評価額100億円「空中権」で、民間企業に区立小学校を建て替えてもらう? 渋谷区の秘策に疑問の声(2024年2月24日『東京新聞』)

 東京都渋谷区が、築60年の区立神南小学校の建て替え費用を、民間に賄ってもらう異例の手法に乗り出した。建物上空を容積率として利用できる「空中権」を民間事業者に譲り、高層マンション建設を可能にした再開発計画に学校建て替えも盛り込まれた。住環境への影響を懸念する住民からは、100億円ともされる空中権という公共資産を「容易に手放していいのか」と疑問の声が上がる。(中村真暁)

◆小学校に隣接して34階建てタワマン

 神南小は渋谷駅から歩いて10分。区役所に隣接し、すぐそばに建て替えが予定される築48年のマンション「渋谷ホームズ」がある。
 発端は2021年、ホームズ側の提案だった。区役所前の区道や、神南小の未利用空中権の一部をホームズ側に移し、学校の建て替えをホームズが担う。これによりホームズは建物の大きさを規定する容積率を大きく増やせる。地域の容積率を再配分する「容積適正配分型地区計画」という制度などが活用されている。
 区が空中権を譲ることで、神南小の容積率は500%から409%に減る。ホームズは建物を高層化できる地区で容積率が500%から1000%に増え、延べ床面積は3.5倍の7万3900平方メートルに広がる。現在の14階建てから34階建て(高さ150メートル)にもできる。学校の建て替えとともに26年度着工を予定する。

◆区長「正式な手続きに基づいて進めている」

 区まちづくり第三課の担当者は「エリアを一体的に開発でき、防災力も向上する」と説明する。空中権の評価額は、小学校建て替えに関する今後の交渉で、不利になりかねないとして公開していない。
 計画に反対し、見直しを求める署名を募る住民らの「しぶや区民の声を聞く会」によると、神南小の空中権は、不動産鑑定士の試算で約100億円。同会事務局で自身も不動産鑑定士の森口英晴さん(60)は「大手デベロッパーをもうけさせるための計画。議論には透明性が求められる」と評価額の非公開に憤る。
渋谷ホームズ(左)に面し、廃止が計画されている区道=東京都渋谷区で(中村真暁撮影)

渋谷ホームズ(左)に面し、廃止が計画されている区道=東京都渋谷区で(中村真暁撮影)

 再開発計画では区道が廃止され、歩行者はホームズの公開空地を通ることになる。神南小に子どもが通う地元女性は「子どもたちは大きなビル沿いを通学するため、落下物やビル風も心配」と不安を隠さない。
 長谷部健区長は2月の記者会見で「正式な手続きに基づき事業を進めている」と説明。住民が求め続けている説明会の開催については「考えていかなければならないと思っている」と述べるにとどめた。
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◆「区民に十分説明を」卯月盛夫早稲田大教授

 東京・渋谷区立神南小学校周辺の再開発計画案は、昨年12月に区都市計画審議会で承認された。審議会の会長、卯月(うづき)盛夫早稲田大教授(都市計画・まちづくり)は「継続審議」を提案したものの、反対多数で否決された。会長として「丁寧に進めなければ」と拙速な進め方を懸念する。問題意識を聞いた。
 —審議は十分だったのか。
 時間をかけて協議したが、多くの意見が住民から寄せられた。傍聴者の定員も超過するなど関心度は高く、もう少し議論をした方がいいと判断した。区民のための計画であっても、理解されなければ意味がない。
 —具体的な懸念は。
 区道は廃止後に広場となり、再開発棟の駐輪場へ続くエレベーターが置かれる。だが児童の通学路で、区役所来庁者の主要な通行路だ。来訪者も増えることが予想でき、改善の余地がある課題が残っていた。
 こうした理由で、継続審議を提案した。「即日決定を」とする意見が多数を占め計画は決定したが、「区民に十分説明すること」「(廃道後の)広場のデザインを再検討すること」とする付帯意見を付けた。
 —今後、区や事業者に求めることは。
 学校の容積率を民間事業者に移転するのは、おそらく全国初となる。計画が住民に十分理解されているとは言えない中、時間をかけて丁寧に進めなければ良くない事例となってしまう。区や事業者は付帯意見を守り、慎重に誠実に住民と接してほしい。

 容積適正配分型地区計画 低層の建物や樹林地などの上空の容積率(空中権)を、別の建物に付け替える手法の一つ。都市計画法に定められ、1992年創設。適正な配置と規模の公共施設を備えた地域を、市街地環境を保全する地区と高層の建物の地区に分け、区域に認められた総容積の範囲内でそれぞれの地区に容積を再配分する。保全地区の余剰容積を、高層の建物の地区に移転できる。