中学受験シーズンも終わりを迎えるなか、筑波大学附属駒場中・高等学校(通称、筑駒)が出した入試問題が話題になっている。
同校は、今月3日におこなわれた社会科の試験で、多数の樹木伐採などで議論になっている明治神宮外苑地区の再開発計画に関する問いを出題した。神宮外苑再開発に関する文章を読んで、〈明治神宮内外苑100年の歴史をふまえ、再開発計画に反対する立場からの主張の根拠を考えて30字程度で書きなさい〉(大問2-7)というものだった。
この問いに対して、SNS上では「思想を問うている」「考え方を強制している」「反対ありき」などと批判の声があがった。しかし、『筑駒の研究』(河出書房新社)などの著書がある教育ジャーナリストの小林哲夫さんは、この問題は「主義主張や思想を問うているのではない」と指摘する。
「問われているのは、再開発反対派がどのような根拠で反対を主張しているかを理解し、それに対して受験生はどう考えるかを論理的に説明する力です。なので、反対派の意見に対して賛成でも反対でもいいわけです」
神宮外苑の再開発に限らず、現実社会で起こる事象に対してはさまざまな立場や考え方がある。自身の主義主張とは別に、多様な考えや論拠を理解して説明する力は、現代人にも求められる「知」の一つだろう。
筑駒は、東大進学率日本一を誇る屈指の進学校だ。2023年度は、東大の現役合格者が73人、既卒を含めると87人が東大に進学している(定員160人)。
しかし、開成や灘などの全国でもトップレベルの中高一貫進学校で行われているような、たとえば高校の全課程を2年次で終わらせ、3年次を大学受験の時間に当てるといった授業の先取りや、受験に特化した授業は行っていないという。「受験勉強は自分で責任を持って取り組んでほしい、という考え方の学校です」と小林さんは言う。
「いわゆる“ガリ勉”は馬鹿にされるような雰囲気があったという出身者もいました。授業だけでは到底東大に合格できないので、東大受験の専門塾である鉄緑会に通う人も多い。その是非についてはここでは置きますが、多くの生徒は筑駒での授業と塾や予備校での東大入試対策を、学びの方法として使い分けています。教員から『東大に行け』と言われることもなく、よっぽど悪くない限り、学校の成績に関してもとやかく言われないそうです」 「自由闊達」な校風でも知られており、その考えは授業にも表れている。教科書をほとんど使用しないというのだ。
代わりに、各教員が作成した資料などを使った独自の授業が行われている。 「どういった授業をするかの裁量権は、教員が持っています。教科書通りの授業では、筑駒生はすぐ理解できてしまって、面白くないもなんともない。生徒が興味を持てるような授業を作るのに、先生方も苦労されているようです」(小林さん)
小林さんは、多くの筑駒出身者や元教員から、特色ある授業の数々を聞いてきた。日本史で、1年間、自由民権運動だけを学ぶ授業もあれば、外交官の青木周蔵の自伝のみを扱う授業もあったという。また、数学でも中学1年の1学期を丸々使って、三平方の定理の証明をひたすらしていたと語る卒業生もいた。
「授業が教員によって本当に多種多様で、中学、高校レベルをはるかに超えて大学院レベルの授業を行う教員もいました。もっともいまはそこまで極端な授業は少なくなったようですが、教員は生徒の高い知的好奇心を満たすために、授業ではさまざまな工夫を凝らしています」(同)
さらに、小林さんはいわゆる“オタク性”が「つぶされることがない」のも同校の特色だと言う。
「たとえば、音楽が好きで、オリコンチャートの週間1位を1年分覚えている同級生がいた、と話してくれた人がいました。北海道から鹿児島まで各駅停車で乗り継ぐ最速のルートを調べ上げている同級生もいたそうです。その人はその同級生のことを『時刻表アプリ』と称していました。クラスには『武将アプリ』『数学アプリ』『アイドルアプリ』と言える人など、多数の『オタク』がいたそうです」
ひとつの考えに凝り固まることなく、柔軟に自らの頭で考える力を育てる筑駒。今年の試験を突破した筑駒生が、将来どのような活躍をするのか楽しみだ。 (AERA dot.編集部・唐澤俊介)