(2024年3月31日『しんぶん赤旗』-「潮流」)

秋田おばこ 秋田・大曲(1953年) ©木村尚子

 菅笠(すげがさ)に絣(かすり)の着物の女性が伏し目がちにほほ笑む写真「秋田おばこ」。息をのむみずみずしさです。写真家・木村伊兵衛(1901~74)の代表作の一つ。その没後50年を記念した回顧展が東京都写真美術館で開かれています

▼秋田の農村にひかれ、通い詰めて撮影したという田植えや収穫の作業風景、農民家族の質素な住まいと暮らし、子守する子どもたちの姿。目指したのは「報道写真」でした

▼しかし伝えたいのはニュースではなく、情感に満ちた人々の生活や顔。いわく「日常生活の出ていないものは、どんなにうまく作り上げても、それが私の仕事ではないことが身にしみた」。写真が芸術として確立するには、この道しかないとも語っています

▼「体当たりで人間を描き出す」が信条。中国やヨーロッパを旅しては辻々(つじつじ)でカメラを構えました。写し出された誰もが懐かしく感じられるのは、言葉や文化が違っても生活のいとおしさは変わらないとする写真家の姿勢ゆえでしょう

▼文化人の肖像写真も、その人生までしのばれます。作家・幸田文との対談では「幸田さんの過去、現在、未来というものが顔に出た瞬間、シャッターをきるということは、気持ちが触れ合わなければできるものじゃない」

▼逝去の翌年75年に創設された木村伊兵衛写真賞は48回を迎え、26日、移民や地域共同体をテーマにした作品で金仁淑(キム・インスク)さんが受賞しました。「単なる写実ではなく、対象をどのように感じ、どのように強く受け入れるか」―志は引き継がれています。