日差しが暖かな、3月中旬の東京・新宿。都庁前での食品配布会に、50代の専業主婦の姿があった。図書館でチラシを見て、3年ほど前からたまに利用する。「ここに来ることは主人に言えません。あんまり良くは思っていなくて」。とつとつと話し始めた。(中村真暁)
郊外のマンションに70代の夫と暮らす。夫に心疾患、自分には精神疾患があり、障害年金を2人で月14万円ほど受け取る。子はいない。夫が主に金銭管理をし、貯金がいくらあるかは分からない。結婚から約10年。「本当は離婚したいんです」
◆100円の古着が自分へのご褒美なのに夫は
あれが食べたいから買ってきてくれ、税金の支払いに行ってきてくれ—。介助も含め、夫が言うことを、その通りにする毎日。2人分の食品や日用品を買うために、渡されるのは月約4万円。スーパーの安売りを探しては駆け回り、やりくりしてきた。100円や200円で買う古着が、自分へのささやかなご褒美。だから、夫が50万円もするテレビを買った時は言葉を失った。
やりたいことがあると言うと「ろくに家事もできないくせに」と嫌みを言われる。ふと思い出すのは子どもの頃、母や自分に暴力を振るった父だ。言いたいことを言えない悔しさが、よみがえる。
◆友人からは「世間の主婦より楽」と言われ
離婚を持ちかけたこともあった。だが「おまえ一人では生きていけないだろう」と夫に止められた。夫のおかげで住む場所があるのは事実。具合が悪いときは寝ていてもいいと言ってくれるし、たまには家事も手伝ってくれる。友人からは「世間の主婦より楽だと思う」とまで言われた。
でも、自由になりたい。「私って、ヘルパーの代わりでしかないのかな」。いつも、そんなふうに思ってきた。毎日やることに追われ、台所の窓から夕焼けが見えると、ついこぼれる。「つらいなぁ」
「離婚したら、何がしたいですか?」。そう聞くと、目を輝かせた。「友人とバイオリンのコンサートに行きたいです」
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◆夫婦間に生まれる「圧倒的な力の差」
キャバクラ通いに興じる、独身の友人と温泉旅行に行く、でも家族に十分な生活費を渡さない―。こうしたケースは「経済的ドメスティックバイオレンス(DV)」と呼ばれる。
生活費が足りないからと職を探しても、女性は契約社員やパートなど非正規雇用の割合が男性より高い。DV被害者支援の一般社団法人エープラス(東京都豊島区)の吉祥真佐緒(よしざき・まさお)代表理事は「稼ぎが多い方が偉いという価値観もあり、夫婦間に圧倒的な力の差が生まれる。妻は夫に管理、支配され、自身も『私が悪い』と思うようになる」と指摘する。
経済的DV 生活費を渡さない、収入を教えないといった経済的な手段でパートナーを支配下に置き、思い通りにしようとすること。エープラスによると、夫が金銭を管理し、妻が経済的に苦しむ例が多い。高級マンションで暮らしていても妻はパート収入やカードローンで生活費をやりくりする、私立校に通う子の学費を払えるのに妻は1日1食といった家庭もあるという。
◆コロナが追い打ち ローン払えない、塾代払えない
さらに「新型コロナウイルス禍で仕事を失い、カードローンの返済ができない、子の塾代を払えないなどの声が際立った」と説明。コロナ禍後も再就職できない、精神的な落ち込みから回復できないなどの例が少なくないという。
女性であるが故に直面する課題を乗り越えるため、困難女性支援法が今月施行された。吉祥さんは「あなたは尊重されるべき存在だと人から言われて初めて、自分はこんな目に遭ってはならないと思える。勇気を出し、役所や民間の女性相談やDV相談を利用してほしい」と呼びかける。