令和6年度予算案は異例の「土曜国会」となった2日の衆院本会議で与党などの賛成多数で可決され、衆院を通過した。予算案の審議日程を巡り、与党は当初、1日の衆院採決を図ったが、立憲民主党は猛反発。小野寺五典衆院予算委員長(自民党)の解任決議案や鈴木俊一財務相(同)の不信任決議案を提出するなど遅延戦術を駆使した。与野党の思惑が入り乱れ、深夜に及んだ1日の国会で混乱の主役となったのは立民の〝あの男〟だった。
本気で戦う
「本気で戦うときはこう戦うということを貫徹したい」
1日午後9時40分頃、立憲民主党の控室で安住淳国対委員長はこう意気込んでいた。「拍手すると労力を使う。長いですから。息長く戦いますから」と同僚議員に気を配る演出も忘れなかった。
予算案を巡り、小野寺氏は2月29日、野党の合意を得ないまま3月1日の衆院予算委で採決する日程を職権で決めた。予算案は、憲法の規定で参院送付後30日で自然成立するため、政府・与党は2日までの衆院通過を目指す一方、立民などは審議時間の不足などを理由に反発していた。
1日の採決阻止に向け、安住氏を囲み立民議員が気合を入れる一方、控室の外では疲れのためか時折顔をしかめる野党担当記者もいた。
コメディー国会だ
午後10時前。約460人の与野党議員が衆院本会議場に向かう。「明日午前10時までかかるかも…」とあきらめのような声も聞こえる。
自民党閣僚経験者は珍しくメガネ姿だった。理由を尋ねると「普段、この時間帯はもう寝ているから」と不機嫌そうだ。ある閣僚は「この国会はコメディー国会だ」と吐き捨てた。
立民の菅直人元首相は本会議場前のソファで1人で目をつむっていた。目を開くと「若い頃は国会の外でピケを持って戦った。それと同じだよ。何度もこういう国会を経験してきた」と強気を装うが、往年の〝闘士〟も深夜国会は辛そうだ。
本会議場では鈴木氏に対する不信任決議案の審議が始まった。趣旨弁明に立った立民の奥野総一郎衆院議員はこう問いかけた。
「なぜこの時間にこういうことをしないといけないのか。年度内は3月31日。あと31日ゆっくり議論すればいい。いい加減なことで国民が税を納めなくなれば、国家を揺るがす大事だ。月曜日にしっかりと議論すればいい」
ぎこちない
7時間前には同僚の山井和則衆院議員が大量の資料を紙袋で持ち込み、小野寺氏の解任決議案趣旨弁明に臨んだ。奥野氏も同じように手提げ袋から資料を取り出していた。
山井氏の演説は衆院最長の2時間54分を記録しただけではなく、「政治とカネ」問題が直撃する自民への風刺や批評もまじえ、立て板に水の軽妙な語り口で議場を沸かせる場面もあった。奥野氏も山井氏と同じように身振り手振りをまじえながら議場に語りかけるが、ぎこちなさは否めない。
傍聴席では「山井さんのときは自民議員も盛り上がった。(解散した)岸田派(宏池会)の若手議員も手をたたきながら笑っていたのに…」ともささやかれている。
自民党席では机の下でスマートフォンをいじる議員や政策の予習に充てる議員も現れた。麻生太郎副総裁は緑色のマーカーでゆっくりと資料にラインを引き、高市早苗経済安全保障担当相は資料をめくりながら勢いよくマーカーを走らせる。
奥野氏の趣旨弁明に対する討論を終局し、採決が始まった。席を空けていたはずの自民ベテランもちゃっかり現れ、列に並んでいる。
投票箱までゆっくり歩く「牛歩」戦術を展開するものの、票を投じる前に投票箱が閉鎖されたれいわ新選組の大石晃子衆院議員も審議の途中で議場に現れていた。
山井氏のインパクトが強かった
鈴木氏の不信任案が自民や公明、日本維新の会各党などの反対多数で否決される中、与野党は議場内外の交渉で翌2日に予算委を開くことで折り合ったようだ。立民としては遅延戦術の軌道修正を図った形となる。
議場を後にした自民の三役経験者は「立民は趣旨弁明などの登壇者の準備がこれ以上できなかったのだろう。奥野さんの演説を聞いていたら付け焼刃そのものだ」と推察する一方、「山井さんのインパクトが強すぎて、かわいそうだったな」と同情してみせた。
立民中堅も「山井さんは心の悪が可視化されるビームを受けても何も出てこなさそうな人。その純粋な思いの吐露だからこそ自民議員も思わず聞き入ったのではないか」と語った。
山井氏の演説も記録が残る昭和47年以降で衆院最長となったが、平成16年6月に自由党(当時)の森裕子参院議員が行った3時間1分の衆参最長記録の更新するには至らなかった。
その理由について山井氏は周囲に「全部(立民国対の)指示ですから。(議場後方で演説打ち切りを知らせる)紙が出ますから」とのみ語った。
全部首相のせいだ
国会議員は週末も地元などで予定を入れている。旧態依然とした日程闘争の末、多くの議員が予定が狂った形となる。
本会議を終えた院内の廊下では、立民の若手議員が記者を相手に〝ドヤ顔〟でこう語っている。
「明日は衛視さんらも出勤せざるを得ない。土曜に国会を開くと数億円余分にかかる。これは全部岸田文雄首相のせいだから」
海上保安庁は2日、東京都大田区で1月の羽田空港で日航機と衝突し、犠牲となった海保機の5人の乗員の公葬を開いた。自民の細野豪志元環境相は同日、X(旧ツイッター)で「本会議採決が土曜日まで延びたことで、(斎藤鉄夫)国交相が犠牲になった海保隊員の公葬に行けなくなったとのこと。国として追悼すべき方々なのだが」と国会改革の必要性をにじませた。(奥原慎平)