◆「底が抜けてるよニッポンは○×△○※…」
シートを敷いて花見を楽しむ人たち=東京都台東区の上野公園(平野皓士朗撮影)
5日正午過ぎ、花冷えの上野公園。だが、満開の桜の下は熱かった。
「こっち、こっちー」。同僚を手招きして呼び寄せた男性(32)の片手には「ストロング系」の缶酎ハイ。「これぐらい度数のパンチがないと、物足りないっすよ」とベロベロだ。
ノルウェーから旅行中のクリスティーナさん(27)とマレアナさん(27)は「最近はノルウェーでも『サクラ』『ハナミ』という日本語がそのまま使われるが、こんな宴会まではやらない」と盛況ぶりに目を丸くする。
花見で飲酒を楽しむ人たち=東京都台東区の上野公園(平野皓士朗撮影)
製造業に勤務していた高橋正夫さん(71)は元同僚3人で花見中。政治論議に花が咲き、3人のあぐらの前には空になったビール缶が無造作に転がっていた。「全部、岸田(文雄首相)が悪いんだよ! 底が抜けてるよニッポンは○×△○※…(聞き取り不能)」。節度ある飲酒とは程遠く、飲酒も議論もみるみるヒートアップしていった。
記者は気を取り直して、隣のIT企業勤務の男性(35)に声をかけた。「7年ぶりの花見です」とうれしそう。厚労省の指針について尋ねると「ごめんなさい。分からないです」。
◆「生活習慣病のリスクを高める純アルコール量」は
厚生労働省が公表した健康に配慮した飲酒に関する指針
指針とは、厚労省が2月に公表した「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」のこと。酒量だけでなく、純アルコール量に着目するのが重要だとし、生活習慣病のリスクを高める純アルコール量の1日の摂取量を男性は40グラム以上、女性は20グラム以上とした。20グラムはビールのロング缶1本(500ミリリットル)にあたる。
厚労省の田中増郎・依存症対策専門官は「数値化することで健康への意識も高まる。1日の摂取カロリーのように、飲酒でも1日の純アルコール量の摂取量を習慣化してもらえれば」と促す。
ビールや缶チューハイが並ぶ売り場
指針の内容が定着するかどうかは未知数だが、近年、アルコール分が低い「ノンアル(コール)」や「微アル」の飲料を好む層も一つのトレンドとして現れていた。
1歳と3歳の2児を連れ、姉の亜耶さん(35)と上野公園に来ていた由衣さん(33)は「独身時代は週3、4日飲んでいたが、出産後は月1回飲む程度。子育てもあり、飲まない生活が当たり前になった」と話す。月1回飲むのもアルコール度が3%と低めの缶酎ハイだという。
露店で焼きそばを売っていた店主は今年、ノンアルの品ぞろえも充実させた。「平日は子育て世代も来るからか特に売れている。土日も昔よりは売れ行きがいい」と変化を語る。
◆「酔うためではなく、楽しむためのお酒」
花見で飲酒を楽しむ人たち=東京都台東区の上野公園(平野皓士朗撮影)
意識的に生活に飲酒を取り入れない「ソバーキュリアス(自主的断酒)」という言葉も広がりつつある。
埼玉県から上野公園に妻と来ていた会社員の八木昌之さん(61)もその一人。「1年半前にお酒をやめた。酔っぱらって電車を乗り過ごすこともなく、時間を有効活用して穏やかに暮らせる。思った以上にお勧めですよ」と語る。
国際法務専門の行政書士事務所を運営し、ソムリエの資格も持つ栗栖好朗さん(49)は上質なワイン40本ほどを持ち込み、外国人らと花見を楽しんでいた。「お酒と同じぐらいの量の水を飲むなど、お酒と上手に付き合う工夫はいくらでもある。酔うためではなく、楽しむためのお酒だと、発想を転換していくことも必要だ」と話した。
◆「ストロング系」缶酎ハイ 縮小の動き
健康志向の強まりや厚労省の指針策定に呼応するかのように、ビール大手の間で見られるのが、アルコール度7〜9%の「ストロング系」缶酎ハイの新規販売をやめる動きだ。
アサヒビールとサッポロビールは今後、アルコール分8%を超える新商品を投入しないことを決めた。アサヒの広報は「不適切な飲酒を撲滅し、お客さまが『お酒との良い関係』をずっと楽しんでいただけるように」と理由を説明。今後は、3.5%以下やノンアル商品の販売を強化するという。キリンビールは「現時点では即座に商品展開を中止、縮小する判断はしていないが、中期的には継続して議論する」と含みを持たせた。
サントリーは「今後の方針について決まったことはない」とした。ただ4社とも、ウェブサイトなどで飲みすぎ防止の啓発活動を重視していると回答した。
◆「手ごろな値段ですぐ酔える」人気だったが
缶酎ハイは若者のビール離れを補う形で売り上げを伸ばしてきた。中でも、2000年代後半に登場した「ストロング系」は売れ筋だった。酒税の税率はビールより低く、「手ごろな値段ですぐ酔える」ことが人気の理由だった。ただ、人気はピークアウトしていた。
花見で飲酒を楽しむ人たち=東京都台東区の上野公園(平野皓士朗撮影)
調査会社インテージによると、度数8〜9%台の缶酎ハイの販売額はピークだった20年には1776億円で、缶酎ハイ市場全体の4割弱を支えていた。ところが直近の23年の販売額は20年と比べて23%減の1365億円で、市場全体に占める割合も2割強まで急落した。人気は度数5〜7%程度にシフトしている。
同社市場アナリストの木地利光氏は「ストロング系の飲みすぎによる健康への悪影響が指摘されるようになったことに加え、新型コロナ禍により、消費者の嗜好(しこう)が変化したことが背景にある」とみる。「健康志向が高まったほか、在宅時間が増えて、『仕事から帰宅して寝るまでの短時間で酔う』ことよりも、ゆっくり酒を楽しむよう生活習慣が変わった」と分析する。
◆飲み過ぎ抑制の流れ…「飲み放題」今後も続ける?
「白木屋」などを展開する居酒屋大手のモンテローザは、指針を受けた対策は特にないとしながら「今後の対応はお客さまの要望をうかがいながら検討したい」と回答。飲み放題については「利用率は非常に高く、やめる予定はない」とした。焼き鳥チェーンを運営する鳥貴族も「飲み放題をやめるつもりはない。飲みたい人には飲んでもらいたい」との立場。ただ「お酒を飲まない、飲めない方の来店も増えている」といい、ノンアルや微アル商品を強化している。
◆「リスクも考えてお酒と付き合うという時代の雰囲気」
酒を片手に花見を楽しむ人たち=東京都台東区の上野公園(平野皓士朗撮影)
アルコールの健康障害に詳しく、今回の指針づくりにも携わった筑波大の吉本尚准教授は「実は指針の内容にはそれほど目新しいものがあるわけではない。20グラム、40グラムといったアルコール摂取量の基準値も20年前から国が指摘していた内容」と前置きした上で「今回、社会の反響が大きく、時代が変わったと驚いている。お酒のリスクも考えて付き合うという時代の雰囲気になっている」と話す。
その上で「大切なことは適切な酒量を知り、飲みすぎないこと」と説く。「かつては飲み会の席では『たくさん飲むことが良かれ』だったが、高級なお酒をじっくり飲んだり、全然飲まなくてもよかったり、自分のスタイルに合わせて選べる時代になった。お酒に強くはないが、私も飲み会は大好き。最初ビールで乾杯したら次はノンアル飲料を頼むなど、工夫して楽しく付き合ってほしい」
◆デスクメモ
以前駐在していたタイでは、酒が買える時間が制限され、仏教関連の祝日は禁酒日になっていた(抜け道はあるが)。イスラム教徒が多いバングラデシュあたりだと、表立っては酒が入手しにくい。日本は酒が飲みやすい国だ。規制が緩い分、節度が求められていると心すべきだろう。(北)