莫大な業務量、児童の暴言、保護者のクレーム…教員のメンタルヘルス対策模索する自治体(2024年3月26日『産経新聞』)

 

多くの小中学校が25日までに修了式を終え、新年度準備の時期を迎えた。精神疾患で休職した公立学校の教員は近年増加の一途をたどり、メンタルヘルス対策が不可欠な課題となっている。各自治体では、教員のセルフケアを促す仕組みづくりや相談体制の構築などに取り組み、どうすれば教員の心身の健康を保てるか、模索を続けている。

「保護者とぶつかったり、子供ともめたりして休む人が多い。意欲ある人が倒れるのはつらい」

兵庫県内の公立小学校で担任を持つ30代の女性教諭はこう打ち明ける。

児童から「死ね」「殺すぞ」などの言葉を投げつけられることもある一方、教員は少し大きな声で「おい!」と言うだけで児童や保護者から暴言とみなされかねない。「教師は教室に入ると1人。35対1で子供にそっぽを向かれると、ベテランでも精神的にきつい」

加えて負担となるのが業務量の多さだ。教材研究やテストの採点、保護者対応などが積み重なり、つぶれる若い教員を見てきたという。

精神疾患で休職した公立学校の教員は令和4年度に6539人となり、初めて6千人を突破して過去最多となった。休職者の代替となる非正規教員が不足し、残された教員への負担が増す悪循環も起こっている。

専門家に相談

神戸市では今年度、市立小中学校15校をモデル校に指定し、対策を強化。定期的にセルフケアの研修を実施したほか、産業医保健師ら専門家がメンタルヘルスケアを行い、これまで学校任せになっていた復職支援も専門家がサポートする態勢をとった。

教育委員会によると同市の公立学校の教員数は約8700人。令和4年度は105人の教員が精神疾患で休職し、翌年度初めにうち62人が復職したが27人は引き続き休職、16人が退職した。過去に精神疾患を患った教員へのアンケートでは、多くが業務量▽保護者への対応▽対処困難児童・生徒への対応-を負担に感じたと回答した。

今年度実施した相談窓口は当初オンラインのみで、ほとんど利用されなかった。市教委は「専門家に相談すること自体に抵抗感があり、オンラインでは身近に感じられなかった」と分析。専門家が学校に出向いて対面で相談を受けると、徐々に相談が増えたという。同市では今後も取り組みを継続する予定だ。

ストレスチェック

一方、大阪府枚方市教育委員会は今年度、市立小中学校21校で、教員の心身の健康を重視する「笑顔の学校プロジェクト」をスタートさせた。

主な取り組みの一つがストレスチェックだ。教員の受検を促し、仕事の負担度▽裁量の有無や程度▽メンタル不調の不安感▽同僚から支援を受けられているか-などを管理職が把握。専門家の助言を仰ぎつつ、職場環境の改善へつなげる。また、管理職としての対応のポイントをまとめたガイドブックも作成した。

「教員は『子供たちのために』と、自分を犠牲にしがち」と市教委担当者。本人に気付きを与える意味でもストレスチェックが有効だという。「メンタルヘルスケアの充実は教育の質向上や教員のなり手不足解消にもつながる。教員の心理的な安全性が高い職場づくりを目指す」と話した。

神戸市や枚方市は今年度、文部科学省が実施したモデル事業に参画しており、25日にオンラインで行われた最終報告会に参加。報告会には沖縄県千葉市の担当者も出席し、取り組みの成果を報告した。

沖縄県ではオンラインやメールで医師らに相談できる仕組みを設け、メンタルケア動画も配信。千葉市はアプリを使ったストレスチェックをすすめたが、いずれも利用率が低かったという。多忙な教員の利用をどう促すかとの課題が浮かんだ。

「本音打ち明ける環境を」四天王寺教育学部の今井真理教授

今井真理教授四天王寺大提供)

教員の中でも特に若手ほど、子供たちに全力投球で向き合う傾向にある。知らぬ間にプライベートや、自らの心の安寧を得るための時間の確保を後回しにしてストレス過多となり、心がくじけてしまいがちだ。

近年では、新型コロナウイルス禍で教員を志望する学生が子供と向き合う機会が減ったため、経験が浅いまま教員になった人も多い。また地域によっては外国人の子供が増え、親とのコミュニケーションの難しさが負担となって、教員に重くのしかかっている。

悩みが生じるのは当然のことである。教頭をはじめとする管理職は、若手が自主的に本音を打ち明けることができる環境を構築し、一人ひとりの気持ちを受け止めることが大切だ。

また、米有力企業などでも採用されている「マインドフルネス」という手法があり、教育の現場でも導入すべきだ。目の前のことに集中できる時間をつくり、頭の中に渦巻く不安や疲れを短時間でも取り払う。そうすることで、ストレスの軽減や心の安定につながると考えている。