えん罪事件 勾留中がん発覚で死亡 遺族の訴え退ける 東京地裁(2024年3月21日『NHKニュース』)

 事件

 

不正輸出の疑いで逮捕され、無実が明らかになる前にがんで亡くなった化学機械メーカーの元顧問の遺族が、拘置所で適切な検査や治療を受けられなかったとして国に賠償を求めた裁判で、東京地方裁判所は「拘置所の診療は合理的で、違法ではない」などとして遺族の訴えを退けました。

横浜市の化学機械メーカー「大川原化工機」の顧問だった相嶋静夫さんは、4年前の2020年、軍事転用が可能な機械を不正に輸出した疑いで社長など2人とともに逮捕、起訴され、拘置所での勾留中に見つかったがんで亡くなりました。

その後、無罪に当たるとして刑事補償の手続きが取られ、遺族は、拘置所で適切な検査や治療を受けられなかったため、がんの発見が遅れ死期が早まったとして、国に1000万円の賠償を求めていました。

21日の判決で東京地方裁判所の男澤聡子 裁判長は「拘置所の医師は貧血の症状や消化管の出血が疑われた状況に対応して検査や輸血、外部の病院に転院させる調整などを行い、本人にも十分に説明していた。拘置所の診療行為は合理的で、違法ではない」などとして、遺族の訴えを退けました。

一方、メーカーの社長や元顧問の遺族などが「違法な捜査だった」と訴えた民事裁判では、東京地方裁判所が訴えを一部認めて国と都に合わせて1億6200万円余りの賠償を命じ、双方が控訴しています。

亡くなった相嶋さんの長男「苦しみ十分に理解してもらえず残念」 

判決のあとの会見で相嶋静夫さんの長男は「父が拘置所の中でがんだと分かってから受けた苦しみについて裁判所に十分に理解してもらえなかったので非常に残念だ。拘置所では一般社会と医療に関する考え方や処置が違うということを裁判所が追認してしまった」と話しました。

原告側の高田剛弁護士は「そもそもの問題は、がんの患者の保釈を認めない裁判所の判断にある。保釈についての裁判所の判断基準が現状のままだと、今後も治るはずの患者が亡くなっていくと言わざるをえない」と述べました。 

法務省矯正局「コメントを差し控えたい」

法務省矯正局は判決について「裁判中の個別事件にかかわる事柄のため、コメントを差し控えたい」としています。

これまでの経緯は

2020年3月、横浜市の化学機械メーカー「大川原化工機」の大川原正明 社長、海外営業担当の取締役だった島田順司さん、それに顧問だった相嶋静夫さんの3人が警視庁公安部に逮捕されました。

主力商品だった「噴霧乾燥機」を、国の許可を受けずに中国に不正に輸出したという容疑でした。

この機械は熱風で液体を急速に乾燥させて粉状に加工するもので、医薬品やインスタントコーヒー、粉ミルクなどの製造に使われますが、生物兵器の製造など軍事目的に転用されるおそれがあるとして、輸出規制の対象に当たるとされました。

3人は「生物兵器を作ることはできず、規制の対象に当たらない」と無実を主張しましたが、その結果
▽大川原社長と島田さんは「口裏合わせをする疑いがある」などとして1年近く勾留され
▽顧問だった相嶋さんは勾留中にがんが見つかっても保釈が認められず、無実が証明される前に亡くなりました。

その後、起訴された後の再捜査で機械が規制の対象に当たらない可能性が浮上したとして、検察は初公判を4日後に控えた3年前の2021年7月、一転して起訴を取り消すという異例の対応を取りました。

起訴の取り消しを受けて東京地方裁判所は「仮に起訴された内容で審理が続いても無罪だった」として、大川原社長などに対し逮捕・勾留されていた期間の刑事補償として合わせて1100万円余りの支払いを決定しました。

大川原社長と島田さん、それに相嶋さんの遺族は「不当な捜査で苦痛を受け、会社も損害を被った」として国と東京都に5億円余りの賠償を求めて裁判を起こしました。

去年12月、東京地方裁判所は警察と検察の捜査が違法だったと指摘し、国と都に合わせて1億6200万円余りの賠償を命じました。

保釈が許可されないまま亡くなった相嶋さんについても「体調に異変があった際に直ちに医療機関を受診できず、不安定な立場で治療を余儀なくされた」と言及しました。

メーカー側は、警視庁公安部の捜査員が捜査の過程で役員の調書を故意に破棄した疑いがあるなどとして、3月中にも捜査員らを刑事告発する方針です。