映画監督・三上智恵さん「自分たちで『戦雲』を作り出している現実を直視してほしい」(2024年3月18日『日刊ゲンダイ』)

 
映画監督の三上智恵氏(C)日刊ゲンダイ
映画監督の三上智恵氏(C)日刊ゲンダイ
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映画「沖縄狂想曲」が描く沖縄のリアルな息遣い この連載の第1回は翁長雄志氏の言葉で始まった。だから最終回も沖縄で終わりたい 沖縄の分断を生んだのは国の基地押しつけであるという事実に変わりはない

 在日米軍基地の7割が集中する沖縄県の軍事要塞化が加速している。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設をめぐり、岸田政権は前代未聞の「代執行」を経て工事再開を強行。海洋進出を強める中国をにらんだ自衛隊の南西シフトも進む。いまにも戦争が始まりそうだ。ドキュメンタリー映画「戦雲」(16日公開)は、この国の現在地を思い知らせてくれる。民意を無視したなし崩しの軍国化は国防に資するのか。今度は誰が犠牲を強いられるのか。メガホンを握った監督に聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──「沖縄と戦争」を主題にした5作目は、自衛隊の南西シフトに焦点をあてています。2016年以降、与那国島宮古島石垣島陸上自衛隊駐屯地が次々開設。宮古と石垣に続き、与那国や沖縄本島うるま市にミサイル部隊が配備される計画で、敵基地攻撃能力のある長射程ミサイルが持ち込まれようとしている。自衛隊容認派の住民も懸念を抱いています。

 この作品で伝えたいのは「基地被害に苦しんでいる沖縄」ではありません。中国や北朝鮮の脅威が喧伝される中、米軍の戦略に沿って自衛隊、そして日本の国土が利用される現実に目を向けてほしい。米軍は米国ではなく、日本で戦争する。国防を主たる任務とする自衛隊が米国の戦争に巻き込まれ、先島諸島の住民は政府が「武力攻撃予測事態」と認定したら島を捨てて逃げなければいけない。そんなアイデアを受け入れてきてしまったこの10年の流れをご存じでしたか? 恐怖、悔しさ、悲しさに包まれている地域があることを知っていますか? こう問いたいんです。米軍基地や自衛隊配備に対する「賛成」「反対」を議論する局面はとうに越えています。

 ──フェーズの変化が共有されたのはいつごろですか。

 共通認識になったのは21年末です。共同通信の「日米共同作戦計画」の原案スクープが契機です。台湾有事を想定した米軍のEABO(遠征前進基地作戦)に基づき、米軍と自衛隊が一体となり、南西諸島を縦横無尽に使った対中戦略を練っている。米軍の小規模部隊が攻撃しながら島から島へと移動して戦うというのです。

 ──昨年11月に改編されたMLR(海兵沿岸連隊)が実行部隊ですね。

 島が再び戦場になる。後方を担う自衛隊が防戦に当たらされる。米軍基地に反対しているだけでは平和に暮らすことはできない。沖縄全体の危機感が急速に、音を立てて切り替わった感がありました。でも、全国には広がらないんですよね。

 ──最西端の与那国では陸自配備の是非をめぐり、15年2月に住民投票を実施。賛成632票が反対445票を上回り、政府の決定を追認した形になったものの、日米共同統合演習の現場となって、16式機動戦闘車が公道を走るようになり、カメラを向けた住民は不安を募らせていました。

 与那国は「台湾に最も近い」「台湾から110キロに位置する」という枕ことばを最近よく付けられますが、近いという理由で危ない目に遭ったことはありません。中国が近い将来、台湾有事を引き起こすかどうかは不明なのに、このあたりが戦場になると。そう煽る日米の政府や報道が軍事体制を強化させている。事実として見えているのはこれだけです。

 ──自衛隊を好意的に見ていたカジキ漁師の「川田のおじい」が海上保安庁の巡視船が増えたことで「ここに自衛隊があるからじゃないか」と次第に案じるようになり、反対派の急先鋒に立った畜産農家の小嶺博泉さんが「なんちゅう犠牲がこの島にはのしかかっているんでしょう」と言っていたのが印象的でした。

 ミサイルが飛び交うと言えば怖がるのは当たり前だし、自衛隊に対するスタンスにしたって揺れ動くのが当たり前。過去の住民投票を持ち出して「与那国の人たちは陸自配備に賛成したんでしょ」とか言う人は意地悪です。情報過疎の離島で、自民党の国会議員が頻繁にやって来ては「台湾有事が起きたら大変なことになる」「自衛隊が島を守る」と実力者たちを説き伏せたんですから、「お願いします」となりますよ。そもそも、なぜ最初に攻撃されるのが南西諸島で、それも与那国からなのか。おはじき取りじゃあるまいし、何の根拠もありません。

「多少の犠牲」に入れられる恐怖

強い日差しが降り注ぐ中、抗議活動を続ける宮古島の楚南有香子さん(C)2024「戦雲」制作委員会
強い日差しが降り注ぐ中、抗議活動を続ける宮古島の楚南有香子さん(C)2024「戦雲」制作委員会
  

■九州以北も重んじられていない

 ──原発列島のリスクも度外視したミスリードです。

 親子3代で平和運動を続ける宮古の楚南有香子さんは、銃声を響かせる射撃訓練場に向かって、「〈多少の犠牲はしょうがないさー〉の〈多少〉の中に私たちが入っているよね」と抗議の声を上げていました。グサグサと刺さる言葉です。哺乳動物の群れで生きる人間には、集合体を残存させるためのある程度の代償は仕方ないとする無意識の残酷さがあるように思います。つまり、国防で言えば国境地帯で暮らす人々の犠牲を黙殺する。一方で、学習能力のある人間は哲学を持ち、文化を創り、福祉社会を志してきた。誰も見殺しにしないシステムの構築を目指した。けれども今、それが機能していない。人権が保障される人と、されない人がいる。現実として沖縄は今なお差別され、人命が軽んじられている。かといって、九州以北が重んじられていると思ったら大間違いですよ。太平洋戦争の地上戦が沖縄戦にとどまらず、本土に及んだ時には男女問わず、一般市民が武器を取って戦う計画でしたから。

 ──前作の「沖縄スパイ戦史」では、陸軍中野学校出身のエリート将校が少年ゲリラ部隊を組織して実行した「秘密戦」の真相に迫りました。成算のない戦いに駆り立て、足手まといになれば容赦なく射殺。むごいとしか言いようがない人命軽視の歴史を繰り返したくありません。

 とんでもない方向にこの国が突き進んでいるにもかかわらず、私が見ているのは幻なのかな、みなさんとは違う時空を生きているのかな、と思うくらいギャップを感じています。ただ、本土だけが鈍いのではなく、青森県から東京都ほど離れている沖縄本島先島諸島にも温度差がある。物理的な距離、自分事として捉える力の不足。「見ざる言わざる聞かざる」では取り返しのつかない事態を引き寄せてしまいます。

■まやかしの抑止力が争いの種に

 ──前作まで年に1本近いペースの製作でしたが、6年のブランクがありました。

 高江ヘリパッド建設も、辺野古移設も、ミサイル基地建設も止められない。テレビ報道に28年間携わったものの、問題解決につながる情報拡散にはドキュメンタリー映画が有利だと思ってフリーになったのに、どれもこれも止められない。それで後ろ向きだった時期があったのですが、過去のわたしの映画を見た人たちから「最近どうなってるの?」「ちゃんと伝えて」と発破をかけられたんです。カンパを集めてもくれたり。背中を押されて取材活動を再開しました。国防の名の下、まやかしの抑止力が争いの種をまき散らかしている。声を上げなければ、流れは変えられない。無自覚であっても、自分たちで戦雲を作り出している現実を直視してほしいです。

(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ