中絶の自由、フランスが憲法に明記 主要国で初(2024年3月5日『日本経済新聞』)

 

パリ・トロカデロ広場で中絶の自由を明記する憲法改正の議会中継を見るために集まった人々(4日)

【パリ=北松円香】仏議会は4日、女性の人工妊娠中絶の自由を明記する憲法改正案を可決した。フランスでは今でも中絶は合法だが、憲法への明記で確実に女性の権利を保護する。米国の一部州での中絶制限を受けてフランスの与野党の議員が憲法改正を求め、マクロン大統領も2023年3月に改正方針を表明していた。

 パリ近郊のベルサイユ宮殿で開かれた上院と国民議会(下院)の合同会議で、憲法に中絶を「女性に保障された自由」だとする一文を追加する改正案が賛成780票、反対72票で可決した。改正に必要な5分の3以上の賛成票を大幅に上回った。

 仏メディアによるとこれまでにも旧ユーゴスラビアなどが中絶の権利を憲法で保護したが、主要国で明記したのは初めてとみられる。「歴史的瞬間だ」。議員や女性の権利推進団体は相次ぎ改正を称賛した。

 パリのエッフェル塔近くのトロカデロ広場では合同会議の議論や投票の様子が大画面で中継された。投票結果が発表されると、広場に集まっていた多くの人が歓声を上げた。

 中継を見つめていたソルさん(25)は「中絶の権利は突然奪われることもある」と憲法による保護の意義を指摘した。出身国のアルゼンチンでは20年に議会が中絶合法化を決めたが、ミレイ大統領は再び違法にしようとしている。フランス人のボーイフレンド、アレクサンドルさんも「女性の権利を支持することは大切だ」と述べた。


パリ・トロカデロ広場では大画面で議会投票の様子が中継された(4日)

 憲法明記の機運がフランスでここまで盛り上がるのは、中絶を巡る歴史的な経緯が背景にある。カトリックの教義の影響で中絶は長らく違法で、不衛生な闇の中絶で命を落とす女性も多かった。

 合法化は1975年と日本(48年)よりも遅い。ボーボワールなど多くの女性による社会運動のおかげでようやく勝ち取れた権利だと認識されている。今は世論の8割が女性の中絶の権利を認め、費用も全額公的な医療保険でカバーされる。

 そのためフランスでは中絶の権利は政治家も世論も敏感に反応する話題だ。2022年6月に米連邦最高裁が中絶を憲法上の権利と認めた1973年の判決を覆すと、フランスの与野党の議員が相次ぎ憲法への権利明記を主張するようになった。

 憲法改正は象徴的な意味合いが強く、仏女性の健康や自立を取り巻く環境が大きく変わる訳ではない。地方や海外領土など医師が少ない地域で暮らす女性は中絶手術を受けづらいといった医療格差も残る。

 トロカデロ広場で少し離れた場所から議会の中継画面を見守っていた70歳の女性は「(1975年の中絶合法化を推進した元厚生大臣の)シモーヌ・ヴェイユは尊敬しているし、中絶は否定しない」と前置きしつつ、「憲法改正になんの意味があるのか。女性の賃金の低さなど、取り組むべき問題は他にある」と話した。

 憲法改正マクロン氏が方針を表明してからわずか1年で決まった。積極的な姿勢はリベラル志向の有権者や議員をつなぎ留める狙いもありそうだ。もともと中道を掲げて左右両派の支持者を取り込み大統領に就任したが、最近は防衛強化や移民規制を強める新法の導入など、保守的な政策が目立っていた。