(2024年3月9日『秋田魁新報』-「北斗星」)

 登校する際の「行ってきます」「行ってらっしゃい」が最後の会話になった。毎年あの日が近づくたび、岩手県大槌町の佐々木桜さん(24)の脳裏には「お帰り」と笑顔で出迎える母千賀子さんの姿がふとよみがえる

東日本大震災津波で母を亡くして半年後の2011年9月、大槌北小学校6年生だった桜さんは、町内の赤浜小との合同修学旅行で三種町を訪れた。旅行先に予定していた仙台市も被災したため、三種出身で赤浜小に勤務していた芦澤信吾教諭の発案で実現した

▼両校の6年生と引率教諭計42人が2泊3日で訪問。6世帯に分かれて民泊し、きりたんぽ作りなどを体験した。桜さんは母を突然失った悲しみやがれきに囲まれた景色をひととき忘れた。「心を癒やされ元気をもらった」

▼最終日に向かったのは釜谷浜。水平線に夕日が沈んでいった。同級生の半数が津波で自宅を流されていた。それにもかかわらず太平洋側の三陸では見られない光景は息をのむほど美しかった。海は怖さだけでなく、多くの恵みをもたらすことに改めて気付く機会になった

▼千賀子さんは優しくて、お菓子作りが趣味だった。桜さんの誕生日には必ずケーキを手作りしてくれたという。震災当日は勤務先の釜石市から帰宅途中に被災したとみられている

▼あれから13年。桜さんは2児の母になった。「お母さんみたいなお母さんになれるように頑張ってるよ。見守っていてね」。今年の命日には墓前にそう伝えるつもりだ。