李強首相は就任後初の政府活動報告で、2024年の国内総生産(GDP)の成長率目標を5.0%前後に設定した。鈍化するとの見方が多い中、23年と同水準だ。
不動産不況が長引き、景気に悪影響を与えている。世界経済のリスク要因にもなっている。
李氏は積極的な財政政策で景気を下支えするとしたが、不動産問題の対処が緩慢ではないか。
他方、国防予算は前年比7.2%増とした。伸び率は前年と同じで、成長率目標を上回った。
経済が低迷する中でも軍備拡大を重視する姿勢が明確だ。周辺国の警戒感を強めるばかりである。
習近平体制は国内の不満を力で抑え込みつつ、対外的な強硬路線で関心をそらそうとしているように見える。強権統治が進んでいることを憂慮せざるを得ない。
習指導部は27年の「建軍100年奮闘目標」を掲げて「世界一流の軍隊建設」を進めている。
李氏は報告で「中国は覇権に反対し、国際的な公平や正義を守る」と主張した。
米国をけん制する態度がうかがえる。だが、覇権主義的な動きで既存の国際秩序に挑戦しているのは中国だ。ウクライナに侵攻したロシアと共に、世界をいっそう不安定にしている。
米国との対立を抑制し、国際協調を求めることこそが必要だ。
李氏は台湾に関して、独立の動きと外部からの干渉に断固反対するとし、中台関係の平和的発展を促して「揺るぐことなく祖国統一の大業を推進する」とした。
中国は5月に台湾総統に就任する頼清徳氏を独立派とみなし、揺さぶりを強めている。
威圧的な態度を抑え、新総統の呼びかける対話に応じるべきだ。
昨年の全人代で異例の3期目に入った習国家主席は、社会の統制を強化して異論を封殺し、少数民族や宗教への弾圧を強めている。対外的にも情報をコントロールし、秘密主義を貫こうとする。
恒例だった全人代最終日の首相による記者会見の取りやめは、その一環ではないか。会見は中国の政治を対外的に発表する数少ない機会で、改革開放時代から開かれた中国をアピールする場だった。
「習1強」下で首相権限が縮小していることや、低迷する経済に関する質問を避ける狙いだとの見方もある。習氏は透明性を欠くほど国際社会の不信感が高まることを忘れてはならない。
統制強化 市場の不信増す/中国の全人代開幕(2024年3月6日『東奥日報』-「時論』/『山形新聞』ー「社説」/『茨城新聞・山陰中央新報・佐賀新聞』-「論説」)
中国の通常国会にあたる全国人民代表大会(全人代=国会)が開幕し、李強首相は、政府活動報告で、経済は総じて持ち直したと総括した上で、前年同様に5%前後の成長率目標を設定した。
だが、中国は外国企業が安心して投資できる環境にあるのか、本当に経済は回復したのか、疑念が拭えない。
中国では深刻な不動産不況にある。「家は住むためのもので投機のためではない」という習近平国家主席の発言に端を発した不動産投資規制を受けて大手不動産企業が多数経営危機に陥った。
李首相は「不動産政策を改正し、不動産企業の資金需要を支援する」と述べた。政策の誤りを認めた形だが、不動産企業の資金不足で住宅建設が各地で中断している。代金支払い後も住宅の引き渡しを得られない消費者が救済されるのか不明だ。李首相は「低所得者向けの賃貸住宅も増やす」としており、供給過剰が進み、住宅価格がさらに下落する可能性もある。
2023年、外資企業による対中直接投資は前年比82%も急減した。反スパイ法で外国人の摘発が相次ぐなど政治的なリスクから市場の不信が増し、資本回避が起きた。
李首相は「外資誘致に力を入れ、製造業参入規制を全面的に撤廃する」と宣言した。ただ同時に「質の高い発展と安全保障」を両立させる考えも示しており、企業が市場調査などでスパイ容疑に問われる不安は変わらないだろう。
不動産不況や対中投資の落ち込みは、習近平指導部が政治や安全を優先し、先行きが不透明だからだ。「政策不況」とも言える。
にもかかわらず、中国政府は全人代閉幕日に30年余り行われてきた首相の内外記者会見について、今年から取りやめると発表した。
中国は民主主義体制の日本などと異なり、首相は基本的に年に1度、全人代のときにしか内外記者会見をしない。全人代での首相発信は、政府活動報告には表れない政府の方向性や状況認識をつかむ貴重な場だった。
20年の全人代で、当時の李克強首相は「中国には月収千元(約2万円)の人が6億人いる」と述べ、経済格差の現状を改めて世論に喚起したこともあった。
会見取りやめの理由は定かではないが、中国の不透明感が増すのは避けられない。
今回、李強首相は政府活動報告で、習氏の名前を16回も繰り返し、政策面で習氏の経済思想や強軍思想、文化思想を貫徹すると強調した。これほどトップの名前を連呼した活動報告は珍しく、習氏の個人崇拝が強まったことを感じさせる。
教育面では、小学校から大学まで思想・政治の教育を推進するという。思想とは習氏の思想のことだ。統制は自由な経済活動の妨げとなる。
中国では、慣例から昨年秋に開かれると想定されていた、経済政策を重点的に討議する共産党中央委員会第3回総会(3中総会)が現在まで開かれていない。習氏の意向といわれるが、これも市場の不信を招く。
不動産不況が金融危機の引き金になるとの懸念がある中で、李首相は企業や所管部門への監督・管理を強化して金融危機は生じさせないと強調した。しかし党の統制を強化するだけでは、市場の信頼は取り戻せないと中国は自覚するべきだ。(共同通信・塩沢英一)
中国全人代開幕 信頼回復へ透明性高めよ(2024年3月6日『中国新聞』-「社説」)
中国の国会に当たる全国人民代表大会(全人代)がきのう開幕した。注目された2024年の国内総生産(GDP)の成長率目標は、前年と同じ5%前後に据えた。
李強首相は5・2%だった23年を振り返り、「困難を克服し、経済目標を達成した」と強調。経済の安定成長に意欲をにじませたが、こうした数字を額面通りに受け取れるだろうか。習近平国家主席の「1強体制」の下で、情報統制を強めている。国際社会や市場が中国経済の弱体化に懸念を募らせる中、透明性を高めて信頼回復を図るべきだ。
経済失速の大きな原因は、GDPの3割を占めるとみられる不動産関連産業の不振にある。不動産企業は軒並み経営難に陥り、大手の中国恒大集団には香港高等法院(高裁)から清算命令が出されたほどだ。だが中国政府は市民の不安打ち消しに躍起になるばかりで、各社の詳細な財務状況も明かされていない。不都合な事実が覆い隠されているとの疑念は拭えない。
こうした不安や不透明感が海外資本の「脱中国」につながっている。23年の外資企業による対中直接投資は前年比で82%も減り、30年ぶりの低水準となった。人件費の高騰もあり、世界的な企業は相次いで生産拠点を東南アジアなどに移している。
反スパイ法で外国人の摘発が相次ぐなど、政治的なリスクが企業や市場の不信感を招いた面も大きい。株価の高騰に沸く日本や米国とは対照的に、低空飛行が続いている。
中国は鄧小平が最高指導者の時代、市場化改革と対外開放を通じて高成長への道を開いた。習氏は13年に国家主席に就いた後、徐々に権力を自身に集中させ、情報統制と独裁を強めている。
一例が若者の失業率だ。中国国家統計局は昨年6月に16~24歳の失業率が過去最悪の21・3%になったと明らかにした後、毎月のデータの公表を中断。半年後、就職活動中の学生を除いた14・9%という数字を発表した。
慣例では昨秋の予定だった経済政策を重点的に討議する中央委員会第3回総会は、今も開かれていない。習氏の意向とされるが、これも市場の不信を招いている。
中国政府はこれまで財政出動や金融緩和などの景気対策を講じてきたが、目を引く成果には乏しい。正確な情報を公開し、中長期的な視点で構造改革を進める以外に苦境を脱する道はないだろう。
ところが、今回の全人代では30年以上も恒例にしてきた最終日の首相会見の廃止を決めた。信じ難い方針転換である。経済政策や国際情勢など幅広いテーマについて、国内外のメディアが首相に問う場だった。外部からの質問に応じる数少ない機会を自ら閉ざしてしまっては「脱中国」は加速するばかりだ。
中国の経済動向が世界経済に与える影響は大きい。日本にとって最大の輸出先でもある。今のままでは国際社会の懸念と不信は拭えまい。開かれた市場なくして、経済成長と信頼は取り戻せないと自覚するべきだ。
「民主の女神」の選択(2024年3月6日『中国新聞』-「天風録」)
香港の民主活動家周庭さんが3年ぶりにユーチューブに登場した。留学先のカナダで亡命し、元気な姿を投稿した。反政府デモで実刑になり、半年余りの刑務所生活を振り返っている。労務作業で教わったミシンの腕が上がり、テレビを見ることもできたそうだ
▲平穏だったのではない。出所後も監視下に置かれ、常に恐怖と隣り合わせ。留学希望を当局に伝えると、条件として中国本土に連れて行かれた。不安はあったが、拒否はできなかった。亡命で解放されたなら喜ばしい
▲周庭さんが注目された10年前の雨傘運動。若者たちが求めていた民主的な選挙はおろか、言論の自由まで踏みつぶされた。香港政府を介し、民主派抑圧を推し進めたのは中国共産党だ。一国二制度は国際公約だったはずなのに
▲きのう中国の国会に当たる全国人民代表大会が始まった。今年から、ナンバー2である首相の会見を取りやめた。党や政府をイエスマンで固めた習近平国家主席の1強支配だけが際立つ
▲強気の言葉が聞かれるが、足元は揺らいでいる。国民の不満を和らげていた経済力に、かつての勢いはない。愛する故郷より自由を選んだ周庭さんの苦渋の決断は人ごとではない。