文芸と生成AI 「人間が書く」意義問う(2024年2月23日『東京新聞』-「社説」)

 第170回の芥川賞が22日、九段理江さんに贈られた。今回は、受賞者と生成AI(人工知能)の関わりが話題となった。数千年の歴史を持つ文芸と、最新のテクノロジーであるAIの未来を考える好機にもなりそうだ。

 

 九段さん=写真(右)=は1月の受賞決定後の会見で、受賞作「東京都同情塔」に関して「全体の5%くらいは生成AIの文章をそのまま使っている」と発言。これが発端となって、にわかに「AIと文芸」の議論が巻き起こった。
 だが九段さんによると、AIの文章を用いたのは、作中の人物と架空のAIの対話の中のわずかな部分だけ。受賞作は決して「AIが書いた作品」ではなく「AIに材を取って、人間とAIの関係を描いている作品」であり、むしろ生成AIを鋭い批評性の俎上(そじょう)に載せた文芸と見るべきだろう。
 一方、同時に直木賞を受けた万城目(まきめ)学さん=同(左)=は受賞決定後の本紙への寄稿で、受賞作「八月の御所グラウンド」の執筆に際し対話型AI「チャットGPT」を使ったと明かした。
 雑誌で掲載した作品の筋立てを単行本用に再構成する際、通常なら編集者に相談するところ「チャットGPT」に相談。するとわずか1分で回答があったという。
 いずれにしても、人間が人間を見つめ、その内面を描いてきた文芸の分野にAIが関わり始めたことは間違いない。だが、九段さんが「(AIが自分より)優れていると分かっていても、やっぱり書きたい、自分でやりたい」と語るように、真の創造性が発現するのは人間の中からだろう。
 かつて将棋のトップ棋士がAIに敗れた時、ファンは落胆した。しかし、その後、AIを使って鍛え、時に「AI超え」とも評される妙手を指す藤井聡太八冠の活躍などで「人間が指す」将棋の面白さは未曽有の人気を呼んでいる。
 文芸の世界でも、さらなるAIの進歩で「人間が書く」ことの意義や必要性を問われる時が来るかもしれない。九段さんや万城目さんのような才能が、その問いに「人間だからこそ」の痛快な解答を示してくれることに期待する。