お札の顔(2024年3月7日『高知新聞』-「小社会」)

 明治の作家、樋口一葉の短い人生は、貧乏と縁が切れなかった。「昨日より、家のうちに金といふもの一銭もなし」と書いた日記が知られる。

 ある人が一葉を訪ねると、ウナギを振る舞われた。家に帰ると、追いかけるように借金を求める手紙がきたという話も残る。金と縁がなかった彼女が高額紙幣、5千円札の顔になったのは20年前。「一葉自身がこのことを知ったら、はたして喜ぶのか悲しむのか怒るのか」(伊藤氏貴著「樋口一葉赤貧日記」)

 やっと戸惑いから解放されるだろうか。ことし7月に新紙幣が発行され、5千円札の顔も津田梅子に交代する。ほぼ20年おきのお札の刷新は、最新の技術を導入した偽造防止が主な目的。もう一つは景気の押し上げ効果といわれる。

 自動販売機やシステムの入れ替えや改修で、特需が生まれる機械メーカーはそうだろう。ただし、光があれば影がある。過日の本紙に、機器の更新に多額の出費を迫られる県内の事業者が頭を痛めているとあった。

 スーパーに駐車場、山あいのパチンコ店。郡部の小さな商売ほど負担が重く、痛い出費、閉店する店も出かねないという声も出る。キャッシュレス時代とはいえ、地方の生活の利便性に影響することはないかと心配になる。

 株価の高騰とはいっても、隅々まで恩恵が及んでいない世相の一端が見えるようでもあり。津田梅子のお札の時代は、いびつではないお金の回り方を。

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