「在日の金くん」ヘイト投稿…3世男性が同窓生を提訴 直接の注意をスルーされても「差別止めたい」の覚悟(2024年4月3日『東京新聞』)

 
 「在日の金くん」ー。.
 X(旧ツイッター)でこう呼びかけ、在日韓国人への敵意をあらわに繰り返された差別的投稿は自分に向けられていたとして、東京都内に住む3世の男性が先月、投稿者への損害賠償請求訴訟を東京地裁に起こした。投稿者は男性の高校の同学年で、50年来の交流があったという。男性が裁判に踏み切った思いとは。(山田雄之)

◆「『在日』も『金』も私にとって大切な言葉」

 「投稿を見たとき、自分を指していると思った。本人に直接注意したのに聞かないから訴えた。『在日』も『金』も私にとって大切な言葉。人間としての尊厳を損なわされたんです」。原告の金正則さん(69)は3月29日の提訴後、東京都内で開いた会見で涙ぐみながら語った。
 
提訴後に会見する金正則さん(右)と代理人の神原元弁護士=東京都内で

提訴後に会見する金正則さん(右)と代理人の神原元弁護士=東京都内で

 訴状によると、被告は福岡市に住む高校の同学年の男性。2021年3月〜今年1月、Xで「在日の金くん」との言葉を入れながら、「朝鮮人ってやっぱりばかだね。救いようがないよな」「もう日本にたかるの止めなよ」といった人格を侵害したり、名誉を損なわせたりする投稿を15件繰り返した。金さんは精神的苦痛を受けたとして、慰謝料110万円の支払いを求めている。
 金さんによると、被告は以前から別の交流サイト(SNS)で実名で在日韓国人朝鮮人へのヘイト投稿を続けていた。クラスメートではないが、卒業後も同窓会などで交流があった。金さんは18〜19年に面会や同窓会のメーリングリストで被告に注意したが聞き入れられず、20年から「在日の金くん」投稿が始まった。

◆被告の男性は取材の電話に答えて…

 提訴した15件の投稿以外には、金さんの親や子どもに触れた内容もあったという。金さんは「ネット上でのヘイトだけど、顔を知っているので身近な感じ。生活圏の中で差別を受けるのはつらい」と話した。
 「金」姓は韓国人の姓の約2割を占めるという。投稿の一部に金さんが高校時代まで名乗っていた日本名、親しい友人の名前が記されており、自らに向けられたものだと「特定できた」とした。代理人の神原元(はじめ)弁護士は「投稿は差別的言動であり、人格否定。差別的言動自体が違法行為だ。裁判所は差別だとしっかり認めてほしい」と主張する。
 被告の男性は2日、東京新聞こちら特報部」の電話取材に応じ、金さんとは「ゴルフをしたり、お酒を交わしたりしてとても仲が良かった」と話した上で、投稿理由については「お答えすることはできない」とした。

◆属性による差別は『次は私かな』という恐怖と緊張を強いる

 金さんは「『在日』の誰もがヘイトを経験する」と説明。裁判にあたり、他の在日の人から聞き取った被害例として、匿名で送ってきた年賀状での誹謗(ひぼう)中傷、就職活動で朝鮮人だと分かると面接担当の態度が急変したことなどを挙げた。「『在日』などの属性で縛る表現は、属性で見られて差別を受けたことのある人に『次は私かな』と恐怖と緊張を与える。社会にあるさまざまな属性による差別を将来に受け継がせるのを止めたい」と訴えた。
 金さんを支援する法政大名誉教授・前総長の田中優子さんや元日弁連会長の宇都宮健児弁護士も会見に同席した。田中さんは「民族や国籍、LGBTQなど差別はたくさんある。自分たちは加害者にも被害者にもなる」として、「金さんだけの問題ではない。社会全体として解決しなければならない。差別する側が持っている脆弱(ぜいじゃく)性にも目を向ける必要がある」と話した。
 宇都宮氏は16年施行のヘイトスピーチ解消法に禁止規定や罰則がなく、差別による暴力や犯罪が続いているとして、差別禁止法の必要性を指摘。今回の訴訟について「日本社会に潜む差別意識を取り上げている。差別は戦争につながる。人権意識を定着させる重要な闘いだ」と強調した。