いなのだが、忙しくて年末くらいしか会えないことが多い。しかし、今回のことを受けて、きちんと他の業界にものが言える協会にしようという意見が出ている。芦原さんの悲劇を二度と繰り返さないためにも原作者の権利がしっかり守られる仕組みをつくっていく必要がある。