日銀「マイナス金利解除」によって生じる「本格的利上げ観測」が日本国民を「貧困化」させるプロセス(2024年3月27日)

マイナス金利解除が招く「利上げ観測」

短期的被害(1):住宅ローン利払い費の拡大

短期的被害(2):インフラ輸出の低迷

 しかし、短期的被害の中でも特に甚大なのは、外国政府へのODA等における「インフラ輸出」を即座に大きく減少させるという影響だ。

 インフラ輸出の多くは今、日本政府が外国政府にインフラ投資等についての融資(円借款)に基づく「援助」(つまりODA)の一環として行われているが、それには以下の二種類がある。

----------
【アンタイド援助】
日本政府がお金を貸し出された外国政府が、入札を行って業者を選定し、その資金を使ってインフラ投資を行う(日本企業が受注するとは限らない)。
【タイド援助】
日本政府がお金を貸し出された外国政府が、その資金と「日本企業」を使って、インフラ投資を行う(いわゆる「ひも付き援助」)。
----------

 つまり、貸し出された資金は、タイド援助では日本企業の収入となる一方、アンタイド援助では日本企業の収入になるとは限らず、多くのケースで外国企業に流出する。

 したがって、海外援助は、アンタイドではなくタイドの方が日本にとっては望ましいのだが、外国政府がタイド援助を許容するには、タイドを選択した際の「メリット」(いわゆる“餌”)が必要である。

 そんなタイドのメリットとして日本政府が提供しているのが「金利を引き下げる」というものだ。つまり日本政府は外国に対して「安い金利でお金を貸すから、あなたの国の業者でなく、日本の業者を使ってください」と交渉するわけだ。

 だからかつて日本がインフレで金利が概して高かった頃、日本政府は「タイド」での援助がほとんどできなかった(当時はタイド援助は殆どゼロの僅か数%であった)。しかし昨今はマイナス金利のお陰で、日本政府は「タイド」での援助を大量に行うことが可能となった。

 例えばJICAでの約2.5兆円に上る海外支援の内、タイド率は2022年度では48%にまで上昇している。これはつまり、マイナス金利のお陰で約1.2兆円程度のインフラ投資を、日本企業が受注していた事を意味する。

----------
参照)JICA 国際協力機構 年次報告書 2023
----------

 ところが今、(関係者にヒアリングを行ったところ)マイナス金利が解除されたことの煽りを受け、次年度の「タイド」でのODAが急速に減少し、ほとんどタイド案件を作れないという事態に立ち至っている。これは、ODAの担当者たちが、今後の利上げを想定し、そのリスクを回避するために、タイド案件で外国政府と交渉することを忌避しはじめためからだ。

 もし仮に、タイドによる円借款でのODAが「ゼロ」になってしまえば、先に述べた1.2兆円の日本企業の収入がゼロになってしまう。

 すなわちこれもまた、ゼロ金利解除がもたらした金利上昇の「観測」が、日本企業の受注額を大幅に下落させ、「実際」に国民所得の低迷をもたらす具体例となっているのである。

中長期的被害:財政規律強化による消費・投資の低迷

 ここまで述べてきたのは利上げ観測による短期的な被害だが、中長期的にはさらに深刻な影響をもたらす危惧がある。

 それは利上げ観測が日本政府の「財政規律」をより厳しいものへと改変させ、緊縮財政を加速し、それを通して「日本の貧困化」を決定的なものとする、というものだ。

 今回のマイナス金利解除がもたらした「本格利上げ観測」は、負債を抱えている主体にとってみれば、「利払い費の拡大」を意味するものだ。だから彼らは急速に「財布の紐」を締め始めているのだが、そんな経済主体の一つが「政府」なのだ。

 政府は毎年6月に当面の財政の基本方針、いわゆる「骨太の方針」を策定するのだが、今年の「骨太」は特に重要なものとなっている。なぜなら本年は、

・2025年のPB黒字化目標を堅持するか否か
・「3年で1000億円」(つまり年333億円)以下という予算増額上限

 という予算キャップルールが切れ、新たな予算キャップルールを2025年度に改めて導入するか否かを決定する年次となっているからだ。

 そして、「3月」のこのタイミングにマイナス金利解除が行われ、本格的利上げ観測が生まれ、これから「政府の利払い費が拡大するだろう」という予期を拡大したことで、「6月」のこれらの判断がいずれも「緊縮」的なものとなる可能性を抜本的に高めてしまったのである(むしろ、6月の骨太をめがけて、3月にわざわざマイナス金利解除をしたかのようにすら見える程の“ジャストタイミング”だ)。

 つまり、PB黒字化を25年に何としてでも達成し、当面(例えば今後10年間)は年333億円以上の予算増を認めないという予算キャップルールを導入する可能性が高まったのである。

 しかも、今回のマイナス金利解除にあたって、植田総裁は、その決定根拠として好景気(賃金と物価の持続的な上昇)が「確認できた」と宣言したのだが(そんな判断は単なる「嘘八百」なのだが)、この宣言がまた、財政規律強化の「口実」となり得るのである。

 好景気だったらこれ以上の経済対策は不要だから、財政規律を強化してもよいという論調を導くからだ。

 無論、「骨太」の議論はまさにこれからであり、自民党内には財政規律強化に強烈に反対する声も存在していることから、それがどうなるかは現時点では未定だ。

 しかし、マイナス金利解除に促されるように、実際に財政規律が強化されてしまえば、(日銀の宣言とは裏腹に)下落し続ける実質賃金も相まって、消費がさらに低迷することを決定的なものとする。そうなれば日本の貧困化は劇的な速度で進行していくこととなる。

民主主義の力で日本経済を守るべし

藤井 聡(京都大学大学院工学研究科教授)

 

【関連記事】